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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
一章 始まりの街
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始まりの魔王

「な、なんだ!?」


 突然足元が揺らいだかと思ったその瞬間、大きな地響きとともに教会跡地の地面を割り、地下から何か巨大な物体が俺らの前に現れた。


 立っていることもままならない揺れだが、俺らは必死になってその場から離れる。

 そしてやっと地面の揺れが鎮まり、俺は安堵の息を漏らすが、周りにいた連中を見ると皆が俺の後ろを見て唖然としている。

 俺は皆が見ている後ろにあるであろう地下から出てきた物体を見るために振り返った。


「な……なんだこりゃ……」


 俺の後ろに聳えていたものは、大きな黒い石を丁寧に重ねて人の形を作り出したというような、全長10メートル以上はあろうかというほどの巨大な石人形だった。


『我ガ眠リヲ妨ゲル者ニ死ヲ』


 その黒い石人形……ブラックゴーレムは俺らに向かって口もないのにそんな言葉を発した。


「ひいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」


 さっき飛び出てきた右腕のなくなった誘拐犯の男がブラックゴーレムの足元で腰を抜かして悲鳴を上げていた。

 そしてその男をブラックゴーレムは片手で鷲掴みにして……そのまま握りつぶした。


 おい


 しんだぞ


 ここで?


 プレイヤーが?


 街の中なのに?


 どうして……


『我ハ始マリノ魔王。我ガ眠リヲ妨ゲル者ニ死ヲ』


 ブラックゴーレムの指の間から男の血がドバドバと流れ落ち、真下の地面を赤く染めていく。

 そして搾りかすになった男の死体を近くにいた俺に向かって投げてきた。


 つかコイツ、今なんて言った?


「危ない!」 


 間一髪のところでバルが俺の前に立ち、俺に向かってきた死体を受け止めた。

 その死体を間近で見て、俺は事態の深刻さを理解する。


「本当に死んでやがる……」


 そう、この男のプレイヤーは死んだ。殺されたんだ。

 この街の中で。プレイヤーの命だけは保障されているはずのこの街の中で。


「に、逃げろおおおおおおおおおおおお!」


「総員! 陣形をとれ!! 戦闘開始!!!」


「なんだよあれ……一体なんなんだよ!」


 教会跡地に来ていた者の殆どがパニックに陥った。

 俺だって今冷静になって動くことができない。

 一部の騎士団風の男達がブラックゴーレムに対して攻撃を仕掛けているのを呆然と見ているだけだ。


「なにを呆けておるのじゃ! しゃんとせい!!」


 一瞬意識が飛んでいた俺にバルが近づき、俺の頬に平手打ちをかましてきた。

 つっても攻撃判定と受け止められたのかバルの手はすり抜けたんだけどな。


「……スマン。もう大丈夫だ」


 とりあえず俺らはその場から少し離れる。

 何が起きたのかを整理しないといけない。


 まずわかっていることは、この街の中にモンスターが出現したということだ。

 見た感じ、この世界では始めて見るがゴーレムとかそんなのだろう。そして大きさは馬鹿でかい。

 騎士団風の連中やたまたま居合わせていたプレイヤーのパーティーなんかが今ブラックゴーレムと戦っている。

 その様子を見る限り、あいつは相当強い。あのゴーレムは騎士団連中やプレイヤー集団の攻撃に傷一つさえついていないうえに、次々にそいつらを蹴り飛ばしている。流石にこれは異常すぎる。全く相手になっていない。

 もしかしたらこのゲームがそこそこ攻略されてから戦うべき相手なのかもしれない。

 

 だとしたらまだゲーム序盤もいいとこな俺らプレイヤーじゃコイツに勝てないって事になるのか?


 そしてもう一つわかっていることが、今このモンスター相手には街のセーフティーが効かないってことだ。

 俺の視界の左上に存在するHPゲージの色はHPが減らないことを示す青色だ。

 しかしパーティーとして表示されているバルのHPゲージは青色にもかかわらず僅かに欠けている。

 多分これはさっきゴーレムが死体を武器として投げ、それをバルは受け止めたから削られたんだ。


 だから結論としては、この街の中でもあのゴーレムは俺らプレイヤーにダメージを与えられるってことだ。

 つまり、あいつと戦うなら死ぬ気で戦わないといけない。


 ……俺はどうすればいいんだ?

 俺はあんなのと戦う必要があるのか?


