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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
2番目の街
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「あ…………あ?」



「え……エイジ……さん?」



「いや……いやあああああああああああああああああああ!!!!!」



 『ホワイトソード』の面々は恐慌状態に陥った。


 俺も今何が起きたのか理解し切れていなかった。


 何が起きた?


 誰が二つになった?


 誰が死んだ?





 ……エイジだ。


 エイジはブラックスパイダーの鎌のような脚で上半身と下半身を真っ二つにされたんだ。


 ああそうか。そうだったのか。


 よく見ればすぐわかるじゃないか。


 何を俺は焦ってたんだ。


 何も焦る必要なんてないじゃないか。


 びっくりした。



 ただえいじがしんだだけなんだな。



 なんだよ、あせらせるなよえいじ。



 えいじ。




 えいじ。





 …………。







 …………クールタイムの10秒が過ぎた。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」


 俺は叫びを上げながら第4射目を放った。


 涙で目がかすむ。

 本来ならこんな状況で放った矢なんか当たるはずがない。


 しかしこの弓に備わったスキルは優秀で、そんな視界から放たれた矢でも俺の目が捉えているブラックスパイダーに命中してくれる。


 今はそれがありがたい。




 ……だって当たらなきゃエイジの仇がとれねえからよお!!!!!




「早く10秒経て! 早く早く早く早く早く早くはやくはやく!!!」


 俺はクールタイムを声に出して待ち続ける。

 こんな状況でも俺は沸騰する意識の中、誤射はすまいと待ち続ける。

 

 早く俺に撃たせろ。


 早く俺に倒させろ。


 早く俺に仇を討たせろ!!!



 俺は何でこんなにも怒っているんだろう。

 俺は何でこんなにも悲しんでいるんだろう。


 他にも死んだ奴はいるだろ。エイジだけ特別なわけじゃないだろ。


 俺がエイジと会ってまだそんなに時間は経っていない。

 一緒にいた時間もそれ程長くない。


 それでも俺はエイジに感情移入しちまったんだ。

 多分最初に話をしたあの時から。


 エイジはどこかあいつと似ていたからかもしれない。

 それが俺に余計な感情移入をさせてしまったのかもしれない。


 だからもしかしたらこの怒りは、悲しみは、エイジにとっては失礼なのかもしれない。




 だが、もし俺の抱いた感情が、たとえそんな偽りのものであったとしても、それでも俺は許さない!!!!!




「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 俺は第5射目を放つ。

 その攻撃はブラックスパイダーの腹部を貫いて、中から黒い血が流れ出す。


 あと1発、あと1発で終わらせる!


 見たところブラックスパイダーも満身創痍だ。


 なりはでかいが所詮は虫か。

 ブラックスパイダーは硬いがブラックゴーレムほどタフじゃない!


 あと1発で仕留められる!


