野獣
メシを待つこと十数分後、俺らは昼メシのバーベキューを焼くために集まった。
アイテムボックスから取り出した鉄板も既に温まっている。
ちなみに火力の問題も街についたときには解消した。
鉄板の下には石のような硬さの炭が既に高温になって置かれているが、この2番目の街で見つけて買った炭が滅茶苦茶便利な代物だった。
この炭は種火から火が移るとものの数秒で最高温度に達し、それでいて1時間はその温度を維持でき、更には使用した炭を冷ませば再び何度か使えるという優れものというふれこみだった。
俺はそんな説明書きを雑貨屋で見た時、つい衝動的に炭を大量に買い込んでしまったのだ。
しかしながらその判断は間違っていなかったようで、アイテムボックスから出された冷たい鉄板はおよそ10分程度で温められたというわけだ。
変なところで便利な世の中だな。
バルが味付けをした肉と切った野菜を運んできた。
そしてその運ばれてきた肉にシーナが目を光らせている。
その様はまさしく餓えた野獣。今にも飛びついて肉に喰らいつきそうだ。
「生で食うなよ」
「た、食べないわよ生でなんか! あんた私の事をなんだと思ってるのよ!!」
「野獣」
「野獣?!」
だってコイツさっきからガルガルうるせえんだもん。
見た感じ美人なのが更に残念さを引き立てさせる。
髪はボサボサで皮の装備もだいぶ薄汚れている。
まさしく自然の中で生活する獣そのものだ。
野性味溢れる臭いもするしな。
「野性味溢れる臭いもするしな」
「は!?!?!?」
あ、やべ。
つい声に出しちまった。
俺の言葉を聞いてシーナは物凄い勢いで俺から離れていった。
まあ確かに自分の体臭がきつい事を指摘されたら傷つくよな。
「あ、あんた! お、おぼ、覚えてなさいよ!!」
「体臭をか?」
「やっぱ忘れなさい! 私の体臭なんか忘れなさいよ!!!」
「どっちなんだよ」
なかなかワガママな奴だな。
からかいがいがありそうだ。
「つか事情が事情なんだから臭いとかがアレでもしょうがねーだろ。俺らも別に気にしねーぜ?」
「あんた馬鹿でしょ!? あんたたちが気にしなくても私が気にするの!」
まあそりゃそうだよな。
あんまこの話題をし続けるのも可哀相だからこの辺にしとくか。
「そろそろ焼いてもいいかのう?」
「おうジャンジャン焼け。この餓えた野獣にてめえの料理を存分に味あわせてやれ」
「! また私の事野獣って言ったわね! ちょっとあんたさっきから私にひどくない!?」
「うっせ。こちとらてめえのせいで殺す覚悟とか殺人童貞だとか色々考えなきゃならなかったとこなんだ。少しはからかわせろ」
「ちょ! あんた今私の事からかうとか言ったわね!? やめなさいよ! 私は何も悪くないんだからね!!!」
体臭を気にしているのか俺の半径3メートル以内には入ってこないようにしているが、そのギリギリのラインからシーナはガルガル俺に文句を言っている。
俺はそれを無視して1番最初に焼けた串を掴んで肉に齧りつく。
なかなか野性味溢れる良い味だ。
「ほら、シーナも食わねーと俺らが全部食っちまうぞ?」
「むっ! わかってるわよそのくらい! いただきます!」
シーナは若干焼き加減があまい串を手に取った。
「おいそれまだ生焼けじゃねーのか? いくら野獣でも腹壊すぞ」
俺は嘘偽りない純粋な親切心でシーナにそう忠告した。
「だから野獣じゃないって言ってんでしょうが! わかったわよ! もっと焼けばいいんでしょ!」
そう言ってシーナは串を鉄板の上に戻した。
そしてタイミングを見計らってシーナが置いたその串をすかさず俺は拾い上げた。
「ちょっ?!」
「うーん、肉うめえ」
俺は手に取った串についた肉を豪快に齧った。
3メートル先から物凄い威圧感を感じる。
その方向を見るとシーナはワナワナと肩を震わせて俺を鬼の形相で睨んでいた。だが俺は気にしない。
残念だったなシーナよ。この世界は弱肉強食だ。
目の前の獲物を逃してしまう貴様など野獣の名折れよ。
「……せ」
「んあ?」
シーナは何かを呟いた。
え? なんだって?
「私の肉を返せええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」
「うおあ?!」
俺がシーナに向かって耳を傾けるような動作をしていると、突如シーナが甲高い怒声をあげつつ俺に向かって物凄い勢いで飛び掛ってきた!
って早!
