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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
一章 始まりの街
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教会跡地

 俺は街の中を走り回っていた。

 仮想の世界だというのに俺の心臓の鼓動はバクバクと今にもはち切れそうな勢いで動き、足を上げることも既に辛く、そして苦しくなっていた。


 それでも俺は走る。走る。走る。

 疲れたからなんだ。辛いからなんだ。

 そんなこと、今は心底どうでもいい。


 バルがいなくなった。

 あいつは俺に何も言わずに、俺が寝ている間にそっと宿を出て行ったんだ。

 行き先なんてわからない。あいつにどこか行くあてがあるなんてことは俺は知らない。


 ただ言える事は、あいつは今一人でこの街をうろついていて、そしてこの街には連続誘拐犯が潜んでいるという事だけだ。


 ただその事実が俺を走り回らせる。


 どこだ。どこだ。どこにいる。


 あいつは普段兜をしているため顔を見ることはできないが、体型からしておそらく少女であろうという予測は見た目から十分に立てられてしまう。そして誘拐犯はそんな少女ばかりを襲って連れ去っている。

 だからあいつを今一人で出歩かせるわけにはいかないって思っていたのに!


 宿でバルの姿がないことに気付き、ガントやナターシャさんにバルを見なかったかと聞いたものの、今日はまだ会ってないと言われたので手がかりはゼロだ。

 レイナにも聞こうとしたが、どこにいるかわからなかったから聞くのは後回しにしてそのまま俺は宿から飛び出した。

 そして俺は今もなお走り続けている。


 そんなバルの捜索が30分ほど経過した時、俺は見落としていた事実にやっと気づいた。


 誘拐犯は噴水近くで犯行を重ねていた。

 つまりもし誘拐されるならその辺りか。


 今の俺はそんな簡単な事にも気づくのが遅れるくらいに焦っていたのだろう。そして、噴水という単語によって更にもう1つの事実を思い出した。


 ……バルは昨日、その噴水近くのベンチで一度兜を外していた。いや、正確には二度か。


 もしその時誘拐犯がバルを見ていたら?

 ケーキを美味しそうにほおばる白い髪の少女を見ていたとしたら?


 いやな予感で押し潰されそうになるのを必死に耐え、俺は闇雲に走っていた足に喝を入れ直し、噴水広場を目標地点に定めて力の限り走り続ける。


 10分後、俺は噴水前にやって来た。

 周りを見渡すと、今から出勤するという風な男たち、開店直後から行列ができているケーキショップ、大人に引率されて学校にいく途中の子供達などが見えた。



 そして、そんな人達の中で俺は発見した。


 七人の男達。


 最高装備の防具。



 そして……銀色のフルフェイスヘルム。



「てめえらバルをどこにやりやがったあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


「!」


 奴らは俺の良く見慣れた一つのフルフェイスヘルムを持って何かを話していた。だが俺の叫びによってあいつらは全員ギョッとした様子で此方を見てきた。


 俺はあいつらに見覚えがある。あいつらもきっと俺の事はよく覚えているだろう。

 なぜなら俺はあいつらの1人を一度ぶっ飛ばしたことがあるんだからなあ。


 自分達だけよければそれでいいって連中だと俺は理解していたが、まさかこんなことまでしているだなんて想像したくなかったし見たくもなかった。


 だがこれでもう吹っ切れた。


 奴らは敵だ。生かしちゃおけねえ。


 この世に生まれたことを後悔するほどにぶっ飛ばしてやるよ。この追い剥ぎ軍団共!!!!!


「うるあああああああああああああ!!!!!」


 俺は奴らに走って近づき、いきなりの事に硬直している奴らの一人に殴りかかった。

 だが俺の行動は攻撃と判定されて、男の頬をすり抜けた。それによって俺の拳は虚しく空振った。


 クソッ! こんな時俺の命中率のなさが恨めしい!!!


「な、なんだよお前! 俺ら今日はまだ何もしてねえよ!!!」


「嘘こいてんじゃねえよ!!! その兜、どう見てもバルのもんじゃねえか!!!!!」


 そうだ。

 市販でそのフルフェイスヘルムは大量に出回っているが、俺はここ最近あいつとずっと行動を共にしていたから、兜の傷の付き方でそれがあいつのもんなのかどうかも判っちまう。

 遠くからでは確証が持てなかったが、駆け寄った今ならわかる。


 あれはバルのものだ。


「こ、これはただ単にそこに転がってたのを拾っただけだ!」


「てめえまだそんな見え透いた嘘吐きやがんのか!」


「う、嘘じゃねえよ! 本当の事だ!」


 俺の剣幕に奴らはひるみ、その場で弁解し続けた。


「いいぜ……てめえらの口がまだそう言うんだったら……てめえらの体に聞いてやるよ!!!」


 俺はアイテムボックスから石袋を取り出した。

 俺が石袋を手に持つと奴らは途端に青ざめる。


「ヒッ!? ほ、本当だ! 本当の事なんだ!! 俺たちはたまたまここをブラブラしてたんだがいきなり女の悲鳴が聞こえて……それで様子を見に行ったらこれが落ちてたんだよ!」


「この期に及んでまだそんなことを……ここではHPが保護されてることに感謝するんだな!!!!!」


「ひぃぃいいいいいいい!!!!!」


 俺は石袋を投げるべく投球フォームを作る。

 こいつらに手加減なんていらねえ。全力でぶちかます!!!!!


