共同戦線
俺はテントを離れて広場の中で作戦会議をしている集団の中に入った。
「あの大蜘蛛に攻撃されると重度の麻痺状態になって動けなくなる。だからあのモンスターに接近戦は無理だ」
「となると遠距離から削っていくしかないが、あの蜘蛛案外素早いぞ。魔法なり弓なり当てるにしろ、一度あの蜘蛛を止める必要がないか?」
「無茶言うなよ! さっきも言った通り、あいつには麻痺攻撃があるんだぞ! 盾を持ったタンクでも下手したら動けなくなってその場で食われる!」
「動けなくなるといえばあの糸も厄介だ。一応武器で切ることはできるが、あの蜘蛛を目の前にして悠長にそんなこと出来るかどうか……」
話を聞いた限りだと大分困っている状態のようだ。
あの大蜘蛛は素早いうえに此方の動きを止める攻撃が2種類ある。
下手な立ち回りは命を落とすといっていい。
話の要点を纏めるとこんなもんか。
ちなみに話をしているのは殆どがプレイヤーで、街の住民は怪我人の搬送や治療に従事している。
やはりここでもこの世界の住民とプレイヤーの強さの格差は大きいらしい。
とは言え街の騎士団が全くの役立たずというわけでもない。
確かにプレイヤーと一対一で戦ったらプレイヤーの圧勝だろうが、騎士団連中は20人、30人、あるいはそれ以上といった集団で連携を取って戦う。
それは情報収集の場でも活用され、今も大蜘蛛の居場所を特定するのに奔走していることだろう。
「というかその肝心の蜘蛛は今どこにいるんだ?」
「現在AGI寄りのプレイヤーが集団で街中を捜索中だ。勿論必ず2人以上で行動してな」
「いっそこのまま見つからずにどっかいってくれればいいんだけどなあ……」
「お前それで夜寝られるのか? 夜中起きたら天井からあの蜘蛛が降りてくるかもしれないぞ?」
「お、おい。怖い事言うなよ……」
プレイヤー連中の中でも大蜘蛛は今捜索中か……。
しばらくは発見の報告が来るまで待機だな。
そう俺が結論付けると背後から声がかかった。
「リュウ! 君も来ていたか!」
背後からの声はエイジのものだった。
エイジの後ろには『ホワイトソード』の面々が待機している。
「ああ、まあな」
「? 他の2人はどうしたの?」
「ああ……バルは大蜘蛛の麻痺にやられて向こうのテントの中。シーナは……足手まといになりそうだったから置いてきた」
「そうか……」
俺が足手まといという言葉を言うのを聞いた瞬間エイジは顔を曇らせる。
まあ普通パーティーメンバーに言うことじゃねえもんな。
「それじゃあリュウは1人で戦うのかい?」
「そのつもりだ」
「だったら俺達を頼ってくれよ。共同戦線だ」
そう言うと『ホワイトソード』の面々は武器を掲げて俺を歓迎する。
「1人でやれることなんてたかが知れてるでしょ?」
「リュウは弓使いだよな? 俺がちゃんと守ってやるぜ!」
「私も弓使いだから立ち位置は一緒ですね。弓道部の実力を見せてあげますよ!」
「俺も敵の目を引き付ける程度の事はするっすよ! 怖いけど!」
「回復は僕に任せろ。完璧にこなしてみせようじゃないか」
「まあそんなわけなので、よろしくお願いします、リュウさん」
すもも、ポッポ、アン、ピー太、神田、ゆみこは次々に俺に声をかけていった。
「ああ、わかった。俺はSTR全振りだから守りはよろしく頼むぜ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「おいなんだその反応は」
この反応見たことあるぞ。
これってゲーム初日に見せたユウ達の反応じゃねえか。
「……リュウってSTRにしか才能値振ってないの?」
「そうだ」
「うわあ……」
「うわあ……」
「うわあ……」
「うわあ……」
「うわあ……」
「うわあ……」
「うわあ……」
「おいやめろ、その反応やめろ」
2回も反応するな。すっげえ傷つくから。
「それでも攻撃はちゃんと当てられるから心配すんじゃねえよてめえら」
「え? そうなの?」
「おうよ。じゃなきゃ俺がこの街にいられる理由もねえだろ?」
「確かに」
『ホワイトソード』の面々は揃って頷きあう。
「それじゃあ攻撃は任せてもいいんだね?」
エイジが念を押して聞いてきた。
「おう、つかそれしか俺に任せるな」
「よし、決まりね」
「まあ俺達がちゃんと守ればいいだけだしな」
俺の断言にすももとポッポがそう言うと、遠くから誰かが走ってくるのが見えた。
よく目を凝らしてみるとそいつは始まりの街で見かけたくのいちプレイヤーだった。
てめえもこの街着てたのか。
「速報! 速報! 街の中の南区域に大量の蜘蛛型モンスターが現れて住民とプレイヤーを襲撃中!」
くのいちプレイヤーは広場の人間全員に伝わるように大声で南側にモンスターが出現したことを伝えた。
「つか……大量の蜘蛛だと……?」
あの大蜘蛛以外にもモンスターが現れたのか。
どうする……? 倒しに行くか、本命を待つか。
いや、考えてる場合じゃねえな。
「うし。俺は行く。エイジ達はどうする?」
「俺達も行く。被害が出ているのをそのままにはしておけない」
「よし。じゃあ行くぞ!」
そうだ。
敵はあの大蜘蛛だけじゃない。
南側で出てきたという蜘蛛がどれくらい強いのかわからないが、一度確認をする必要もある。
それにエイジの言う通り、街の被害を黙って見ていられるか!
