突撃
俺らが戦い始めてどれくらいの時間が過ぎただろうか。
もう昼メシを食うという時間帯ではないのは確かだ。
もしかしたら今は後少しで夕日さえ見える時間かもしれない。
それくらい長い時間、俺らは禄に休めもせずに戦い続けた。
既に死者は3桁の大台に乗ろうかという有様で、麻痺などで動けなくなった者を含めての重傷者は500以上はいる。
それでいて戦況が好転する気配は無いという厳しい戦いを強いられている間に再び『解放集会』の再捕縛は大体完了し、さっきよりも厳重な体制で監視されることになった。
もはや俺らプレイヤーの疲労は連続の戦闘でピークに達しようとしていた。
このいたちごっこのような終わりが見えない蜘蛛との戦いに、襲撃現場へ走る俺らの足は重くなる。
プレイヤーとこの街の騎士団連中が総動員で蜘蛛を駆除しているとは言え、圧倒的な数の差に俺らは為すすべもない。
だがそれでも街中に湧き出ている蜘蛛相手なら並のプレイヤーや騎士団連中でも十分対抗できているのは幸いか。
特に騎士団連中の活躍は目覚しい。1匹の蜘蛛を倒すのに、プレイヤーと比べると攻撃の手数が2倍3倍は必要みたいだが、そいつらはそれをプレイヤーの2倍3倍という数の集団でカバーしている。
その上損耗率も低いらしく、個人個人は強いが隙の多いプレイヤー集団と数で渡り合える戦果を上げているらしい。
しかしそれでも足りない。こちらはジワジワと消耗しているのに蜘蛛の軍団は無限かと思うほどに湧き続けている。
このままだと消耗戦で俺らは負ける。
そう考えながらも俺らが街の北周辺で蜘蛛の群れを駆除している時、やっと例のくのいちから俺らが待ち望んでいた報告が飛び込んできた。
「速報! 速報! 例の大蜘蛛を発見しました! 場所は街の中央部! スキル道場です!」
「あそこか! よく探し出してくれた!」
「はい!」
俺らのもとに魔王、通称ブラックスパイダーの目撃情報がやっと舞い込んできた。
俺はその報告を聞いてくのいちに労いの言葉をかけた。
くのいちの言葉に周りにいた暗い表情だったプレイヤー達も元気を取り戻していく。
「しかしスキル道場周辺にはこれまで以上に大きい蜘蛛が集まっているとのことですので、行かれるのでしたら十分に注意して行ってくださいね!」
「ああわかった! てめえも報告ありがとな!」
「え、えへへ……」
俺の言葉を聴いてくのいちは顔をふにゃりとさせて微笑んだ。
なんかこいつがいると引き締まらないな。
「それと捕縛した『解放集会』のメンバーから聞き出した有力な情報があります! どうやら最初に現れた大蜘蛛は解き放たれた際、『解放集会』の教主と話をしていたそうです!」
「何?」
『解放集会』の教主?
「そこで得た情報によると、どうやら今街中に散らばっている蜘蛛は大本の大蜘蛛が召還したものらしく、その大本を倒せば召還された蜘蛛も消滅するそうです!」
「……そうなのか?」
そんな重要な情報を敵が簡単に喋るもんなのか?
