貢がせる
俺から装備を奪い、その後俺に一発KOされ、そして俺から誘拐犯の濡れ衣を着せられ、教会跡地に野次馬に来ていたあの追い剥ぎ軍団七人衆は噴水前で初期装備の男と何かを言い争っていた。
つかこんな時でもあいつらは迷惑かけてんのかよ。
「貴様らはそんな良い装備を身につけているのに戦わないとかどういう神経しているんだ!」
「はあ?! 戦うも戦わないも人の勝手だろうが! 強制すんな!」
「ふざけたことを言うな! 今は街が襲われるという緊急事態なんだぞ!!」
「だからどうしたってんだよ! 俺達には関係ねえ!」
「戦える奴が戦わないでどうするんだ! 関係ないとか言うな!」
「うるせえ! だったらお前はどうなんだよ! そんな装備で俺達と一緒に戦えんのかあ!?」
「いままで街の中にモンスターが出てくるなんて思わなかったんだから私が戦えなくてもしょうがないだろ!」
「なんだこいつ。俺達だけに戦わせようってか。もうしらけたわ」
……どうやら追い剥ぎ軍団が最高の装備をしているのに戦っていない事で言い争いになっているようだな。
まああいつらは自分らさえ良ければそれでいいってスタンスだからな。あんな勝てるかどうか分からないデカブツとは戦わなくて当然か。
つか初期装備の男の言い分もひでえな。
「何を言っているんだ! この街が破壊されたら俺達に居場所はなくなるんだぞ!」
「引きこもってた奴らはそうだろうな。だが俺達は違う! 俺達はこの街から出て次の街に行く!」
「ッ! この街を見捨てるのかキサマァ!!!」
そうか、あいつら次の街に行くのか。
まあそれも一つの選択肢か。
「ああそうさ! 俺達はこの街に未練なんかない! この街が壊れようがなくなろうが知ったことか! 今の今までロクに装備も整えなかったような馬鹿は街に引きこもってた奴らと一緒にのたれ死ね!」
チンピラ共の方も随分とひでえ事言っているが、あのままあのデカブツが暴れまわればこの街が終わるのは事実だろう。
そうなれば今まで戦闘を怖がっていた連中はもうどうすることもできなくなる。
そういう奴らはこの辺りのモンスターとすらまともに戦う事ができず、次の街に非難することもままならないだろう。
結果どうあがいても死ぬしかない。
「う、うあああああああああ!!! ちきしょおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
言い争いをしていた初心者装備の方の男はキレて追い剥ぎ軍団のチンピラに殴りかかった。
だがレベル差なのか装備の差なのか、初期装備の男の拳はチンピラに当たる寸前で軽く受け止められる。
そして男はチンピラに殴り返されて地に倒れこんだ。
「いきなりキレてんじゃねえぞ! こうなったのも全部お前の自己責任じゃねえか!」
「うぅ……チクショウ……チクショウ……」
「てめえらそろそろその辺にしとけよ」
なんていうかもう見ていられなくなった俺は殴られた男とチンピラの前に立ち、声をかけた。
「あ? ……なんだよ、またお前かよ。何? 俺達のファン? サインでもいるか?」
「うっせ。それはこっちの台詞だ。つか俺の台詞パクんな」
「てかこいつを殴ろうがお前には関係ないだろ。また前みたいに邪魔しに来たのか?」
「別に。今のはそっちの男にも否があると思うし殴られたのも自業自得だろ」
殴ろうとするなら殴られる覚悟が必要になる。
さっきこの男が殴られたのはそういうことだ、これに誰が悪いとか文句をつける意味はねえ。
それにこの男の物言いはさも自分は守られて当然と思っていそうで虫唾が走る。
自分では何もしない奴が助けてもらえると思うな。
そんなにこの街に居続たいならてめえも戦えってんだ。
「ふん、そうかよ。じゃあ用がないなら俺達は行くぜ。こんなモンスターが出てくるような街になんていられるか。俺達は次の街に行かせてもらう」
「いいぜ。行きたきゃ好きにするといいさ。でもな、てめえらホントにわかってんのか?」