『ギシャシャシャシャッッッ!!!!!!!』


 そしてブラックスパイダーが笑い始めた。


 何がおかしい。


 そんなに笑ってもてめえはもう――




『そんなところにいたんだあ』




 ……ブラックスパイダーが俺を見た気がした。


 いや、それは勘違いじゃない。


 ブラックスパイダーは一直線に俺の方へ進んできた。


「みんなリュウを守れ!!!」


 ポッポが後方から声を発した。


 そして俺の目の前にタンクアタッカー問わずプレイヤーが守りの体制をとり始めた。


 俺を見つけたということは、もはやスキル『神隠し』は効かないのだろう。


『じゃま』


 しかしその守りはブラックスパイダーの鎌の前に無力だった。

 タンクの男が盾の上から吹き飛ばされ、軽装で剣を振るっていたアタッカーは剣ごとへし折られ、ブラックスパイダーの進攻は止まらない。


 数多くの犠牲者を出してなお大蜘蛛は無慈悲な鎌を振り下ろすことをやめない。


 次々に吹き飛ばされ、切り刻まれていくプレイヤー達。


 巻き起こる悲鳴。


 湧き上がる怒声。


 ブラックスパイダーは止まらない。


 周囲にいた他の蜘蛛も猛攻を仕掛けてくる。


 早く、早く、早く、早く。


 俺は今にも崩れそうな震える足に喝を入れなおし、ガチガチとなる歯の音を消すために思いっきり歯を食いしばる。


 早く、早く、早く、早く。


 プレイヤーの絶叫がこだまする。


 早く、早く、早く、早く。


「早く10秒経ってくれええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」


 俺は叫ぶ。

 そうすることで1秒でも早く、この地獄から抜け出せると信じるように。




 ここは既に死地。退路なんて何処にもない。


 外では蜘蛛がひしめき合い、逃げ出すことは不可能だ。


 もはや盾も守りもなにもない。


 みんな、自身を守ることだけで精一杯だ。


 俺らは振り下ろされる死神の鎌を止めることができない。









 ――だが間に合った。


 今の全員の守りで弓のクールタイム10秒が経過した。








「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」


 俺の視界は涙でぼやけてよく見えない。

 たとえよく見えたとしてもそこに映し出されるのは血飛沫と肉片の乱舞だ。よく見えなくて良かったかもしれない。


 だが、そのぼやけた赤い視界の中、たった一つだけは死んでも見失わない。


 俺がここであいつを見失うわけにはいかない。



 俺は最後の矢を俺の視界にはっきりと映るたった一つの標的、ブラックスパイダーへ向ける。



 俺は弓を力の限り引いていた。


 この血で稼がれた10秒間を、まとめて目の前の大蜘蛛に見せ付けてやるために。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」


 俺は第6射目を放った。

 もうこれで『オーバーフロー・プラス』の効果中に弓は撃てない。


 だがこれで終わりだ。


 これで奴は倒れる。

 そう俺は確信していた。


 俺の全力で放った矢が、ブラックスパイダーに命中する。


 ブラックスパイダーが絶叫を上げる。



















 だが

















 ブラックスパイダーは耐え切った。














『グギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!!!!!』


 ブラックスパイダーは奇声を上げて俺の前に展開された守りを避けるように上に飛んだ。


 そしてブラックスパイダーは俺らの後ろに着地して、俺に向かって物凄い勢いで突進してきた。


「ッッッ!!!!!」


 俺の後ろはがら空きだった。

 そこはもはや盾にできそうな物もなく、盾になってくれそうな人もいない。


 完全な空白地帯だった。






 ああ、ダメだ。



 詰みだ。


 負けた。


 俺は死ぬ。



 俺の手から弓が落ちた。


 いや、落ちたのは弓だけじゃない。


 戦意、闘志、そして希望を信じる心。


 そんな無くしちゃいけないものがぼろぼろと俺の中から落ちていくのを感じる。


 ブラックスパイダーが俺の攻撃力5倍状態の攻撃を6発耐え切った時点で負けたんだ。


 今から弓を引くのでは到底間に合わない。

 ブラックスパイダーは既にすぐそこまで迫ってきている。


 『オーバーフロー・プラス』の効果ももうじき切れる。

 いや、その前に俺の命が切れるのか。


 そんな事を思いつつ、俺はブラックスパイダーの突進を――














「させない!!!!!」














 シーナが俺の目の前に飛び出してきた。









 おい


 なにすんだ


 なにしてんだ



 やめろ



 やめてくれ




 やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!












「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」






 シーナが大蜘蛛の突進の直撃を受けて




 シーナが跳ね飛ばされた。




 シーナが……




 シーナ……





 しーな……






 ……



















 俺はその瞬間アイテムボックスを出現させて中から超大玉石袋を取り出した。


 目の前まで迫ったブラックスパイダーはシーナを突き飛ばした反動で僅かに動きが止まっていた。


 そしてその僅かな隙は、俺の正真正銘最期の攻撃をするための道具を出すのには十分な時間だった。


 僅かな隙。


 僅かな時間。


 僅かな猶予。


 シーナが俺にくれた、最初で最後の贈り物。


 シーナが俺に託した、儚くも尊い希望。





 俺は、それを無駄にしてはいけない。




 その一心が今俺にできる最速の攻撃方法を選び出した。



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


 今ならまだ『オーバーフロー・プラス』の効果時間。


 今の俺の攻撃力は通常の5倍。


 俺は玉を両手で抱え、そして振り下ろす。


 ブラックスパイダーの頭部を目掛けて思いっきり、力を込めて、全ての感情を込めて、ぶちあてた。














 ……なあ。なんであんなところで俺を庇ったんだよ。


 なんで俺なんかを庇ったんだよ。


 俺とてめえは会ってまだ3日程度しか経ってないだろう?