だが今はその可能性にすがるしかないのも事実だ。
「よし、わかった。それじゃあ一度広場に戻って戦力を整えよう。俺達だけじゃ心もとない」
「エイジの言うとおりね。それじゃあ戻りましょう」
エイジの提案にすももが同意し、その後その場にいる全員が同意したところで俺らは広場へと戻ることにした。
広場に戻るとそこはもう絶望色に塗り固められていた。
テントに設置したベッドが足りず、地面にシートと布を敷いてその上に横たわらせられている状態の溢れかえった重傷者。
始まりの街で見たことがあるような、この街を出て行くという声とこの街を見捨てるのかという声の応酬。
体中の装備がボロボロでもはや疲れ切った様子のプレイヤー集団。中には表情が焦燥に駆られていてあたりに怒鳴り散らす者、泣いて地面に蹲っている連中も数多く見かける。
そんな連中を横目で見て俺は野戦病院として機能している大型テントの中に足を踏み入れた。
そこにはバルとシーナを置いてきた。あれから結構時間が経った今ならあいつらももう戦えるようになっているかもしれない。
そういった理由で俺はバルの寝ていたベッドに来てみたが、そこにいたのは今もなお寝ているバルだけだった。
「寝ているのか……シーナはどこいったんだ?」
「……起きてますよ」
俺がバルに近づくとバルの瞼があがり、その青い瞳が俺に向けられた。
「なんだ、起きてたのか。調子の方はどうだ?」
「……すみません。まだ体は……思うようには動きません……」
「そうか、まあてめえはそのままゆっくり休んでろ」
「……すみません」
「謝んなくていいっつの」
申し訳なさそうにシュンとして謝るバルに俺は頭をかいて周りを見ながら言う。
「それとシーナのやつはどこにいるんだ? 便所にでも行ってるのか?」
「え……?」
俺の問いかけにバルは疑問で返してきた。
「一緒じゃ……ないんですか?」
「は? 何言ってんだよ。シーナはてめえと一緒にいるはずだろ?」
「いえ……大分前にシーナさんは……ここを出て行かれましたが……」
「……なんだと?」
俺はその瞬間、かなりまずい事になっていることを悟った。
「バル、てめえは絶対そのまま休んでろよ? その状態でこられても足手まといになるだけだからな」
「は、はい……」
「俺はこれから大蜘蛛を駆除してくる。シーナも探してくるからてめえは心配なんかして探しにいこうとすんなよ?」
「……わかりました」
「うし。そんじゃ行ってくる」
俺はバルのもとから早足で去った。
……シーナ。
今どこにいるんだ……。
もしかしててめえは……。
俺は不安に駆られながらもメニュー画面を表示させ、シーナの居場所を探し出す。
そして俺はシーナがいる場所を特定した……が、しきれなかった。
シーナは目まぐるしい速度で街の中を移動し続けていた。
「よう、待たせちまったか?」
俺は広場に集まっていた戦力の内のひとつ、パーティー『ホワイトソード』のエイジに声をかけた。
「いや、こっちもちょうど突撃メンバーが決まったところだ」
「どんな感じになった?」
「俺達も含めたレベル13以上のプレイヤー32人がスキル道場に行くことになった」
「32か……多いんだか少ないんだかよくわかんねーな」
「まだ街中でプレイヤーが蜘蛛と戦っていることを考えれば多いほうだと思うけどね」
「そっか、突撃にだけ戦力を集中させるのもまずいしな」
「それにこの街の人達はこの突撃に参加しない。その人達は街の蜘蛛を倒すだけで精一杯みたいだからね」
「ああそれも問題ないだろ。むしろあの大蜘蛛相手に騎士団連中はマズイ」
そう言いながら俺は回りにいる突撃メンバーを見回す。
大体が始めて見る顔だがどいつもこいつも鬼気迫った顔してやがんな。
「……奴は絶対倒す……ダインの仇だ……」
「死んでいったパーティーメンバーのために俺達は勝たなければいけない!」
「そうだ! これは俺達の聖戦だ!」
……なるほどな。
今までの戦いで仲間を失った奴らも結構参加してるのか。
たとえ仲間になってまだ1月も経っていなくとも、命を互いに預けあった仲間の死は大きかったんだろう。
仲間が死んで戦えなくなる奴もいるが、こうして闘志を燃やす奴らもいるんだな。
俺は今回ここの総司令官的な立場ではないが、焦る気持ちが俺に声を張り上げさせる。