「バル。てめえはどうする? あのデカブツ、相当強いぞ」


「どうするもこうするも決まっておるじゃろうが」


「……だよな。いいぜ、俺があいつを倒すまで足止めは頼んだぞ」


「うむ!」


 俺らは戦っている連中を蹂躙し、街を破壊しているブラックゴーレムに向かって走り出した。


 そうだよな。

 俺らは戦う必要がある。


 あのデカブツはさっき俺に向かって我は始まりの魔王とか言っていた。

 魔王……つまりあいつは俺らがゲームクリアするために突破しなければいけない障害だ。

 こんな早くにその魔王に出くわすとは思わなかったが、ここであったが百年目、正々堂々ぶっ飛ばす。


 なぜ俺は戦うのか。それはこの世界から脱出するため。

 そしてこの街を守るため、俺らが安らげる場所を守るためにだ!






 俺らは今ブラックゴーレムと対峙している。

 ゴーレムの足元では十数人のプレイヤーが険しい顔つきでゴーレムの攻撃に耐えつつ反撃の機会を窺っていた。

 そしてゴーレムが進んで来た後に残っていたものは騎士団風の連中と数人のプレイヤーの死体だった。


 その光景を見ると、はたして俺らがこの戦闘に加わったところで勝ち目はあるのかと気力が萎えそうになる。

 なので俺はその死体の数々からできるだけ目を逸らし、目の前で進行を止めないゴーレムに視線を向ける。


「うおおおおおおおおおおおお!」


 俺は走ってブラックゴーレムに近づき、射程距離に入ったところで右手に持った石袋を思いっきり投げつけた。


「的がでかいから当てやすいんだよお!」


 俺の投げた石袋はブラックゴーレムの右肩に飛んでいく。

 ……しかし命中したかと思えたその石袋はゴーレムに当たったというタイミングで消えてなくなったように見えた。


「なっ!」


 どういうことだ。

 今のは明らかにおかしい。

 まるで最初の日、俺がブタに放った攻撃がことごとくすり抜けていった時のような……。


「まさか……」


 俺は続けて2発、3発と石袋をゴーレムに投げつける。

 しかしその攻撃は一度目の時の再現にしかならず、ゴーレムにダメージが通らない。


 そして7発目になってようやく俺の攻撃はゴーレムの脇腹にヒットし、ゴーレムの表面に僅かにひびが入った。


 それを見た前線で戦っているプレイヤーは一同『おお!』と喜びの声を上げる。

 ようやくまともなダメージらしいダメージが通ったのだから喜ぶのも当然だろう。


 ……だが俺は焦っていた。

 俺の額から一筋の汗が流れるのを感じる。


 今投げた石袋は石200個入りの石袋だ。

 5発目を投げた時点で石100入り石袋のストックがゼロになった。

 そして200入り石袋のストックは残り12個。

 念のための500入り石袋も5個しかない。


 つまり俺の攻撃チャンスもあと17回分しかないということになる。

 これが全弾ヒットすればそれなりのダメージが与えられるだろうが、100個入りが5発外れたところから見て、これから投げるのが全部当たるとは到底思えない。

 こんなことになるならもっと作っておけばよかった。 


 俺は更に200個入り石袋を投げつける。

 しかし俺の予想通り、2発、3発、4発と投げてやっと1発がゴーレムの腹部に当たった。


「くそっ!」


 確かにダメージが通る。通るがそれは本当に微々たる物だ。

 火力全力特化の俺と同じレベル帯に属する始まりの街のプレイヤーの攻撃ではかすり傷一つついていない。

 だから俺が何とかしてこのゴーレムを倒さないといけないのに、その手段は今もなお残弾を減らし続ける。


 そして俺の手元から石200入り石袋が尽きた。

 14発分で当てられた弾は攻撃を集中させた脇腹に2発と腹筋に1発の計3発。

 つまり200入りの石袋であのゴーレムに当たる確率は大体4分の1以下という事になる。

 かなり心もとない確率だった。


 あんなにでかくて動きもそこまで早くはないのに攻撃が当たりにくい。

 ……もしかしてレベル差とか強さの格の違いとか、そういったものでも命中率が変わるのか?