 そして俺は全力で振りかぶった。


 だが目の前の街角から飛び出してきた人物を認識すると、俺は石袋を投げることもせずそのまま固まり、ただただ目の前の人物が本物かと凝視していた。


 しかしその少女を見間違うことなんてない。

 あんな目立つ白い髪、そうそういるわけねえだろが。


「バル! 無事だったか!!」


 俺はバルの顔を見て安堵する。

 見たところどこかに怪我とかもしてないみたいだ。

 俺の肩から力が抜けていくのを感じる。


 良かった……本当に良かった。


 俺は駆け寄ってくるバルに向かって走り、そして強く抱きしめた。


「!?!?!?」


 バルは俺のとった行動がよほど予想外だったのか、俺になすがままにされている。

 だがしばらくすると再起動したのか、俺の腕の中でジタバタともがき始めた。


「……! ……! ……っ!」


「っとと、スマン。ちょっと俺も取り乱してた」


 俺はバルを放し、抱きついた事を素直に謝った。

 だがバルはそんな俺の言葉を無視するようにオロオロしている。


 ……なんか様子がおかしいな。


 バルはしきりに何かを俺に話そうとしているが、どう言えば良いのかわからないといった風で頭を掻き毟り、さっきまでの俺以上に取り乱している。

 そしてバルはチンピラ共が持っていた兜に目がいくとすぐさまそれをひったくり、自分の頭に被せた。


「リュウ! どうしよう、レイナが攫われた!!!」


 バルは俺に向かってそんなことを叫んだ。


「レイナって……おい! それどういうことだよ!!!」


 バルの言葉を聞いて俺もバルに叫び返した。


「すまぬ……朝わしとレイナはお主と行ったケーキ屋に向かったのじゃが、その時に偶然先日聞いた姿をした集団を目撃して……わしはその者共を捕まえるべく追いかけて入り組んだ路地に入ったのじゃが、レイナがわしを追いかけてきてしまって……うぅ……」


 バルは俺に事情を語り始めると途中からだんだんと涙声になっていった。


「ぜんぶ……わしがわるいんじゃ……朝にレイナとケーキ屋のはなしをしたのも……犯行時間でない朝だからとゆだんしたのも……わしがなにもかんがえず……はんにんをおぃかけたのも……ぜんぶ……ぜんぶ!!!!!」


 バルは震える声を出しながら俺の服を掴んでいる。よく見ると、声だけでなくその掴んだ手も、体さえも震えていた。

 俺はそんなバルの背中をさすって落ち着かせようとする。


「話はなんとなくわかった。それで、レイナはどこで連れ去られたんだ?」


 バルは震える手で一つの方角を指差した。

 そこには確か……教会跡地があったはずだ。


 俺とバルは急いでそこに走っていく。

 追い剥ぎ軍団はそんな俺らを見ながら、ただその場に立ち尽くしていた。


 ……バルが反応しないあたり、誘拐犯はあいつらじゃなかったのか。

 紛らわしくてどこまでも迷惑な奴らだ。

 いや勘違いした俺が悪いんだけどさ。


「そういえばなんで兜外してたんだ?」


「……あやつらの狙いは年の若い少女じゃ。わしがあやつらの好みに沿うものかわからんが……あの辺りを素顔を晒して探しておればまたあやつらが出てくるかもしれんと思ったのじゃ……」


「……バカヤロウ。一人でそんな無茶しやがって」


 下手したら二次被害が起きるところだった。

 コイツの場合は防御が滅茶苦茶高い分暴漢に襲われても自分の身は守れるのかもしれないが、それでもやっぱり無謀だ。


 相手は7人で全員男、しかも顔を隠す用の兜以外この街での最高装備を全身に着込んでいる。

 万が一の事が起きたとしても不思議じゃない。


「わしのせいじゃ……全部わしが悪いんじゃ……だから……わしが1人でなんとかしないといけないと……思ったんじゃ……」


 俺は涙声のバルの言い分にため息をついた。


「……いいか? これだけは覚えておけ」


 隣で一緒に走るバルに俺は言い聞かせる。


「どうしてもやらなきゃいけねえことがあった時、そいつはてめえ一人でできる事かをまず真っ先に考えろ。そしてどうしてもできそうにないと思ったら、素直に周りの奴らに助けを求めろ。てめえ一人で背負い込むな。素直に求めりゃてめえが助けてくれる分くらいは周りの奴らも助けてくれるもんさ」