俺らは南側へと走っていった。
「……こりゃあひでえな」
俺らは街の南側へと移動したが、、その場の光景に顔をひきつらせない訳にはいかなかった。
街を襲う蜘蛛の数はざっと見たところ、少なくとも100匹以上はいた。
「これ全部相手にするのか……」
「まああの大蜘蛛と比べりゃサイズはちいせえけどな」
蜘蛛1匹の大きさは大体50センチとかそんなんだ。
それでも蜘蛛としてはでかいからドン引きなんだが。
「うし、とっとと仕留めるぞ」
そういって俺は蜘蛛の1匹に向かって矢を放った。
矢で射られた蜘蛛は地面に釘付け状態になって動かなくなり、そして黒い霧になって消えた。
どうやら強さもサイズ相応らしいな。つかコイツは倒したら消えるのか。
「ヒュー、1発で仕留めるとはすげえなリュウ」
「まあな」
ポッポが感心したような顔で俺に話しかけてきた。
命中に関しては弓のおかげなんだが、ここでいちいち説明するのはカッコ悪いだろう。
俺はそのまま次の矢を取る。
弓のクールタイムが終了するとすぐさま次の矢を別の蜘蛛に当てる。
そうしているうちに『ホワイトソード』の面々も蜘蛛に攻撃を仕掛けて倒していく。
この蜘蛛相手なら普通のパーティーでも十分戦えるな。
俺ら以外のプレイヤーもガンガン蜘蛛を駆除していっている。
そして、俺らが南側に着てから10分程度で蜘蛛の駆除がほぼ完了した。
「随分あっけなかったな」
「そうだね」
俺とエイジがそう話していると、またもやあの例のくのいちプレイヤーが俺らの方に走ってきた。
「速報! 速報! 街の東区域と北区域に大量の蜘蛛型モンスターが現れて住民とプレイヤーを襲撃中! ここの蜘蛛討伐が終了し次第そちらに向かってください!」
「……マジかよ」
「マジだね……」
どうやら敵は物量作戦を仕掛けてきたようだ。
「くそっ、とりあえず東側から行くぞ!」
「よし! みんなも行こう!」
「「「「「「了解!」」」」」」
そうして俺らは南側から東側へと走っていった。
走っている途中、俺は近くに来ていたくのいちに話しかけた。
「なあ、小さい蜘蛛の駆除も重要だがあの大蜘蛛の情報はまだ来ないのか?」
「す、すみません! 教会跡地に出現した大蜘蛛につきましては我々も目下捜索中です! 現在大蜘蛛を発見したという報告は入っておりません!」
「そうか、わかった。引き続き捜索を頼む」
「あ、は、はい! そ、その、リュウさんも頑張ってください! 私応援してます!」
「お、おう。まあ、なんだ、てめえも頑張れや」
「あ、はい!」
そしてそのくのいちは俺らとは別の路地に入っていった。
なんなんだあのくのいちは。
そうしているうちに俺らは街の東側にやってきた。
ここでも蜘蛛がわらわらといて既に蜘蛛とプレイヤーが戦闘を開始しているが、さっきまでの蜘蛛とは明らかに違っていた。
「なんかここの蜘蛛でかくねえか?」
「さっきまで戦ってたのの倍はあるんじゃねえか……?」
「うげえ……私ただでさえ蜘蛛って嫌いなのに……」
俺の思った疑問にポッポが同意し、すももがもうギブアップといった様相を見せている。
大きさが1メートルはあるその蜘蛛の大群は既に戦っている連中でも苦戦しているようだ。
その戦っているプレイヤーの1人が俺ら援軍が到着したのを見て声を張り上げた。
「気をつけろ! こいつら麻痺攻撃が使えるぞ!」
……とんでもないな。
ただでさえでかくて数が多いのにそれに加えて麻痺攻撃だと?
