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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
2番目の街
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震え

「バル!」


 俺は未だ起き上がらないバルの下へ駆け寄った。


「おいバル! しっかりしろ! 一体どうしたんだ!」


 俺はバルを抱きかかえて体を揺らす。

 しかしバルは俺に返事を返さず体を震わせているばかりだ。


 何がおきたのかわからないが今のバルは異常だ。

 俺はバルの兜を脱がせて顔色を見る。


 すると兜の下に隠れていたバルの顔は青ざめていた。


「お、おい、バル! 大丈夫か!」


 なんだこれは?

 バルに一体何がおきたっていうんだ?

 HPゲージは未だに9割は残っている。命に別状はないはずだ。


 だったらこれはなんだ?

 まるで重い病気にでもかかったような……。


「……完全に麻痺くらってるな」


「え?」


 バルを抱きかかえている俺の後ろから、さっきまで大蜘蛛と対峙していたプレイヤーの男が暗い調子で話しかけてきた。


「……あの大蜘蛛の特殊攻撃だ。その麻痺攻撃は触っただけで発動するから既に何人も被害者が出ている」


「な、治るのか?」


「……たぶんな。普通の状態異常だし。……ただ麻痺効果としては上位のものらしくてな、ここらのアイテムや回復魔法じゃ治せないみたいだ」


「な! それじゃどうすりゃいいって言うんだよ!」


「……自然に治るのを待つしかないだろ」


「……そうか」


 ひとまず命に関わるような症状じゃなくて良かった。


 思ってみればこの場に来る前に見かけた広場の倒れているプレイヤー達は全員麻痺を受けてそこに一旦運び込まれた連中なのかもしれない。

 とりあえず俺は冷静になるために息を大きくはいた。


「……さっきはすまなかった。俺があの大蜘蛛を怒らせたせいでさっき死に掛けてた奴だろ?」


 俺はプレイヤーの男に頭を下げた。

 こいつはさっき大蜘蛛との戦いの最前列にいて、怒り狂った大蜘蛛の糸の撒き散らしに巻き込まれて捕まっていた奴らの1人だ。


「……いや、いいんだ。どうせあのままあの大蜘蛛とやりあっててもダインの二の舞だっただろうしな」


「ダイン?」


「……さっきあの大蜘蛛に頭から食われていった奴の名前だ」


「ああ……」


 そう言うとプレイヤーの男は両手を握り締めて涙を目に浮かばせる。


「まだパーティー組んで2週間しか経ってないってのによ……一緒にこのゲームの世界から抜け出そうって言ってたのによお……!」


「…………」


 俺は男の悲痛な声に何も返してやれなかった。

 たったの2週間という短い間ではあったが、その間苦楽を共にし、命を預けあったパーティーメンバーが目の前で食い殺された。


 俺もまだ会って間もないバル、そしてシーナが目の前で食い殺されたら激しく怒るだろう。……そして多分泣くかもしれない。

 いつか目の前で泣いている男の姿が俺になる日もあるかもしれない。


 こんな非日常の世界にいきなり放り込まれた俺らに死ぬ覚悟なんてできていない。

 そして仲間が死ぬということについても同様に覚悟がない。


 いつかその覚悟ができるんだろうか。

 自分が死ぬ覚悟。味方が死ぬ覚悟。


 もしそんな覚悟ができたとしたら……その時初めてこの世界が日常となるんだろう。


「俺はあの大蜘蛛を許さねえ……絶対にぶっ殺してやる!」


「…………」


 俺は男の悲痛な叫びに何も返してやれなかった。


 そして俺らは教会跡地から広場まで引き返すことにした。

 大蜘蛛は依然として健在だ。今もどこかで俺らを見ているかもしれない。

 