「あ? わかってるかって何をだよ」
俺はこれ見よがしに一度ため息をして言い放つ。
「わかってないようなら教えてやるよ。……てめえら周りをよく見やがれ」
「周り?」
追い剥ぎ共は俺の言葉を聞いて周りを見回す。
そしてその視界に殺気めいたものが入ったのか、奴らは動揺し始めた。
「な、なんだよお前ら……俺らはただ次の街に行くって言ってるだけだろ!!!」
ここ噴水広場に集まった何百、いや、何千という人々がさっきまでの話を聞いて追い剥ぎ軍団を睨んでいる。
「てめえらバカだろ。あんな事をこんな所で言い争ったら敵を作るだけだろうが」
「て、敵……?」
「おうよ。今やここにいるプレイヤー、いや住人もか、その何千という数の奴らがてめえらの敵だ」
「な……」
「ここは始まりの街。俺らプレイヤーにとっては最後の砦だし、街の住民にとっては故郷だ。そんな街を見捨てるとか声を大にして言ったらこの場にいる全員から顰蹙買うに決まってんだろ」
「う……」
「中にはてめえらが装備をカツアゲした奴らも混じってるだろうな。てめえら、今外に出たら殺されるかもしれねえぜ?」
俺がそう言うと追い剥ぎ共は絶句して周囲を警戒し始める。
「へ、へっ! そんな脅し怖くねえよ! 俺達はこの最高装備のおかげでレベル10になったんだ! どんな奴だろうと襲い掛かってきたら返り討ちにしてやる!」
「馬鹿言うな。数は正義だ。10人20人程度ならともかく数百人で襲われたらここらでちょっとレベルが高い程度のてめえらじゃひとたまりもねえよ」
「グ……ッ!」
そう、数は正義、数は力だ。
どんなに強い奴でも集団で囲まれればボコられるのが世の常だ。
どんな強大な敵だろうと皆が力を合わせれば……
………………………………
…………
……
。
「なあ、てめえら助かりたくないか?」
「……は?」
「助かりたくないかって聞いてんだよ。二度も言わすなボケ」
「あ……ああ」
俺の問いかけに追い剥ぎ共は次々に同意する。
「じゃあ俺の指示に従え。そうすれば助かるだろうよ」
「はあ!? 何でお前なんかに俺達が指示されなきゃ――」
「た す か り た い ん だ ろ?」
「ぅ……わかったよ。従う、指示に従う! それでいいんだろ!?」
「ああ、わかりゃあいいんだよ。……他の手の空いてる奴も皆聞いてくれ!!」
俺はこの広場にいる全員に聞こえるように声を張り上げる。
「これからあのデカイモンスター、通称ブラックゴーレムを倒すためにみんなの力を借りたい!!!」
「あのモンスターを……倒す……?」
「バカかよあいつ。あのでかいのには全然攻撃が通らないって話だったろ?」
「いや、あいつは確か唯一あのゴーレムにダメージを与えていた奴だぞ」
「え!? それマジかよ!」
「それじゃあもしかしたら勝てるのか!?」
俺の声に周囲の連中は次々に反応を示す。
手ごたえアリだな。攻撃が通らないと絶望していた奴らにとってただ一人ダメージを与えられるという俺の言葉は希望だろう。
「とりあえず静かにしてくれ! 話が進まねえ!」
俺が静かにするよう求めるとすぐさま周りから話し声がなくなる。
そうなった事を確認した俺は、腹に力をいれて話し出す。
「これからあのブラックゴーレムを倒すために、手の空いている奴らであるものを作ってほしい!!!」
そうだ。
時間がないなら誰かにやらせればいい。
「まず戦闘力がそこそこあるがブラックゴーレムには立ち向かえないという奴らは街の外で小石を集めてきてほしい! 戦闘力のない奴は街の中で集めてくれ!」
「……小石?」
「そうだ、小石だ! それと雑貨屋に行って小石を包むための袋をありったけ買ってこい!! そして集めた石を袋に詰め終えたら俺に寄越せ!!!」
一人で作るのに時間がかかるなら他の奴らにも作らせればいい。
これだけの人数が集まっているんだ。きっと今までのよりでかいやつが作れる。
ここは人海戦術だ。それをもってあのデカブツを倒す!