「しかし……わしはいつも助けてもらうばかりで……助けてくれた恩を全然返せん……」


「それはてめえが勝手に自分じゃ役に立たないと思い込んでるだけだろうが。少なくとも俺はてめえが役立たずだなんて思っちゃいねえよ。……だから素直に助けを求めろ」


 俺はそうしてバルを見る。

 そんな俺に、バルは震える声で呟いた。


「……わしを……助けてくれ」


「おう!!!!!」


 バルの助けを求める声に俺は力強く応えてやった。


「これからは一人で突っ走るんじゃねえぞ」


「うむっ…………うむ!!!」


 俺はバルに向かってニヒルな笑みを意識しながら浮かべ、バルもそれに応えるように強く頷く。


 さて、とりあえず今はこんなもんだろ。

 本格的に説教すんのはレイナを助けてからだ。


 俺がバルの話がそこで終了したのとほぼ同じタイミングで俺らは教会跡地に到着した。

 辺りは元々教会だった黒焦げの木材が散らばっており、もはや建物があったという面影がかすかに残る程度の惨状だった。


 だがレイナはこの近くで攫われた。

 多分誘拐犯側にとっては今回の件は予定外の出来事だっただろう。

 だからもしかすると誘拐犯はこの近くにいるかもしれない。


 俺がそんな予想をたてて教会のあったところに目を向けると、炭ですすけた床の上にポツンと女の靴が片方だけ落ちていた。


 ……これは、俺の見間違いじゃなければレイナの靴だ。


 正解の匂いを嗅ぎつけて教会跡を入念に調べると、おそらく祭壇があったのであろうというところの床が妙に汚れていない事に気付いた。

 近づいてよく見ると、カモフラージュの跡があるがその床はただの黒い板が置かれているだけだった。

 俺はその板を取り外すと、下には地下へと降りるための階段があった。


 ……どうも当たりっぽいな。


 俺はバルを呼んで階段を見させる。


「ふむ……嫌なにおいがプンプンするわい」


「だな。危険だと思うが今は時間が惜しい。入るぞ」


「うむ」


「…………」


 ……そうだ。

 俺はコイツをこのまま連れて行っていいのだろうか?

 相手は少女ばかりを襲う誘拐犯だぞ?

 もし連れて行ってコイツの身に何かあったら……。


「……おいお主、今わしを置いていこうとかふざけた事を考えなかったじゃろうな?」


「っ!」


「もしわしを置いていくとか言ったらわしはお主を見損なうぞ?」


 ……そうか。そうだよな。

 ここで俺がそんなことを言い出したらバルは俺の事軽蔑するな。

 俺が逆の立場ならそう思う。


 俺は今までコイツに向かって随分偉そうに上から目線であれこれ語った。

 そして俺はコイツに協力してくれだの助けを求めろだのと言った。

 それなのに土壇場になって俺はコイツを安全な場所に置きたいとか言い出すのか?


 そんなことをしたら……俺のしていることはユウが俺にしたのと同じになっちまうじゃねえか。


「俺はんなこと言わねえよ。盾役きっちりこなせよ?」


「うむ! お主のことはわしがきっちり守って見せようぞ!」


「おう。任せた」


 そうして俺達は互いに頷きあい、目の前の階段を降り始める。


 本来なら階段の前で躊躇している暇なんてなかったんだ。

 時間がない。そう、時間がないんだ。

 本来ならこの階段の事を周囲に知らせる方が、より安全でベターな行動だろう。


 だがレイナはついさっき攫われた。

 こうして手をこまねいている一分一秒の間に、レイナは誘拐犯どもに辱められているかもしれない。


 それは絶対にさせない。

 もしそんなことになっていたらバルはひどく自身を責めるだろうし、何よりレイナ自身が可哀相だ。


 だから多少無茶でも俺らは二人で進むしかない。

 幸い俺らは単体では弱いかもしれないが、二人ならこの辺でかなうモンスターはいないと断言できるくらいには強い。


 そしてたとえ人間が相手でも、街の中のプレイヤーなら容赦せずにぶっ飛ばせる。

 最高装備だろうが一撃でぶっ飛ばせるのはチンピラ共で実証済みだ。


 ただ問題は人数だ。

 単純に考えて2対7、俺らが圧倒的に不利だ。

 もしかしたら他にも仲間がいるかもしれない。そこも要注意だ。

 戦闘になったらとりあえず立ち回りを考えて囲まれないように狭い廊下で戦うことが重要だろう。


「……とにかく急ぐぞ。レイナが危ない」


「うむ」


 俺らは階段を急いで駆け下りていった。

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