確定
俺は外の戦場へと走りこんだ。
ここの戦況も夢で見たとおり、あんまり良い状況じゃないみたいだ。
5番目の街で繰り広げられている戦闘は、『攻略組』と召喚魔王軍の混戦状態だ。
夢の中でジンに補足説明されていたことなのだが、どうやらここにいるモンスターは全てニャルルの召喚魔法で操られているらしい。
しかも通常のモンスターなら街中に侵入できずとも、魔王モンスターにはその制限もないのだとか。
つまりここにいるモンスターは全て俺らやユウ達が倒してきた魔王ということになる。
そしてこのモンスター達の中で特に猛威を振るっているのが、ブラックバジリスクとブラックドラゴンだ。
『攻略組』は他の魔王モンスターにならなんとか対処できても、その2体だけはどうする事もできず、結果的にここまで前線を押されることになってしまったようだ。
だが、逆に言えばその2体さえどうにかすれば後はどうにでもできるという事だ。
「『ドラゴンロード』!」
だから俺はスキルを使用した後、俺の視界に入ったブラックバジリスクに向かって駆け出した。
「へ!? リュウちゃんやないか!?」
「え!?」
「お、おお~!?」
どうやら俺がいることにトトやマキ、みみといった周りの連中も気づき始めたようだ。
ただ単に事情がよくわかってないだけだろうが、俺をニャルルに引き渡さないでいてくれたコイツらにも感謝しないとな。
コイツらのおかげで俺は今ここにいる。
俺はトト達の横を通り過ぎる時、小さく「ありがとう」と呟いた。
高速で駆け抜けたから多分アイツらには聞こえなかっただろうが、これ以上はこっぱずかしくて言えねえよ。
やっぱ俺はさっき友也が言ったように素直じゃない人間なんだろうな。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
だから俺は前方にいる敵に目を向け、斃すことだけに意識を集中させる。
言葉で感謝を示せないなら行動で示すまでだ。
俺は前衛にいた静やドラ達をも追い抜き、ブラックバジリスクに手が届くところまで辿りついた。
「くらえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
そして俺は全身全霊、最大出力でブラックバジリスクに拳を放った。
シーナに剣を渡しているから俺は徒手空拳だが、『ドラゴンロード』を使用している俺に剣なんかいらない。
俺の拳はステータスの補正により、何物をも打ち砕く破壊力を秘めている。
ブラックバジリスクは俺の攻撃を受け、その巨体を大きくへこませる。
「まだまだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
俺の攻撃はただの1発だけではない。
ブラックバジリスクが苦悶の声を上げる前に俺は更に拳の雨を降らせた。
殴る、殴る、殴り続ける。
俺は秒間数百発という速度で殴りまくり、ブラックバジリスクを文字通り叩き潰した。
「しゃあ! 次ぃ!!!」
「へ!?」
「ちょ、え!?」
「なんだなんだ何が起こったんだ!?」
周囲にいるプレイヤーが呆気にとられたというような声を出す中、俺はブラックバジリスクが完全に沈黙したのを確認すると、バルが数分前に向かったブラックドラゴンのいる方向へと駆け出した。
「ニャハハー! そろそろ降参してもいいんじゃないのかニャン?」
「うぅ……」
トト達から遠く離れたところでバル、ブラックドラゴン、それに何故かブラックドラゴンの頭上に乗っているニャルルが戦闘を行っていた。
どうやら今プレイヤー勢でまともに戦えそうなのはバルだけのようだ。
周囲には激戦を繰り広げたらしきボロボロな轟達が膝をついている。
「ドラゴンに跨るとか……サモナーじゃなくテイマーなんじゃないですか……?」
「このモンスターにはもう意思なんてないから厳密にはテイムじゃないですニャン♪ さぁ大人しく観念するニャン!」
「く……」
だがバルもそろそろ限界だったようだ。
ブラックドラゴンの攻撃を受けた時に転げまわったのか、バルの服は土にまみれ、手に持つ大盾も炎のブレスで黒く焦げ付いている。
それにバル自身も肩を上下させて荒い呼吸をしている。あと一撃でも攻撃をもらえばバルでも危なかっただろう。
……だがバルは持ち堪えた。
シーナ達の作戦は失敗したものの、俺がここに来るまでの時間をバル達は稼いでくれた。
俺は未だ俺の存在に気づかない2人に向かって走りつつ、怒鳴り声を上げた。
