表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
一章 始まりの街
16/140

悪夢

「なっ!?」


 1秒の空白ができたその時、誘拐犯の拘束する手と腕が緩んだのを見逃さず、レイナは自身を掴む男の手から逃れて俺の方に走ってきた。

 今この瞬間、バルに見蕩れなかったレイナだけはその1秒を動くことができた。


「勝手に逃げんじゃねえ!!」


 拘束していた半裸の男とは別の男が剣を振りかぶってレイナの背中に斬りかかる。


「させるか!!!」


 俺はレイナの腕を掴んで抱き寄せ、そしてそのまま襲い掛かってくる男に背を向けた。

 その結果、俺は背中を深く斬られた。


「ぐあッ……クッ!」


 意識が若干ぶれた。


「リュウさん!?」


 レイナが悲鳴を上げる。


 背中が燃えるように熱い。

 それに涙が出るほどに痛い。

 斬りつけられた衝撃で地面に倒れそうになる。


 だがそれを俺は気力でこらえる。


「は……あ……はあ……大丈夫だ!」


 そうだ。

 ここでは俺らプレイヤーのHPは保護されている。

 この痛みもただの幻覚だ。しばらくすれば治る。


 俺は歯を食いしばって後ろを振り向く。

 そこには今にも俺に再び斬りかからんとする男の姿。


 そして俺と誘拐犯の間に割り込んでくる白い髪。


 男の斬撃はバルの素手によってくいとめられた。


「リュウ! 今じゃ!!」


 俺はバルの言葉にハッとして、俺自身が今やるべきことを遂行するべくアイテムボックスから石袋を取り出す。

 そして至近距離に迫った誘拐犯の顔めがけて思いっきり投げつけた。


「ぐはぁ!!!」


 顔に石袋をくらった男は、顔に石袋をめり込ませて部屋の壁まで吹っ飛んでいった。

 そしてすかさず2発目を手に持って半裸の男を睨みつける。


「ひ、ひいいいええええええあああああ!」


 男は悲鳴を上げて外へと通じる扉の方へ走っていく。

 ……逃がしてたまるかよ!!!


 俺は逃げていく奴の背中目掛けて5球目の投球を行った。

 そしてそれは半裸の男の首元に当たり、何も言わずにその場に倒れた。多分今の攻撃で男の意識を一瞬にして刈り取ったのだろう。


「はあ……はあ……何とかやったみたいだな」


「……そのようですね」


「バルちゃん! 手は大丈夫?!」


「は、はい……」


 レイナはバルの剣を握った手を心配し、そして何事もなかったことを確認すると、レイナはバルに抱きついた。


「ひっぐ……ぐす……怖かった……本当に怖かったよう~!」


「うん……巻き込んじゃって……本当に……ごめんなさい」


 バルはぐずついているレイナの頭を撫でながら謝罪の言葉を口にした。

 しかしその言葉を聞いたレイナは突如バルの肩をつかんで、そして思いっきりバルの頬をひっぱたいた。


 ……どことなくレイナの方が痛そうにしている。


「ばか……ばかっ! 私がケーキ屋に行こうって誘ったんだし私は巻き込まれたなんて全然思ってないんだからね!」


「レイナさん……」


「さんなんていらない! 私の名前はレ・イ・ナ!」


「れ……レイナ……」


「うんっ! よろしい!」


 涙を堪えて目が赤くなっているものの、レイナはバルに柔らかく微笑みかけていた。

 どうやらこの二人は大丈夫そうだな。


 俺は二人のやり取りを見てホッとため息をつく。


「あ、そういやさっき兜外してたのに兜つけてた時と同じ口調だったな」


「え? ……あ」


 俺の言葉でやっとさっきの自分の態度を思い出したのか、バルは途端に顔を赤くして俯いた。


「あー、まあいいんじゃねーの? 兜無しでも理想の自分になれたんだからよ」


 まあその理想の自分ってのがあの口調なのはどうかと思うけどな。

 だがそれを口に出して言ったら俺に跳ね返ってきそうだから黙ってるか。


「それとレイナ。さっきは無茶しすぎだ。危うくてめえ死にかけたぞ」


「ごめんなさい……えっと、背中のほう、大丈夫?」


「ああ、もうなんともねーよ」


「よかったあ」


 ホントはまだズキズキ痛むが、とりあえずこれで一件落着か。


 あ、いやまだ他の拉致被害者を助け出さないとか。

 この先のどっかに捕らわれてんのかね。


 その前にこの誘拐犯共を縛り上げることが先か。

 今は気絶してるが起きだしたら面倒だ。

 さっさとここにいる7人を……。


「……おい、一人いないぞ」


「え……?」


 今この部屋にいる誘拐犯は6人しかいない。

 あと一人……そういえば確か一人だけ気絶していなかった奴がいた。

 そいつはこの部屋に張った直後の俺の石袋でぶっ飛んだ奴の巻き添えをくらって足をかかえていたはず。


 ……俺らが戦っている間にこっそり逃げてやがったのか!