どれだけ俺らを苦しめれば気が済むんだ。
「……とにかくここの蜘蛛も駆除するぞ」
「すもも! ポッポ! ピー太! 敵蜘蛛の攻撃には注意!」
「了解!」
「ああわかってるさ!」
「俺は攻撃が当たらないよう気をつけるっすよ!」
エイジがパーティー内で攻撃にさらされやすい3人に注意を促した。
「エイジ! てめえ自身もちゃんと気をつけろよ!」
「わかってるさ!」
俺はエイジにも注意するよう呼びかけた。
エイジは攻撃役と防御役、どちらもこなす万能型だ。
おせっかいな性格といい、コイツはどうも俺の知っているイケメンと姿が被るな。
まあいい。
俺は矢を弓で引いて蜘蛛に向かって放ち続ける。
どうやらこの蜘蛛も俺の攻撃に耐えられないらしく、1発でサクサク仕留めていく。
クールタイム中にちらっと周りの様子を確認したが、どうやらこの大きさの蜘蛛には何度か攻撃を加えないと倒せない分、かなりてこずっている奴らが多く見られた。
「はぁ、はぁ……、リュウはすごいな1発で仕留められて。俺だと10回は攻撃しないと倒せないよ」
さっき蜘蛛の攻撃をくらったエイジが神田に回復してもらうために後衛まで戻ってきて俺にそう言ってきた。
「ああ、まあな。だてにSTR特化じゃねえのさ」
「なるほど、頼もしいね。それじゃあ俺ももうひとふんばりしてくる!」
「おう、気をつけろよ」
「わかってる!」
そう言ってエイジは再び前衛へと戻っていった。
「頼もしい……ねえ」
俺はさっきエイジが言った言葉を思い出す。
「……口元がにやけてますよ、リュウさん。そんなにエイジさんの言ってたことが嬉しかったんですか?」
……隣で矢を射っていたアンからそんな指摘をされた。
「ベ別ににやけねえし? ただのアンのみ見間違いだろ?」
「ふーん……それならそれで別にいいんですけど」
なんだその人を疑うような目は。
俺は隣でジト目で見てくるアンを無視して矢を放った。
「うふふ。『サンダーボルト』」
俺らの会話を聞いていたのか傍にいたゆみこが微笑み、そして近くの蜘蛛に雷の魔法をぶち当てていた。
なんなんだよてめえらは。俺がにやけてたら悪いのかよ。
だが……にやけてたか。
多分俺も嬉しかったんだろうな。
どことなくアイツに似ているエイジに俺をちゃんと認められたってことが。
別に俺はエイジとアイツを混同してるわけじゃねえが、それでもなんでか嬉しかった。
だが俺はその感情を抑えて前を見る。
そして俺は矢を射続ける。
今は喜んでる場合じゃない。
今は目の前の敵を倒し続けるんだ。
そうしてそのエリアの蜘蛛駆除が完了した。
今回は20分近くの時間を要したと思う。労力は南側の倍だ。
周りを見回すとプレイヤーも騎士団連中も大分疲弊しているのがわかる。
俺もずっと弓を引いていたので腕や肩がかなりきつい。
「なかなか厳しい相手だったな……」
「向こうのパーティー、被害甚大みたいよ……」
「うへー……俺らも気を引き締め直さないとっすねぇ」
前衛で戦っていたメンバーが暗い顔で俺らの方にやってきた。
どうやらこの『ホワイトソード』のメンバーは全員無事だが、他のパーティーはそうはいかなかったらしい。
「人が死んだとこ……今日だけで2回も見ちゃったわ……」
「本当に死んでるんだよな……ゲームなのに死体もそのまま残り続けるしよ……」
「俺達本当に生きて帰れるんすかねぇ……」
「ピー太、そんなこと言うな」
神田の発言はやや遅く、ピー太の言葉によって一層暗い雰囲気が周りを包んだ。
「今考えることはそこじゃねえ。そういうことを考えるのは大蜘蛛をぶっ倒してからにしようぜ」
「リュウの言う通りだ。みんな、声を出して頑張って乗り切ろう!」
「ええ、了解!」
「了解!」
「空気悪くしてすんません! りょーかいっす!」
そうして『ホワイトソード』の面々はリーダーの声かけによって明るさを取り戻していった。
やっぱエイジがいるこのパーティーは強いな。今の暗い空気が一辺に払拭された。
だが、そんな風に俺が感心していると、突然俺に向かって火の玉が飛んできた。
「なっ!」
「危ない!」
俺への攻撃はかろうじてエイジの持つ盾によって防がれた。
「今の『ファイアーボール』を撃った奴は誰だ! 出て来い!」
ポッポが俺の前に庇うように立ちながら火の玉が飛んできた方向を睨みつけている。
そして次の瞬間、ポッポが睨んでいた方向にある路地から黒いローブを顔が隠れる位に深々と被った集団が現れた。
「な……こいつらは……」
俺はこいつらの服装に1つだけ心当たりがあった。
それはエイジ達も同様だったようで、突然現れた集団に対して戦闘態勢をとっている。
まあ当たり前だよな。だってこの集団の事を教えてくれたのはエイジなんだからよ。
俺らはプレイヤー解放を目論む殺人集団、『解放集会』との戦闘も余儀なくされた。