「それじゃあぼちぼちいくぞてめえら! 俺らは蜘蛛ヤロウに絶対勝つ! そして皆生き残って勝利の宴としゃれこむぞ!!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
俺はその場で大きな声で勝利を誓い、それに続いて周りの連中が声を張り上げた。
こうして俺らは広場から動き出し始める。
……そうだ。それでいい。
早く、早くあの大蜘蛛を倒さないといけない。
じゃないとあいつが……シーナが……。
俺はいやな予感を振り払うように首を振り、そしてもう一度大きく叫んだ。
「俺らは絶対に勝つ! この戦いを1秒でも早く終わらせるためにてめえらさっさといくぞおおおおおおおお!!!」
「「「「「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
そうして俺らは街の中央部にあるスキル道場へと行軍を開始した。
「……ここらへんはやけに蜘蛛が見当たらないな」
俺らが行軍を開始して20分ほどが過ぎた頃、それまで蜘蛛の襲撃が絶え間なくあったというのに、その襲撃がピタリと止まっていた。
「ボスが近いからとかじゃない?」
「いや、事前に入手できた情報ではスキル道場周辺にはひときわ大きな蜘蛛が群がってたって話だろ? だったらこの辺で出てきてもおかしくねーだろ」
「……確かに」
そうだ。
この状況は何かが変だ。
これは罠か? 俺らが奴らの巣穴というか蜘蛛の巣に引っかかるのを待っているのか?
本当に? モンスターにそんなことができるのか?
わからない。とにかく今は進むしかない。
俺らは行軍を急ぐ。
後10分もしないうちにスキル道場へと到着する。
そうして俺らが走っていた先にあった少し開けた運動場のような場所に、俺らが疑問にしていた答えがあった。
「なんだありゃ……」
その運動場は見渡す限りの蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛。
蜘蛛が密集して蜘蛛の上にさらに蜘蛛が乗っているというような状況だった。
「さすがにこれは……」
「気持ち悪い……」
視覚効果抜群のその暗黒の光景は俺ら全員にもれなく嫌悪感をもたらした。
「……少し遠回りしよう」
エイジの提案に一同は同意して、蜘蛛から隠れるようにして回り道をした。
どうもあの蜘蛛の軍勢は俺らに気づいていないらしく、このままなら問題なくスキル道場までいけそうだった。
……だがなんでこんなところに蜘蛛が集まってんだ?
どこか他のところにいけば俺ら的にはかなり厳しいことになってたのは確かだが。
そうして目の前に広がる光景をいぶかしみながら俺は運動場の中央を見た。
するとそこにはシーナが1人で蜘蛛の群れの攻撃を避けているところが見えた。
「……っ!!!!!」
シーナは蜘蛛の軍勢の真っ只中で孤軍奮闘していた。
四方八方から押し寄せる蜘蛛の攻撃をシーナは紙一重で回避し続けている。
その姿を見て俺はつい大声で叫んでしまった。
「シーナ!!! てめえ1人でこんなところで何してんだよ!!!!!」
俺の叫びにシーナは目を見開いて俺の方を向いた。
そして向いた目はシーナだけにとどまらず、蜘蛛の軍勢もまた、俺らの方を向いて俺らを認識した。
「っ! スキル道場まで全力で走れ!!」
咄嗟に誰かがそう言って俺らは全力で走り出す。
その後ろから蜘蛛の大群が周りの風景を塗りつぶすかのように押し寄せてきた。
「クソッ! すまん! 声出しちまった!」
「そんはこと今はいい! それより早く走れ!」
俺らは全速で走っていく。
だが俺はAGIに才能値を振っていない。
全力で走る他の連中にどんどん距離を離され、後ろからは蜘蛛の群れがぐんぐん迫ってきていた。
「あんた一体何してくれてんのよ!」
そんな俺の手を掴んでシーナはそう叫んだ。
いつのまにかシーナは俺のところまで走ってきていた。
これがAGIの差か。
「うっせ! てめえこそ何してたんだよ!」
「あんたたちが蜘蛛をなかなか退治し切れてないみたいだからこうやって引き付けて集めてたんでしょ!」
ああ、やっぱりか。
シーナの位置が特定し切れなかったのはシーナが大勢の敵を引きつけるために走り回っていたからなんだな。
そして俺はシーナに無事会えたことでホッとする。
……だが! それでも!
