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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
最終章 王都
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据え膳

 私は今、リュウさんの寝顔を眺めています。

 これがリュウさんを見る最後になるかもしれないから。


「リュウさん……」


 そして私は戦場へ赴く前にリュウさんの手を握りしめ、シーナさんとさきほど会話した内容を思い出していました。






「バルはこの場に残りなさい」


 忍さんが私たちに協力を仰ぎ、話し合いが終わった後一度小休憩を挟んでから王都へ向かおうと決まった時、シーナさんがそんなことを私に言いました。


「ど、どうしてですか! シーナさん! 私も戦えます! 一緒に戦わせてください!」


 私はシーナさんに反抗しました。


 私もリュウさんのために戦いたい。私もリュウさんを救いたい。

 だから私を置いていくというシーナさんに声を荒げました。


「バル、ちょっと落ち着きなさい」


「落ち着けるわけありません! シーナさんは私を足手まといだと思っているんでしょう!?」


 この状況で私を置いていくということは、それはシーナさんが私の事を信じていないからだ。

 私はそう思ってシーナさんに詰め寄り、シーナさんの意図を問いました。


「違うわよ。私はバルを信じてるからここに……リュウのそばにいさせるのよ」


「え……リュウさんの……そばに……?」


「そうよ」


 けれどシーナさんは私にそう言い、私の肩に手を乗せてきました。


「あんたなら万が一、街に敵が攻めてきてもリュウを死に物狂いで守るでしょ」


「は、はい……それは勿論ですけど……」


「本当は私が残りたいところだけど、戦闘能力のある人間は少しでも向こうに参加したほうがいいから」


「…………」


 確かにシーナさんと私、どちらが残るのがいいかと問われるなら私が残るべきかもしれない。

 私には誰かを守る力しかないけれど、シーナさんには戦う力も備わっている。


 シーナさんたちが今から向かう戦場では、シーナさんはきっと力になる。

 それがわかるからこそ、シーナさんは私にリュウさんを預けるという決断を下したのだと思います。


 けれど私は1つの疑問を持っていたため、シーナさんに問いかけました。


「でも……シーナさんはそれでいいんですか?」


「何がよ?」


「シーナさんは……リュウさんのこと……好きなんですよね……?」


「…………」


 シーナさんはあの教会地下で、リュウさんに告白したということを私達の前で打ち明けました。

 私はそのことにとても驚きましたが、それと同時に「ああ、やっぱり」というような感想も同時に抱いていました。


 シーナさんがリュウさんを好きなのは私も薄々気づいていました。

 それにシーナさんの告白を打ち明けた時、リュウは答えをはぐらかすような発言をしていましたが、リュウさんももしかしたらシーナさんのことを好きなんじゃないか、とも私は思っていました。


 そしてリュウさんが私達を置いて王都へ行ったという日の前日、シーナさんがリュウさんの部屋に泊まったということも私は知っています。

 リュウさんはパーティーから除外されたために位置情報がわかりませんでしたが、シーナさんのほうは丸分かりでした。

 念のためにパーティを組んでおこうというヒョウさんの提案は意外なところで役に立ちました。


 女の人が男の人と2人、同じ部屋で夜を共にしたということは、恐らくそういうことなのでしょう。

 私はシーナさんの行動力を羨み、自分の消極的な姿勢を恨みました。


 けれど今、そのことは脇においておかなければなりません。

 なぜなら今はリュウさんの危機なのですから。


 しかしそれでもどこか割り切れないと思う気持ちが私の中にはあり、シーナさんについ訊ねてしまっていました。


「本当はシーナさん自身がリュウさんを守りたいと思っているんじゃありませんか?」


 シーナさんは私に任せるのではなく、シーナさん自身がこの場に残ってリュウさんを守りたいのではないか。

 私はそう思ったからこそシーナさんに問いただしました。


「そうね……本当は私がここに残っていたほうがいいのかもしれないわね……私ならいざとなればリュウを連れてこの街から逃げきる事もできるだろうし」


「でしたら――」


「でも私は行かなきゃいけないの。それがリュウを引き止められなかった、私の責任の取り方だから」


「え……」


 けれどシーナさんは、自分を責めるかのような口調で私にそのようなことを言ってきました。

 リュウさんを止められなかったのを悔やんでいるのは私たち全員が抱いている気持ちであるけれど、なぜか私にはシーナさんがそれを私達以上に悔やんでいるように見えました。


「それに私はやっぱり積極的に動くほうが性に合ってるのよ。色々とね」


「は、はぁ……」


 そしてシーナさんはそんなことを言って、私の頭に手を乗せました。


「今だけはあんたにリュウのことを頼むけど、私は絶対リュウのことを諦めないからね。キスだってまだなんだから」


「え? そ、それじゃあリュウさんとはまだ何も……? 一緒の部屋に泊まったのに?」


「う……し、知ってたのね」


 どうやらシーナさんのほうはリュウさんと同じ部屋に泊まったことを上手く誤魔化せていたと思っていたようです。

 シーナさんは時々微妙に甘いところがありますね。


「そうよ。まだ私とリュウの間には何もないわ」


「そ、そうですか」


 それならまだ私にもチャンスはあるのでしょうか。


「……今あんた何か笑ってなかった?」


「いえ、笑っていませんよ」


「そ、そう?」


 どうやらシーナさんに誤解を生ませてしまったようです。

 私は笑ってなんていませんよ?