 なのになんで庇ったんだよ。


 命あっての人生だろう。


 誰かのために捨てていいのか?


 そんな簡単に自分の命を差し出していいのか?


 なあ、答えてくれよ。


 答えてくれよ…………シーナ。













『             !!!!!』


 ブラックスパイダーは言葉にならない絶叫を発した。

 だがそれも長くは続かない。


 なぜなら今の攻撃で頭部を陥没させて絶命したからだ。



 俺らは遂にブラックスパイダーを倒した。



 そしてボスのブラックスパイダーが倒されたからか、周りにいた10匹の蜘蛛は影となって空気に散っていった。

 おそらくは外の蜘蛛も全て消え去っただろう。




 やった。やったぞ。


 俺らのだいしょうりだ。



 おら、喜べよ。



 喜べよ、俺。



 始まりの街の時みたいに高らかに勝利宣言をして吼えまくって喜べよ。







 ……よろこべよ。







「よろこべるかよ……」


 俺はその場に座り込んだ。


 俺の周りでは勝利の咆哮を上げる者、涙を流して散っていった者の名を呼ぶもの、まだ敵が潜んでいるんじゃないかと周囲を警戒している者、といった様々な反応があった。それにさっきまで麻痺をくらっていたプレイヤーがよろよろと動き出していた。おそらくあの魔王を倒したことで麻痺が解除されたのだろう。


 そしてこの場で動いているプレイヤーはさっと見た感じ10人そこそこしかいない。

 つまり20人ほどがさっきの戦いで死んだことになる。



 ……その中に、エイジ、そしてシーナの2人も含まれる。



「う……うぅ……ぅぁ……ぁ……」


 俺は泣いた。


 泣くことは嬉しい時だけと決めていたはずなのに。

 涙は拭いても拭いても止まらない。


 こんなの全然俺の流儀じゃねえよ。

 こんなに泣いたのは何時以来だ。


 ……もしかしたら初めてかもしれないな。

 昔の俺はよく覚えていないし、あの頃は何が起こっているのか事態の認識すらうまくできていなかった。

 そしてあの時から今までは、気に入らなければぶん殴るスタンスになったからここまで泣く事もなかった。


 俺はふと、近くで鳴き声のする方向を向いた。


 俺の近くでリーダーをなくした『ホワイトソード』の面々が泣いていた。


 みんな満身創痍、特に前衛を最後まで勤めたすももとピー太は自らも相当な重傷を負っているにもかかわらず、エイジを思って泣いていた。


「エイジ……えいじい……」


「ううぅ……えいじさん……なんで死んじゃったんすかあ……」


「ぅぅうぅうぅうううう…………」


「ぐ……俺があの攻撃を受けて吹き飛ばされなければ……」


「よせ……ポッポのせいじゃない……」


「そうですよお……皆精一杯頑張ったじゃないですかあ……もっと……胸を張りましょうよお……」


 ……『ホワイトソード』の面々はエイジの上半身を囲んで次々に言葉を漏らしていた。


「エイジ……てめえの仇……俺がちゃんととってやったからな……」


 俺はエイジの骸に報告する。


 仇はとった。ブラックスパイダーを倒した。俺らが勝ったんだと。


 俺は泣きながらそう報告した。


 エイジは何も言わない。


 ただ俺の報告を黙って聞いていた。


「シーナ……てめえの仇も……ついでにな……」


 俺はいつものように、シーナをおちょくるように、そう言った。


 しかしそこにくるはずのシーナの怒鳴り声はいつまで待っても響かない。


 俺はその事実に途方もない悲しみを受けた。


 俺は泣き続ける。





 こうして俺らはブラックスパイダー戦を勝利した。



































「おやおや、随分満身創痍な様子だねえ、きみたち」


「「「「「っ!」」」」」


 俺らの目の前に1人の男が現れた。


「おれが放ったあの大蜘蛛、結構強かったのかな?」


 男は


 男は


 男は




 今、何を言った?






「もう少し余裕で倒せるモンスターだと思ってたけど、案外きみたち、弱いんだね」


 そう言うと目の前の男は無表情を保ちつつ笑い出した。




 こうして、全ての元凶が俺らの目の前に現れた。

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