「クソッあいつどこ行きやがった!」


 さっきまで俺らは外へと続く扉付近で戦っていた。

 だから逃げた奴は外には逃げていない。


「……だとするとここよりも更に奥の方か」


 俺が部屋の奥に目を向けると、そこには僅かに開かれた扉があった。

 あそこから逃げやがったのか。


 マズイな。

 今逃げたあいつは相当追い込まれてる。

 奥にいるだろう拉致被害者に何をするかわからない。

 ここは人命優先で早急に動くべきか。


 だがこいつらを連れて行くのは……。


「バル、ひとまずてめえはレイナと一緒に外に出て誰か呼んで来い。この先へは俺一人で行く」


「え……で、でも……」


「でももくそもねえよ。てめえレイナ連れて奥に進む気か?」


「あ……」


「役割分担だ。さっさといけ」


「……気をつけて……」


「ぜったい……絶対宿に帰ってきてくださいねっ!」


「おう」


 俺は外へ向かって部屋を出て行く二人を見送り、奥の通路を目指した。

 奥の通路はさっきまでいたところよりも更にかび臭く、そして更に暗かった。


「…………」


 俺は音を殺して薄暗い通路を歩く。

 手にはいつでも投げられるよう石袋も出している。

 ストックだってまだ少しはある。


 この通路の奥でいつ襲われても反撃できる用意がある。

 この狭い空間では攻撃を避けようがない分俺の方が有利だ。

 不意打ちさえ気をつければ負けたりしねえ。


 俺がそう現状を分析しながら進んでいくと、通路の奥に二つの扉があるのを見つけた。


 ……この場合どうするべきか。

 俺は今一人だ。二手に分かれて捜索することはできねえ。

 ひとまず扉の先にあるであろう部屋の様子を探るべく、俺は片方の扉に耳を当てて音を拾おうとする。

 すると扉の奥から複数の女がすすり泣いているような音が聞こえてきた。

 どうやら捕まったやつらはこの奥か。


 俺はドアノブに手をかける。しかしドアノブを回そうとしても回らない。

 どうも鍵がかかっているようだ。

 まあ当然といえば当然か。


 だがここで鍵を探す時間も惜しい。


「ッフ!」


 俺は手に力を込めて力ずくで扉を開いた。

 こんな扉、俺のSTRがあればイチコロだった。


 俺がそうして部屋に入ると、扉の先にいたのは予想していた通り4人の少女がいた。

 ……そしてその少女らの現状も俺の予想通りだった。


 胸糞ワリい。

 まあ命があっただけでも幸運か。


「……助けに来た。全員これを着て外に出るぞ」


「……ぇ?」


 俺は少女らの手足を拘束していた鎖を引きちぎり、アイテムボックスから体を拭く為の布と着替え用に持っていた俺の服を取り出して少女らに渡した。


「ぐずぐずするな。早くしないと誘拐犯がここに戻ってくるかもしれねーぞ」


「!」


 少女らは俺の言葉に肩を震わせ、すばやく服を着終わらせた。


「よし、行くぞ」


 俺を先頭にして俺ら5人は外へと続く通路を駆け足で進む。

 途中で例の誘拐犯共がいる大部屋にも入ったが、とりあえずまだ6人とも気絶しているようなので今はスルーした。


 そして外の光が通路の奥から見えだし、遂に俺らは教会地下から脱出することに成功した。


「あ……わたしたち……たすかったの……?」


「ああ、そうだぞ。てめえらは助かったんだよ」


「ぅ……ヒッグ……よかった……たすかったんだ……」


「ひかりがまぶしい……いまは……あさなのね……」


「お姉ちゃん。これで帰れるね」


「うん、そうだね」


 少女らはそれぞれ自分らが助かったことを喜んでいる。

 そしてそんな俺らに声をかけてくる奴がいた。


 ……バルだ。


「おーい! リュウー! 無事じゃったかー!」


 いつも通り兜をつけたバルの後ろには騎士団風の甲冑を着込んだ奴らやこの辺で働いている大人たち、プレイヤーらしきパーティー等、50人以上はいるんじゃないかという大所帯が付き添っていた。

 何気に追い剥ぎ軍団の奴らもいるし。てめえらも一緒に捕まっちまえ。


 だがまあしかし……確かに人呼べっつたがちょっと多くねえか?