 だとしたらもう少しレベル上げを頑張っておくべきだったか。

 いや、そんな事を考えるのは今更か。


 そしてそんな3回分の攻撃でゴーレムの腹部は見た目僅かにえぐれている。

 だが未だゴーレムの進行は止まらない。

 俺らは徐々に後退する。


「リュウ! 早く攻撃を!」


「わかってんよそんなこと!!」


 どうやらマジで俺しか攻撃が通ってないらしい。

 俺以外のプレイヤーは既に攻撃することを諦めて守りに入っている。


 俺は手元に残った石500個入り石袋をアイテムボックスから取り出す。

 ……もはやドッジボールでもするんじゃないかというこの大玉石袋を使わないといけねえ事態になるなんて思ってもみなかった。

 俺はその大玉を両手で持ち、サッカーのスローインのような形でぶん投げる。


「くらえやオラア!」


 俺のそんな攻撃はブラックゴーレムの腹に直撃した。

 しかしゴーレムの足は止まらない。


「もう一丁オォ!!」


 俺は続けて2発、3発、4発と大玉を投げつける。

 しかし攻撃は当たらない。


「くそっ! 当たってくれよ!!!」


 500個入りでもこんなに当たらないものなのか。

 これで俺の手持ちはラスト1個。

 俺はこれまで以上の力を込めてゴーレムの腹に向かって最後の大玉を投げた。


 そしてその最後の攻撃はやっとゴーレムの腹に命中し、ゴーレムの動きが止まる。


「どうだ!?」


 ゴーレムの足元で必死に動きを阻害していた中の誰かがそんな言葉を発する。

 これでまだ動けるようならもうお手上げだ。俺にはどうすることもできない。


 すでにここまででかなりの被害者が出ている。俺が石袋を投げていた間もずっとだ。

 ゴーレムの足元にいるやつらも戦いの途中で援軍が来てたりしていたはずなのに、もはやその人数は10人にも満たない。

 その中にはバルもいる。


 バルはここまでの戦いの間ずっとゴーレムの足にしがみついて移動を妨げていた。

 ふと左上のHPゲージを見ると、既にバルのHPは2割を切っていた。

 これ以上はバルももたない。


 俺らはブラックゴーレムがこれで倒れるのを願うようにその場に佇む。

 しかしそんな俺らの願いは叶わなかった。


「! 来るぞ!」


「おいおい……マジかよ……」


 ブラックゴーレムは再び行動を開始した。


 腹部に蓄積しているダメージなど意にも返さずといった様子で、足元にいるプレイヤーを右腕でなぎ払う。


 数人がその攻撃で宙に浮き、建物に突き刺さる。

 そして更にゴーレムはもう一度腕を振り回して犠牲者を増やす。


 その光景に俺らは全員青ざめた。


「退け! 退けええええ! 全員そこから撤退しろおおおお!」


 俺の叫び声に足元にいるプレイヤーは正気に戻り、そして次々と足元から離れる。


「バルも退け! 死ぬぞ!!!」


「くっ!」


 最後に残っていたバルも俺の言葉にしぶしぶといった様子で従い、俺のところまで戻ってくる。


「リュウ……もしかしてお主、弾切れかのう……?」


「……一度噴水広場まで戻るぞ」


 俺はバルの問いに何も答えず、バルの手を掴んで噴水広場まで戻るために走り出す。

 後ろではストッパーのいなくなったゴーレムが暴れて街を壊していくのが見えた。

 それを俺らは黙って見ているしかなかった。






 噴水広場に行くとそこには戦えそうな住人と多くのプレイヤーが集まっていた。

 そしてなにやら修道着のような服を着たプレイヤーが担架で運ばれてきた怪我人に回復魔法をかけている。

 どうやら怪我人が出た時ここに運ばれて治していたようだ。


「バル、てめえもあそこにいってHP回復してもらえ」


「う、うむ。わかった」


 バルはヒーラーの元へ駆け寄った。

 あいつはさっきまでの戦闘中ずっとゴーレムの移動を阻害し続けた。

 今後もあのデカブツとやりあうならかなりの戦力になるだろう。

 だからあいつには回復してもらわないと困る。


 だが今の俺はどうなんだ?

 もはや石袋は尽きた。

 しかし俺の有効な攻撃手段はそれしかない。

 今から作るにしても相当時間がかかる。

 つまり今の俺は完全な役立たずというわけだ。


「くそっくそっくそ! どうしてこんな時に何もできねえんだよ!」


 自身の無能さが腹立たしい。

 このままだと俺はバルが戦っているのを指を咥えて眺めていることしかできない。


 何か、何か方法はないのか?

 この状況を打開する方法が。


「……ん?」


 ふとプレイヤー達を眺めていると、何か言い争っている集団がいるのを見つけた。

 その騒ぎに周りの目も注目している。


 そんな騒ぎの中心にいたのは……なぜか俺にやたらと因縁のある、あの追い剥ぎ軍団だった。

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