「バルをいじめてんじゃねえぞニャルルウウウううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!」
「にゃ、ニャニャ!? ニャー!!! な、なんでお前がここにいるニャーーーー!?!?!?!」
「うるせえええええええええええええええ!!! 『オーバーフロー・ハイエンド』オオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
『オーバーフロー・ハイエンド』
俺はブラックドラゴンに駆け寄り、そのスキルを発動させた。
このスキルは俺がレベル50になった時に手に入れたスキルポイントも全て『オーバーフロー・トリプルプラス』にぶち込んで進化した、強化スキルの最上位。
『オーバーフロー・ハイエンド』にはもうスキルポイントを使用できなくなったからおそらくこれで頭打ちなんだろう。
そして『オーバーフロー・ハイエンド』の効果は1分間、使用者の防御力を5分の1にし、攻撃力を破格の10倍にまで引き上げる。
攻撃力10倍。
そしてステータスがカンスト状態の俺が使用すれば、それはこの世界で間違いなく最強と言える威力を発揮する。
俺がブラックドラゴンを全力で殴りつけると、ブラックドラゴンの頭部が抉れるように吹き飛んだ。
「ニャ!? ニャアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!!!!」
ブラックドラゴンに乗っていたニャルルが驚愕といった声を出しながら地面に落っこちる。
俺は「げふぅ!」という間抜けな声を発して墜落したニャルルの胸倉を掴み、思いっきりガンをとばした。
「ぐ、ぐぅ……」
「おい、さっさとモンスター共を引かせろ」
「わ、わかりましたニャン……」
俺に屈したニャルルはメニュー画面を開いて震える手で操作し、街を襲っていたモンスター群が一斉に霧となって消え去った。
前にも見たことがあるがやっぱコイツのスキルは便利だな。魔法かもしれないが、てそれはどうでもいいか。
「よし」
「ぐぬぬ……なんでこんなことに……お前、寝てたんじゃなかったのかニャン……?」
「あ? つかてめえなんで俺の状況を知ってたんだよ」
「お、お前の事は神楽が監視しているからそんなことくらいお見通しなのだニャン……」
アイツもかよ。
忍といいジンといい、一体俺は何人から監視されてんだ。
「というかこっちの質問には答えないのニャ……」
「うるせえ、てめえに答えることなんか何もねえんだよ。それじゃあ次だ。バル!」
「は、はい!」
「アイテムボックスを出せ」
「え? は、はい」
俺がバルに声をかけるとバルは驚いた顔をし、その後首をかしげつつアイテムボックスを出現させた。
「よし、それじゃあアレの中に入れ、ニャルル」
「ニャ!? そ、それはちょっと……」
「あ!?」
「わ、わかりました! 入ります! 入らせていただきます!」
俺がニャルルに向けて苛立ったような声を出すと、ニャルルはいつものうざい口調を止め(やっぱコイツキャラ作ってただけだったか)、渋々といった様子でアイテムボックスの中へ入っていった。
別に俺のアイテムボックスに閉じ込めるでも良かっただろうが、今の俺が死んだらアイテムボックスがどんな扱いを受けるかわからない。
俺と一緒に完全消滅とかなって心中させる羽目になるかもだから一応念を押しておく。
つっても、俺自身は死ぬつもりなんてまるっきりないが。
「これでいっちょ上がりだな」
「は、はあ」
周囲を見渡し、街の騒動が治まったのを俺が確認すると、バルが口を開けて唖然としていた。
だがバルはニャルルが入ったアイテムボックスをしまって、俺に恐る恐るといった様子で話しかけてきた。
「え、えと、リュウさん……ですよね?」
「おう、そうだぜ。見てわかんねえか?」
「い、いえ! ちゃんとリュウさんです! 私がリュウさんを見間違えるはずがありません!」
「そうか」
どうやらバルも俺がここにいることに驚いていたようだ。
まあ3日位寝たっきりだったからな。
こんなタイミングで俺が起きるとは思ってなかったんだろう。
「怪我はしてないか? バル」
「え? あ、はい、大丈夫です。回復薬を使えば問題ありません」
「ならよかった」
凄いな。流石は『鉄壁』のバルということか。
攻略組連中が苦戦していたあのドラゴンを相手にして健在とは。
今まで俺らの盾役として戦ってきたバルだが、俺はバルの事をよく見ていなかったのかもしれない。