 俺らは戦況を立て直すべく広場へと急いだ。


「バル、もう少しだからな」


 俺は背中に背負った、意識があるのかすらわからないバルに向かって話しかけた。


 バルの調子はさっきからまったく変わっていない。

 命に別状はなくとも、これではしばらくバルは戦線離脱を余儀なくされるだろう。

 そうなると俺らのパーティーの盾役はシーナ1人に任せるしかなくなるのだが……。


 ちらっとシーナの姿を横目で見る。

 シーナは俺がバルから外した兜を両手に抱えて、俺の走るスピードに合わせて走っている。


「…………」


「…………」


 隣で並走するシーナの様子が暗い。

 さっきからずっと黙り込んでいる。


 俺は何か言おうと思考をめぐらせる。


「……バルはもう戦闘には出せない。だから俺の守りはてめえに全部任せることになる。頼めるか? シーナ」


「え、ええ……わかってる、わかってるわよそんなこと……」


「…………」


「な、なによその目は! やるって言ってんでしょ! 私が盾やんなきゃいけないなんて当たり前じゃないの! わざわざそんなこと聞かないで!」


「……シーナ。てめえ本当に大丈夫なのか?」


「なっ、大丈夫よ! 大丈、ぶに、決まってるじゃない……」


 俺のしつこい問いかけにシーナは目線を逸らしてなんともはっきりしない言葉を返してきた。


「……なんだったらてめえもバルと休んでていいぞ?」


「っ! あんたいきなり何言ってんのよ! ふざけてんの!?」


「ふざけてねえよ。大マジだ」


「え、ちょ、ちょっと……何よそれ……バルが倒れたうえに更に私までいなかったら、あんた1人になっちゃうじゃない! あんたわかってんの!?」


「ああ」


「あんた自分が回避もろくにできなければ防御力だって気休め程度にしかないって事わかってんの!? そんなあんたが盾役も連れずに何しようってのよ!?」


「そりゃあ勿論、あの大蜘蛛をぶっ倒す」


「あんたわかってんの? 本当にわかってんの!? あんたなんかあのでかい蜘蛛に一発でも攻撃されたらあっという間に死んじゃうのよ!?」


「ああ、だろうな」


「わかってるならなんで1人で行こうとするの!? なんで私を置いて行こうとするの!? なんで! ……なんで」


「……シーナ、さっきからてめえ、顔が青いぞ」


「え……?」


 シーナは自分の顔に手を触れる。

 それじゃあ確認できねえだろうけどな。


「あの大蜘蛛にプレイヤーが食われるのを見てからずっとだ。てめえ、ビビっちまったんだよ」


「っ、そんなことないわ! 私はビビってなんてない!」


「バルが大蜘蛛を止めている時、てめえ足が震えて動けなかっただろ?」


「そ、そんなことは! ……そんなことは」


「…………」


「…………」


 シーナはそのまま口を閉ざしてしまった。

 だがシーナの悔しそうな表情から、俺の言ったことは真実だったとわかる。

 

「とりあえず話は後だ。今はバルを休ませる」


 俺とシーナが話しているうちにプレイヤーや街の住民が集まっていた広場まで到着していた。

 その広場には大型のテントが設置されていて、野戦病院といった感じの機能を果たしている所があった。


 俺はバルを背負ってそこまで走った。

 シーナは黙って俺の後ろをついてきた。


「大蜘蛛の麻痺にやられた! どこかコイツを休ませる場所は空いてないか!」


 俺はテントの入り口でそう言うと、中から白衣を着た男が俺らに駆け寄ってきた。

 多分この街の医者か何かだろう。


「わかりました! こっちに簡易式のベッドを用意してありますのでそこに休ませてください。麻痺は私達では治せませんが回復魔法は扱えます。怪我の方はどれほどありますか?」