俺の言葉に周囲がざわつく。
どいつもこいつも何を言っているのかわからないって顔だ。
そしてそのざわつく集団の中から一人の男が俺に非難の声を浴びせる。
「ふざけんな! こっちは真剣なんだぞ! そんなわけのわからない事に俺達を使うな!!」
「……ふざけてる? ……てめえ今俺に向かってふざけてるとか言ったか?! もう一度言ってみろや!! こっちはこっちで大マジメだゴラア!!!!!」
俺は非難した男に向かって大きな声で怒鳴りつけた。
「いいか!? 俺らが今こうしてくっちゃべってる間にあのデカブツは街を壊し続けてんだよ!! 文句つける暇があったらあのデカブツの足にでもしがみついて少しでも動きを止めてこい!!!」
俺はさらに畳み掛けるようにして話を続ける。
「見てわかるとおり今は時間がねえんだ! だからこの場で懇切丁寧に説明する暇なんかない!!」
俺はひたすら叫び続ける。
「てめえらはただ俺に言われたとおりの事をしろ! それでてめえらを勝たしてやるから!!!」
「っ!」
今の俺の言葉を聴き、周囲の奴らが息を飲んでいるのがわかる。
勝たせてやるという言葉が効いたんだろう。
そして一人の男が俺に問う。
「本当に……本当に信じていいんだな? 本当に俺達を勝たせてくれるんだな!?」
「ああ勿論だ! てめえらは俺を助けろ! そうすりゃ俺が助けてやる! だからてめえら動きやがれ!!!」
少し前に俺はバルに言った。素直に助けを求めりゃてめえが助けてくれる分くらいは周りの奴らも助けてくれる、と。
それを俺は今ここで体現する。俺なりのやり方で。
俺は声を張り上げて言い放つ。
「グダグダ言わずてめえらさっさと俺に貢ぎやがれえええええ!!!!!」
俺の言葉に周囲は静まり返る。
そして、その後にわかに周囲が活気付いた。
「そんな事を堂々とマジで言われちゃ敵わねえな。信じてやるよ」
「どうせこのままじゃ街が壊されるのを見ているしかないからな。やってやるよ!」
「勝てなかったらお前マジ許さないからな! 覚悟しろよ!」
「早速外に行って石を集めるぞ! グダグダ言わずてめえらさっさと俺に続きやがれー!」
「おおー!!!」
何百、何千という集団が今俺のために動き始めた。
一部俺の発言をネタにしている奴がいるみたいだがそんな事知るかってんだ。
俺は俺なりに思いの丈をぶちまけた。それに周りが答えて行動に移った。今はそれでいいだろ。
あとは俺が周囲の期待に応えるかどうかだ。
へっ、楽勝じゃねえか。
「随分な物のいいようじゃったのう、リュウ」
回復を終えてHPを満タンにしたバルが俺のところに戻ってきた。
「なんだよ。聞いてたのか」
「まあの。あれだけ大きな声で喋っていたら耳を塞いでおっても聞こえるわい」
「つってもてめえは兜被ってるから耳塞げねえじゃん」
「ただの例え話じゃ。……それよりお主、勝てる見込みはあるのかのう?」
「勝てるかじゃなくて勝つんだよ。負けたらそれでおしまい。めでたくなしめでたくなしってな」
「ふふっ、お主は本当に向こう見ずな性格じゃのう」
「うっせ。それよりてめえこそなんなんだよその格好は」
回復から戻ってきたバルは初期装備から一転して鋼装備一式を装着していた。
まあ兜だけはそのまんまなんだけどな。
「これか? これは先程まで共にあのゴーレムの足止めをしていた者からの餞別じゃよ」
「は? 餞別?」
「うむ。『私はもう戦えないからあなたにこれを託します』と言われての」
「なんだそりゃ。プレイヤーだったら死なない限りは回復魔法かけてもらえりゃすぐ戦えるようになるだろ?」
「……先程の戦いでパーティーメンバーが亡くなったそうじゃ」
「……ああ、そういうことか」
自分が戦っていた目の前で仲間が死ぬのを見ちまって戦うのが怖くなっちまったんだろうな。
それでもう戦えないから私の代わりに戦ってくださいってか。
まあそういう奴もいるか。命がけで戦う以上しょうがねえわな。
それに元々こんな血なまぐさい戦いをする覚悟なんか俺らにはない。俺らは数々の死地を潜り抜けた歴戦の勇士などではなく、元々は平和な国でのほほんと暮らしていたただの一般人だ。今だって勝てるという希望に縋って、自分が死ぬかもしれないという事実から目を逸らしてやっと戦えている奴らが殆どだろう。
「それに回復薬も融通してもらったから先程までよりかなり長い時間戦闘ができるぞい」
「へー、随分気前がいいんだな」
「うむ、しかし貰うだけでは申し訳なかったのでわしの有り金すべてを置いてきたがの。まあそれでもこの装備の事を考えると全然足りんのじゃが、その分はこれから戦い続けて、この世界から大魔王を倒すことで報いるとするかのう」
「いい心がけじゃねえか。その調子であのデカブツもいっちょ倒しに行くか」
「うむ!」
俺らは噴水広場からでも建物を壊すでかい音が聞こえてくるブラックゴーレムに向かって宣戦布告をした。
ここまではアイツにやられっぱなしだったが、ここから先はそうはいかねえ。
やられたらやり返す。それが俺の流儀だ。
さあ、第2ラウンドの始まりだ。