それに別の事でも俺はバルを見誤っていたのかもしれない。
「なあバル。1つ聞いていいか?」
「? はい、なんでしょうか?」
「いやな……いままでずっと気になってたものの聞けずじまいだったことなんだが……」
だから俺は今までずっと気にしないように努めてきた、バルの真意がわからなかった1つの事柄について今こそ訊ねることにした。
「2番目の街から3番目の街に行く旅の途中、バルは俺にパンツを貸そうとしただろ? あれは一体なんだったんだ?」
「え……えぇ!? それ今聞くことなんですか!?」
「おう」
あの冤罪事件が起こった時の後日談。
バルは俺の手に自分のパンツをそっと手渡してきた。
あのパンツはすぐにバルへと返したが、あの時なぜバルは俺にパンツを渡してきたのか。
実のところ俺はその意味がずっとわからずにいた。
けれどそれを本人に聞くのも恥ずかしすぎて躊躇われた。
しかし今ならその理由がなんとなくわかる。
だから俺はバルに問いただした。
するとバルは顔を赤くして俯き始めた。
「え……えと……それは……その……ですね……」
「うん、なんだ?」
「えと……男性は……その……女性の下着を……自慰行為に使用すると聞いたことがありまして……もしかしたらリュウさんも……そうなんじゃないかと思いまして……」
「…………」
もの凄くど直球な理由だった。
つまりあれか。
バルは欲求不満な俺に自分の下着でシコれと言っていたわけか。
なんていうかあれだな……バルは時々とんでもない行動力(?)を見せてくるな。
「あー……なんだ、百歩譲ってだ、百歩譲って異性に自分の下着を渡すにしてもだ、そういうのはちゃんと人を選べよ?」
今更過ぎる事ではあるが、俺はバルに説教した。
無駄に男を勘違いさせるような悪女にはなってほしくないからな。
バルに手を出さない俺だったからよかったものの、他の男にそんなことをしたら「あいつもしかして俺に気があるんじゃないの?」どころの騒ぎじゃない。
下手すりゃその場で食われるレベルだ。可愛い女の子から自分の使っていた下着を渡されて勘違いしない男なんかいない。
「はい、わかってます」
「そうか」
だがバルもちゃんと物事の分別はついていたようだ。
バルはちゃんと人を選んで自分の下着を渡したのか。
つまりバルは俺だから自分の下着を渡した、のか。
……ああ、もうこれは確定だ。
「バル、てめえはもしかして俺の事好きなのか?」
「! ……はい……そうです」
「……そうか……そうだったか」
バルは俺に惚れている。
それはさっき俺が寝ている時、バルが俺にキスをしていたことから既に察していた事だ。
バルはその場に誰もいないからと思って油断してたんだろうが、神の視点から俺はその現場をバッチリ目撃していた。
親や友達を相手にして頬に軽くする親愛のチューじゃない。口と口同士というガチのチューだ。
いくら俺とバルが仲間として親しい仲でも、そこまでするのはやりすぎだ。
流石の俺でもバルが俺に好意を持っていることに気づく。
「それで……その……リュウさんは……どうなのでしょう……? やっぱり……シーナさんが好き……なんでしょうか?」
「…………」
シーナか。
俺にとってシーナは大切な仲間だが、異性としてはそこまで意識しているわけじゃない。
というか俺はこの世界に来てから妹分のバル以外の異性に対して、若干壁のようなものを作っていた。
だが俺の中にいるもう1人の俺は異性相手に物怖じしない。
アイツはそういったもんも俺から肩代わりしてくれていた存在なんだ。
今だからわかる。
アイツは俺にとって都合のいい俺だ。
俺が現実から目を背け、壊れた俺を安定させるべく生み出された人格だったんだ。
けれど今の俺はもう大丈夫だ。
今の俺ならバルともちゃんと向き合える。
「バル、てめえの気持ち、すっげえ嬉しいぜ」
「え……そ、それじゃあ……」
「でも俺の方から答えを出すのは少しだけ待っちゃくれねえか?」
「え……?」
俺は今までバルを妹のように思って接してきた。
だから異性としては全く見ていなかった。
だから……
「これからはバルのことを妹じゃなく1人の女として見るからよ」
「! は、はい!」
俺はバルを女として見る。
そう伝えると、バルは頬を染めつつもはっきりとした声を俺に返してくれた。
こうして俺は街の騒動を治め、バルとの合流も無事完了した。
次は王都にいるシーナ達だ。
待ってろよ、みんな。それに……修にぃ。
俺はすぐそっちにいくからな。