「麻痺以外はそこまで怪我を負っているわけじゃない。だから軽いやつで大丈夫だ。なんだったら他の重傷者を先に回復してやってくれて構わない」


「わかりました」


 白衣の男が頷くと、俺らは空いているベッドのところまで案内された。

 そしてその空いているベッドに相変わらず顔色が悪いバルを優しく横たわらせる。

 そのベッドの近くにシーナはバルの兜を置いた。


「バル、てめえはここで待ってろ。後の事は俺がなんとかする」


 俺が横になったバルにそう言った。

 それをシーナが後ろから見ているのを感じる。


「……りゅ……う……」


「っ! バル!」


 バルの意識が戻ったのか、バルは普段兜を取った時よりも更に弱々しい声で確かに俺の名前を言った。


「いっちゃ……だめ……わたし……まも……れな……」


「いいんだ! てめえは寝てろ! 俺の事は心配すんな!」


「で……も……」


「でもじゃねえんだよ! 今あの大蜘蛛を倒さねえと街の中で更に被害が出るんだよ!」


 俺はバルに言い聞かせる。


「今あの大蜘蛛を倒せるのは多分俺だけだ。あのブラックゴーレムの時と同じなんだ。だから俺は行くぜ」


「…………」


 俺はバルに背を向ける。


「俺は死なねえよ。ちょっとした秘策もあるんだ。だからてめえはグッスリ眠ってろ。俺が起こしに来てやるからな」


「……はい」


 バルは小さな声で頷いた。

 そうして俺はテントから出た。 


 ……バルに言ったことは嘘じゃない。

 俺は死なない。死んではならない。

 俺が死ねばあの大蜘蛛を倒すことが困難になる。

 もしかしたら詰みの状態になってかなりの期間、あの大蜘蛛がこの街を蹂躙し続けるかもしれない。

 だから俺は絶対に死ねない。


 そしてバルに言った秘策というのもその場で出たでまかせという訳ではない。

 だが秘策というにはあまりにお粗末で大したことのない策だ。


 それでもしないよりはマシだ。

 俺は早速秘策を始めるべくメニュー画面を表示させる。

 そしてスキル欄を開き、スキル『オーバーフロー』を選択する。

 『オーバーフロー』にスキルポイントを消費しますか? というメッセージに俺はイエスを選ぶ。

 その後も同じ作業を続け、今俺が所有する全てのスキルポイントを『オーバーフロー』に注ぎ込んだ。

 するとスキル『オーバーフロー』の名称が変化し、スキル効果も変化した。


 これが俺の秘策。

 スキルポイントを全消費して『オーバーフロー』を進化させることによって更に攻撃力を高める策。

 すなわち、『攻撃力を上げて速攻撃破作戦』だ。


 今の俺がするべきことはあの大蜘蛛を1秒でも早く倒すこと。

 それが最優先で行うべき俺の使命だ。


 俺は大蜘蛛を倒すべく歩き出す。


「待って……」


 しかし、それを後ろから引き止める呼び声が聞こえた。


 ……シーナだ。


「待ってよ……なんで私を置いて行こうとしてんの?」


「シーナ、てめえはバルと一緒に残ってろ」


「だからなんでそうなるのよ! 私だって戦えるって言ってんでしょ!」


「無理だ」


「どうして!?」


「さっきも言ったろ? てめえはビビって動けなかったんだ。それは体を動かし続けなきゃいけねえてめえにとっては致命的だ。だから今回は大人しくしてろ」


「だからビビってなんてないわよ! あの時は少し驚いただけでっ、あんなモンスター全然怖くないわよ!」


「多分ちげえな。てめえはあのモンスターが怖いわけじゃねえんだろ」


「だ、だったら何にビビってるっていうのよ!」


「死ぬことにだよ」


「っ」


 俺の『死』という言葉にシーナは言葉を詰まらせる。


「多分人が死ぬとこなんて初めて見たんだろ? しかもその最初の死ってのが頭からバリバリ食われてくとこなんだからヘタすりゃトラウマもんだろ」


「……ち……ちが――」


「てめえはあの瞬間、この世界の死はリアルなんだと初めて理解しちまったんだよ。だから顔が青ざめる。だから体が震えちまう」


「そ、そん――」


「今だっててめえの顔は青いままだ。体だって震えてやがる。そんな状態の奴に俺は前を預けられねえ」


「う……」


 シーナは必死に体の震えを止めようと両腕で自身を強く抱きしめている。

 そんなことをしても止まるもんでもねえのにな。


「まっそんなわけだ。今回は俺に任せとけ。てめえはバルのそばにいてやんな」


「りゅ、リュウ……」


 シーナは今にも泣きそうな顔で俺を見る。


 ……そんな顔しないでくれよ。


「さっきバルにも言ったが、俺はそうそう死なねえよ。だから俺が戻ってくんのをバルと待ってろ」


「……う……うぅ……」


 シーナが悔しそうな顔をして、大粒の涙を頬に伝わせ俺を睨む。


 もう見てられねえ……。


「もう俺行くからな。……それと、もし俺のHPがゼロになった時はバルを連れて始まりの街に引き返せ」


「っ!!! リュウ!!!!!」


 俺はシーナを置いて走り去った。

 後ろから泣き声なのか怒声なのかよくわからない声がし続けているが、俺はあえて聞かずにそのまま走る。


 ……最後の言葉は余計だったな。


 HPがゼロになる時って俺が死ぬ時じゃねえか。縁起でもねえ。

 いつもの俺なら絶対言わない言葉だ。こんなの全然俺の流儀じゃねえよ。


 それでも吐いたツバは飲み込めねえ。

 この落とし前はあの大蜘蛛を倒すことできっちりつけることにしよう。

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