「とにかく、皆には私から説明しておくから、あんたはリュウのところで待機していること。いいわね?」


「わかりました」


 こうして私はシーナさんからリュウさんを守るよう頼まれました。






「リュウさん……」


 ですが物事というものはなかなか上手くいきません。


 シーナさんたちが王都へ出発してからたったの1時間。

 そのたったの1時間でギルド『攻略組』は街の外にいたニャルルさんの召喚モンスターに前線を押され、街の内部が戦場と化しました。


 幸いなのは、街の住民の非難が『攻略組』の時間稼ぎによって滞りなく進み、死者は今のところ出ていないという話です。

 ギルド会館にいる私には外の情勢をある程度把握することができました。


 しかし、それゆえに、もう時間がないと言う事も理解できました。

 あと30分、もって1時間ほどで、ニャルルさんが率いる軍勢はこのギルド会館まで攻め入ってくるでしょう。


 なのでここが私にとって選択の時です。

 リュウさんを連れて外に逃げるか。私も『攻略組』の皆さんと一緒に戦うか。


 そこで私は、戦う事を選びました。


 私1人が戦場に加わっても戦況が覆る事は無いと思います。

 けれど、私が参加すればそれなりの時間が稼げる可能性が出てきます。

 時間が稼げればきっとシーナさん達が全部終わらせてくれると信じているからこそ、私はここで戦うことにしました。


 それになにより、今外で戦っているプレイヤーの皆さんはリュウさんのために戦っているからです。


 ニャルルさんは5番目の街を襲撃する際、リュウさんを引き渡せば他の人間に危害を加えないと宣言したそうです。

 ですがそれは聞き入れられないと『攻略組』の皆さんは言ったために、今外で戦闘が行われているらしいです。


 皆が皆リュウさんを守りたいとか思っていたわけではないでしょうが、少なくともリュウさんは『攻略組』の仲間だという認識はあったようです。

 仲間を売る、仲間を見捨てるような真似は絶対しないというのが『攻略組』の主張でした。


 だからこそ、ここで私たちだけ逃げるわけにはいかないと思ってしまいました。


 私は、リュウさんの手をぎゅっと握り締め、リュウさんから力を分けてもらいます。



 そしてふと、リュウさんの寝顔を見ると、先ほどシーナさんとした会話が脳裏に蘇りました。



「……このくらいはシーナさんも許してくれますよね?」


 リュウさんがシーナさんに心惹かれているのであればこんな機会はもうやってこないだろうと思い、リュウさんの寝顔にゆっくりと近づいていき……



 私は、リュウさんの唇に自分の唇をそっと重ねました。




「……行ってきます」


 たった数秒の間に感じたリュウさんの温かさに顔が熱く、そして赤くなるのを手で隠しながら、私はリュウさんのいる部屋から飛び出しました。



 やってしまいました。

 私は今、とんでもないことをしてしまいました。


 寝ているリュウさんの隙を付いて、シーナさんがいない今、誰もいないのをいいことに、私はファーストキスをリュウさんに捧げてしまいました。

 本当はこんなことする気はなかったのだけれど、いずれシーナさんに取られてしまうと思ってしまったら、ついやってしまいました。


 これは流石に誰にも話せません。

 あんな場面は誰にも見せられません。


 あの場に私と眠っているリュウさんの2人しかいなかったはずなので、私さえ黙っていれば全部丸く収まります。

 なので私は今の出来事を私だけの思い出とすることに決めました。 


「……リュウさんの方は初めてだったのかなぁ」


 心臓がバクバクと大きく鼓動するのを感じながら、私は戦場へと走っていきました。






「盾は前へ! 石化ブレスくるぞ!」


「魔法部隊! あの蜘蛛を前衛に近づけさせるんやないで! 燃やしつくしたるで!」


「バフを切らすんじゃないわよ! 余裕を持ってかけなおしにきなさい!」


「危なくなったら一旦下がるんだよ~みんな~」


「ゴーレムの足が止まったわ。斬りかかるわよ」


 戦場ではユウさんのパーティメンバーだった方達が全員で指揮を執り、前線を維持していました。

 ユウさんがいなくても指揮系統の中心はパーティー『攻略組』にあるようで、その場にいるプレイヤー全員がその指示に従って動いていました。


 ……しかし私が注目したのはそこではありませんでした。


「なんで街の魔王がこんなところに……」


 『攻略組』の皆さんが戦っていた召喚モンスターの中には、私達が今まで戦ってきた魔王が複数体混じっていました。

 私から見えるところにいる魔王でも、始まりの街にいたゴーレムの魔王、2番目の街にいた大蜘蛛の魔王、4番目の街周辺を荒らしたバジリスクの魔王が今、プレイヤーと戦闘中でした。