「1人でやる馬鹿がいるか!!!」
「1人だからできるのよ馬鹿!!!」
俺らは走りながらそうやって互いを罵りあう。
「なんで仲間の俺のところに来なかったんだよ!」
「あんなこと言われてあんたのところにノコノコいけるわけないでしょ!」
「1ミスで死ぬんだぞ! てめえわかってんのか!?」
「そっちこそ1ミスで死んじゃうじゃない! あんたわかってんの!?」
「俺はてめえが1人でいなくなって心配してたんだぞ!」
「私こそあんたが1人で闘いにいっちゃって心配してたわよ!」
「てめえが1人で勝手に死ぬかもしれないって不安だったんだぞ!」
「あんたが1人で勝手に死ぬかもしれないって不安だったんだから!」
俺らは走りながら思いのたけをぶつけ合う。
……ああそうだ。
俺はコイツの事を心配してたんだ。コイツが死んじまうんじゃないかと不安だった。
コイツが広場からいなくなってからずっと俺はそう思っていた。
コイツが蜘蛛を引きつけているのだろうという事はパーティーメンバーのマップ表示での移動速度からして大体予想はついていた。
だから俺は早く大元を倒そうとここまで急いできたんだ。コイツがそれまで無事である事を祈って。
「あんたが勝手に死ぬくらいなら私だって覚悟決めて蜘蛛と戦うわよ!」
そう言うシーナの顔は真剣そのものだ。
その顔はもう青くない。
もうあの時の震えていたシーナじゃない。
何か心境の変化でもあったのだろうか。
バルと何か話をしたのか、それとも自分1人で何かを乗り越えたのか。
それは俺にはわからない。
だが、それでもこれだけは言える。
今のシーナは、強い。
「リュウ! 喋ってる暇があるなら早く走れ! すぐ後ろまで蜘蛛が来ているぞ!」
前方からエイジがそう叫んでいた。
今はこんなこと考えてる場合じゃなかったな。
俺はシーナに手を引かれながら全速力でスキル道場目掛けて走る。
既に先行していた奴らが道場の開け放たれた分厚い扉を抜けて次々に中へ入っていっている。
俺はシーナに手を引かれながら力の限り走り、後ろからのプレッシャーを感じながら、スキル道場の中目掛けてダイブした。
俺が飛び込んですぐ、待機していたプレイヤーの手で扉が閉められ、追いかけてきた蜘蛛が扉にぶつかる。
しかしその扉はなんとか蜘蛛の圧力に耐え、無事に俺らは蜘蛛の軍勢から逃げ切ることができた。
いやまあ道場の外にはうじゃうじゃと蜘蛛が待ち構えてるんだろうけどな。
「はあ!……はあ……はぁ……、助かったぜ、あんがとよ」
「ふん! あんた足腰鍛えなおしたほうがいいんじゃないの?」
「てめえ……」
AGIさえ同じならてめえになんか負けるかよ。
俺はそん所そこらの奴に負けないくらいには体鍛えてるんだぞ。
「リュウ、シーナ。お喋りは後にしたほうが良さそうだよ」
俺とシーナがいつものように軽口を飛ばそうとしたその時、エイジが真面目な声でそのやりとりを制止させてきた。
「……なるほどな、遂にボス戦ってやつか」
「そういうことさ」
俺がスキル道場の内部に目を向けると、その先にはあの大蜘蛛、2番目の魔王、ブラックスパイダーが蜘蛛の巣を張って待ち構えていた。
 