 今俺の後ろには今回の被害者である少女らがいる。世間体的に考えてみるとあんまり晒し者にすんのはしのびねえな。

 とりあえず俺はアイテムボックスから適当な布を取り出して少女らに渡し、顔を隠してあまり人の目に晒されないようなところに行けと指示をした。


「どうやら昨日の時点でこの辺りが怪しいと他の者も睨んでおったらしくての、巡回中だった者達を連れてきたのじゃ! ちょっと余計な者も混じっておるが多いことに越したことはないじゃろ!」


「おーバルー。ちゃんと俺の言いつけ通り人を呼んでこれたなー。えらいぞー」


 俺は若干棒読みでバルを褒める。


「な、なんじゃその気の抜けた感謝の言葉は。もうちょっと心を込めた態度で感謝を示さんか!」


「ちっめんどくせーな。わあったよ、ちょっとこっち来い」


 俺はバルを手招きすると、近づいてきたバルの背中を兜で触れない頭の代わりに豪快に撫でさすった。


「よーしよしよしよしよしよしよーしよしよしよしよしよし」


「な、なんじゃ!? やめい! わしを動物か何かのように扱うでない!」


「んだよ。俺なりの愛情表現のつもりだったのによ」


「あ、愛情表現か……うむ。これがお主なりの愛情表現というなら、まあたまにならまたさせてやらんこともないぞ。うん、たまになら」


「いや、もうやらねーよ」


「そ、そうか……」


 俺の言葉にバルは若干がっかりしたそぶりを見せる。

 なんだ? 案外さっきのが気に入ったのか?


「あーお話中大変申し訳ないのだが、そこにいる彼女らが最近行方不明になっていた少女達で合っているだろうか?」


 俺とバルがそんな話をしていた時、騎士団風の白い甲冑を身に纏った男が俺に近づいてきて、顔を隠している少女らに気付くとそんなことを聞いてきた。


「ああそうだ。この階段を下りた先の一つの部屋に監禁されているのをここまで連れてきた」


「そ、そうか! では犯人達の方は?」


「階段下りて少し進んだところの部屋で気絶してるよ。ああ、だが一人だけ奥に逃げた奴がいるな」


「わかった。では後の事は我々に任せてもらおうか」


「言われずともそうするさ。なんっつーかもう疲れちまったからな」


「一応後で調書をとるので連絡先をおしえてくれ」


「はいはい」


 俺は騎士団風の男に俺が普段寝泊りしている宿屋の住所を教えた。


 つーかコイツ誰。

 この街の警察的な奴か?

 まあ俺の代わりに犯人を捕まえてくれるんならどうでもいいけどよ。


 ちなみにコイツがこの世界の住人だって事は人目でわかった。

 だって髪の毛緑だし、目の色もそれに合わせてか緑色をしていた。

 俺達の世界ではどう考えてもそんな地毛の奴はいない。

 他の騎士団風の連中の色もアバンギャルドだ。


 それに比べて俺らプレイヤーは基本的に日本人だから全員黒目黒髪だ。

 まあ中にはバルみたいな例外もいるけどな。


 騎士団風の男は俺に一礼し、同僚らしき同じ甲冑を着た奴ら20人ほどが地下への階段を下りていった。

 これで後はなんとかなるだろ。


 正直俺が直接犯人に手を下せなかったのは残念だが、ここまできたら俺が勝手に犯人を裁くのもマズイだろう。

 この世界の法律がどうなっているのかしらねーけど、まあこんな大事になったんだ。それなりの裁きが下るだろうよ。


「さて、そんじゃ帰るか」


「うむ、レイナも宿でご飯を作って待っていると言っておったぞ」


「あーそういや朝メシ食ってなかったな。そんじゃあ急いで帰るか」


 俺らは宿へと帰ろうとする。


 もうここで俺ができることは何もない。

 ここは素直にあの騎士団風の奴らに手柄をやるまでさ。


 しかし俺らが数歩歩くと、背後からやけに騒がしい音が聞こえてきた。


 ……その音は階段を下りたその先から聞こえてきたようだ。


「……?」


 その騒がしい音は喧騒からやがて悲鳴へと変わり、誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。


 階段から出てきたのは10名前後のさっき地下に降りていった騎士団、その中には血を流した明らかに重症な男もいて、仲間から支えられてなんとか走っていた。


 そんな這う這うの体といった具合の騎士団連中の後ろから、俺が取り逃がした7人目の誘拐犯が慌てた様子で飛び出てきた。


「…………は?」


……よく見るとそいつは血だらけで、右腕がなくなっていて血がそこから大量に漏れ出ていた。





 ……そしてその直後地面が割れ…………悪夢がこの街に現れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