 それにそんな街の魔王以外でも、通常とは明らかに違う大きさだったり、私が見たこともないモンスターもいました。

 もしかしたらあれらも全て魔王なのでしょうか。


「! バルちゃんやないか!」


「こんなところで何してんの!? ここは子供のくるようなところじゃないのよ!」


 私がそんなモンスターの群れに驚いていると、後衛にいたトトさんとマキさんが私に気づいて話しかけてきました。


「私も戦います! これ以上侵攻されるとリュウさんが危ないですから!」


「マジで!? バルちゃんホンマに戦えるん!?」


「当たり前です! 私はリュウさんを守る盾です! 子供だと思って甘く見ないでください!」


 私は戦えるかという問いに力強く答えました。


 私こそがリュウさんを守る最後の盾。

 誰にも屈しない最強の盾であると自らを鼓舞しながら、私は前衛に加わりました。


「今の私は絶対負けません!」


 私は迫りくる大蜘蛛型モンスターに向けて盾を突き出し、それ以上の侵攻を食い止めました。


 このモンスターが私の想像通りあの2番目の魔王であるのなら、絶対に触るようなことをしてはいけない。

 なので私は両手で持った大盾……かつてレアさんが使っていた盾を前面に押し出し、モンスターとの距離を十分にとります。


「バルちゃん魔法いくで! 『フレアブラスト』!」


 そして私がそのモンスターの動きを完全に押さえつけていると、背後から炎系の魔法が次々に飛んできてモンスターに命中していきます。

 ここまでの戦いで既に蜘蛛のモンスターも大分消耗していたらしく、トトさんたちの一斉砲火によってモンスターから力が抜けていき、やがて動かなくなりました。


 どうやら2番目の魔王であろうとも、5番目の街までたどり着いたプレイヤーの攻撃に耐えられるものではないようです。


「ナイスやで! バルちゃん!」


「へ、へえ。あなたも結構やるのね……」


「ど、どうも……です」


 後方から私を褒めるような言葉が耳に入り、私は恥ずかしながらも頭を下げて軽く会釈をしました。


「それで、どうして魔王の姿をしたモンスターがここにいるんですか?」


「お? バルちゃんも気づいたんかいな」


「ここにいるモンスターは全部、今街を襲ってるニャルルとかいうプレイヤーがモンスターを素材にして作り上げた召喚モンスターなんだってさ」


「そ、そうなんですか」


 それは召還術師サモナーというよりも死霊術師ネクロマンサーと言ったほうが正しいのではないでしょうか。

 ”マスター”サモナーだから死霊の召喚もありなのでしょうか。


「こっちも終わったわ」


 と、私がサモナーの定義に頭を悩ませていると、前衛の攻撃部隊を率いていた静さんが戻ってきました。

 静さんたちが相手をしていたゴーレムもやはりそこまでの脅威ではなかったようです。


「なら次はこっちに手を回してくれ! そろそろ持ちこたえられない!」


「!」


 けれどバジリスクのほうは簡単にはいかないようで、盾部隊を率いて足止めをしていたドラさんが声を上げていました。


「しょうがないわね。それじゃあ行ってくるわ」


「え? あ、は、はい」


 流し目でウインクをしてきた静さんに私はしどろもどろになりつつも答え、静さんはそのままバジリスク型のモンスターの下へ走っていきました。

 でもあのモンスターは危険なのではないでしょうか。


「え、えと、石化のほうは大丈夫なんでしょうか?」


「? 石化したらすぐ治せるようおいちゃんがスタンバッてるよ~?」


「治せるんですか?」


「治せるよ~。バルちゃん達の話で聞いていたバジリスクとはちょっと違うみたいだね~」


「そ、そうですか」


 どうやらニャルルさんも魔王の性能を100パーセント再現できているわけではないようです。

 まあそれでもバジリスクの魔王クラスになると『攻略組』の皆さんも大分苦戦しているようですが。


「……っ! 前方200メートル先! ドラゴンの魔王出現!」


「なんやて!?」


「ちょ~……あれはマズイよ~……」


「足止めしてた『不離威打無』は何やってんのよ!」


「!」


 そしておそらく魔王の中では最強のモンスター、5番目の魔王こと黒いドラゴンが遠くにいるのが見えました。


 あれはリュウさんが1人であっけなく倒していたモンスターですが、まともに戦えばギルド単位で戦わないと対抗できないモンスター。

 それはこの場にいる全員がわかっていたことなので、私たちは揃って呻くような声を出してしまいました。


 ですが誰かが戦わなくてはいけないことも事実。

 私はその黒いドラゴンに向かって走り出しました。


「皆さんは先にバジリスクの方を倒してください! それまで私があのドラゴンを足止めします!」


「え!? ちょ!?」


 今までの経験上、私の防御力はドラゴンの魔王にも通用するレベルです。

 そして死霊となったためか、若干弱くなっているあのモンスター相手ならば十分に時間を稼ぐことができるはずです。


 私は周りから驚きの声が出るのも気にせず、1人であのドラゴンのところへ走っていきました。



 全てはリュウさんを守るために!

 私は強くなったのだということを、大好きなリュウさんに誇るために!

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