シーナは目にも留まらぬ速さで俺の懐に入り込み、右手をグーにして俺の腹に打ち込もうとしている!
ちょっ! やめろ! 俺はSTR特化で防御はミジンコ級なんだぞ!
そんなグーパンされたら死んじまう!
死因 肉の横取りとかそんなの嫌だ!
俺はそんなことを一瞬のうちに思ったが、次の瞬間シーナが放った渾身の右ストレートは……俺の腹をすり抜けていった。
…………
…………あれ?
「…………」
「…………」
「…………なによ!」
「いや俺の方がなんなんだよ!?」
今確実に腹に当たったと思ったのにすり抜けた。
この現象は俺もよく知る現象だ。
攻撃の意志を持って攻撃すると、その攻撃はすり抜けてしまうという現象。
この俺にでさえ当たらないコイツの命中率は……。
そしてさっきまでちょくちょく見かけたコイツの異常な移動速度は……。
「な、なあシーナ。てめえ才能値、どんな振り方したんだ?」
「AGIに全部振ってやったわよ! 何か文句ある!?」
「い、いや? 文句はねーけどよ」
……なんてこった。
こいつもまた俺やバルと同じように才能値一極型じゃねえか。
「なによ! あんたたちまで私を馬鹿にすんの!?」
「いや、馬鹿にもしねーけどよ」
ここでコイツを馬鹿だと言ったら俺らにまでその言葉が跳ね返っちまう。
「ほほう、AGI全振りか。お主もなかなかの通じゃのう」
だがそこでバルはそんな事を言って感心していた。
全振り以外で何か通じるものでもあったんだろうか。
「じゃからお主も一人では戦えず、外をさまよっておったんじゃな?」
「おぬし……も? て何よ?」
「つまりわしもお主と同じじゃということじゃよ。わしはVIT全振りじゃがの」
「え! それって本当なの!?」
「本当じゃよ。ちなみにリュウもSTR全振りじゃ」
「え?! よりによってSTR!?」
「おい、よりによってとか言うな。ぶっ飛ばすぞ」
今の発言微妙に傷つくぞ。
「でもDEXなしで攻撃なんて当てられるの?」
ちょっとナイーブな俺に向かってシーナはそんな事を聞いてきた。
やっぱそこは気になるか。
「ああ、まあな。今はとりあえずこの弓のおかげでな」
俺は傍らに立てかけて置いていた弓を持ってシーナに見せ付ける。
「『必中の弓』っつってな、これで矢を放てば100パーモンスターに当たるんだよ」
「なによそのチート武器! ちょっと私に渡しなさいよ!!」
「いややらねーよ?! これ取られたら俺生きてられねーよ!」
実際はこの弓がなくてもまだ俺には石袋があるんだけどな。
ブラックゴーレム戦で使い切ったものの、念のためにあれからまたちょくちょく作ってるし。
だがそれでもこの弓の便利さを考えるともう元には戻れない。
しかもこの弓は武器屋の店長に見せたところ相当なレア武器という評価を貰い、これを作った職人は間違いなく後世に名を残すとまでいわれてしまった一品だ。
なんでも、武器にスキルを付加させること事態が超高難易度で、それを2つも付加させるとなると最上級と言っていい技術力と運が必要になるのだとか。
そんなものがどうしてあの時手に入ったのか俺にはよくわからなかったが、使い続けているうちにもはや俺の体の一部のような、愛着めいたものさえ生まれてきた武器だ。だから俺はこの武器を手離さない。
「この弓は絶対渡さない! どうしても奪おうってんなら俺の屍を超えてからにしな!」
「い、いや別にそこまでして欲しいわけじゃないわよ……」
俺のあまりの必死さにシーナが若干引いてしまったようだ。顔を引きつらせてやがる。
いかんいかん。クールにいこうクールに。
俺が気分を落ち着かせている間、シーナは顎を指でなぞりながらぶつぶつと独り言を言っていた。
「そうか……STR全振りなら攻撃力4倍であの惨状を生み出すことも……うーん」
まだあの時の事を考えていたのか。
それってそんなに重要な事か?
「あー、話をするのはいいんじゃがそろそろ串の方にも目を向けてはくれんかのう?」
バルがそう忠告してくるので俺らは鉄板の方に目を向けると、殆どの串がミディアムに焼かれていた。
もう食わないと炭化するな。
「そうだな、今はメシだ。シーナもさっさと食え。腹減ってんだろ?」
「はっ、そうだった!」
シーナはその後、怒涛の勢いで鉄板の上から串を掻っ攫い、その勢いのまま串についた肉を口に入れてガツガツと貪っていた。
うん。やっぱこいつは野獣だな。
俺の中のシーナ評価が野獣で決定しつつあった。