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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
最終章 王都
133/140

vs修児

ユウ視点

 僕は玉座の間がある部屋へと続く通路を走り続けていた。

 龍児を元の世界に帰すために。僕の親友を助けるために。


 僕は龍児にこの世界の元となったゲームを進めたことをずっと悔やんでいた。

 ゲームの製作者に迅さんがいて興味を持ったことから始まり、龍児と一緒に『フリーダム・オンライン』をプレイしてみたいと思ってしまった。


 それがまさかこんなことになるだなんて想像もしていなかった。

 僕が龍児を裏切り、攻略最前線で戦いを繰り返し、プレイヤー集団を纏め上げてギルドを作り、龍児と和解して……


 そして今は龍児を助けるためにここまで来て、シンと一緒に修児さんを殺そうとしている。


 なぜこうなってしまったのか。

 修児さんは何を思って龍児と戦ったのか。

 龍児はどうして眠ったまま目を覚まさないのか。


 僕にはどうして修児さんが龍児を殺そうとしているのかわからない。

 けれど龍児を殺そうとする修児さんをこのままにしておくこともできない。


 僕は目の前にある大きな扉を勢いよく開き、部屋の奥にある立派な玉座の上で胡坐をかいている1人の男に向かって大声で叫んだ。


「修児さん!!!!!」


「……ああ? ……なんだ、友也か」


 玉座に座っていた修児さんに、僕は剣を向けて睨みつける。


「……久しぶりだなぁ、元気にしてたか?」


「ええ……龍児のおかげでなんとか」


「そうか……」


 修児さんは気だるげな様子で、久しぶりの知人に会ったというような台詞を僕に言った。

 確かに僕が修児さんと会うのは数年ぶりなのだからそんな反応でも間違ってはいないのだけれど……


「言いたい事はそれだけですか……?」


「あ……? ああ……てめえもこのゲームに巻き込まれたんだよな。大変だったな」


「そういうことじゃないでしょう!!!」


 修児さんは僕に対して敵意めいた態度を全く見せない。

 僕がここに来た理由なんてわかっているはずなのに。


 そのことが僕を苛立たせ、修児さんへかける声が荒くなる。


「あなたは一体何を考えているんですか!」


「何をって何をだ?」


「ふざけないでください修児さん!」


 僕はここへ来た理由。

 それは修児さんが今何を思ってこんなことをしているのかを知るためだった。

 だから僕はこの場で修児さんに問いただす。


「あなたはなぜ龍児と戦うだなんて馬鹿げたことをしているんですか! あなたは龍児のことをいつだって気にかけていたでしょう!」


「…………」


「龍児はあなたと戦って以来寝たきりになっているんですよ! こんなことをあなたは望んでいたんですか!?」



「黙れ」



「っ」


 修児さんは一言そういって僕を威圧してきた。


 やっぱり修児さんの低い声は怖い。

 龍児の不恰好なそれとは大違いだ。


「龍児が寝たきり? だからどうした。それはアイツが弱いからであって俺のせいじゃねえよ」


「で、でも、そもそもの原因はあなたのせいじゃないですか……」


「ああ、そうだな」


「だったら――」


「だが」


 修児さんは玉座から立ち上がり、鋭い眼光で僕を見据えてきた。


「それは龍児が俺をいつまでも引きずっているからだ。俺はもう割り切ってるっていうのによ」


「な……何を割り切っているっていうんですか……」


「決まってんだろ」


 そうして修児さんは、龍児がいつもしている不似合いなものとは違い、自然にニヒルな笑みを浮かべた。


「俺がこの世界から生きて脱出するために、龍児を殺すってことをさ」


「っ! だからなんでそうなるんですか! あなたにとって龍児は殺してもいいなんて言える存在じゃないでしょう!」


 僕は修児さんに怒鳴りつける。


 他の誰でもない。

 修児さんが告げる、龍児を殺すなどというその内容が、僕にとっては受け入れがたいものだったから。


「なぜ龍児なんですか! あなたと戦う大魔王役は別に龍児じゃなくてもよかったんでしょう!?」


「龍児じゃなければてめえは納得したのか?」


「そ、そういうことを言っているわけじゃありません! なんでよりにもよって龍児を選んだのかということを聞いているんです!」


「龍児を選んだ理由か……」


 僕が修児さんに強く訊ねると、修児さんは僕から目を逸らし、呟くようにして答えてくれた。


「俺もな……いつだって龍児に振り回されてきたんだ」


「え……」


「俺はいつも俺と比べられる龍児が不憫でならなかった。だから俺なりに龍児を気遣うような行動をとった」


「……急に悪ぶったり、僕達と一緒に遊びだしたことですよね?」


「そうだ」


 修児さんは龍児のために自分を偽り、龍児に浴びせられる視線を和らげようとしていた。

 それは結果的に龍児達の親の不和をもたらすことになってしまったようだけれど、周りからの視線は確かに緩和されていたと思う。


「だがそのせいで結局父ちゃん達は離婚し、家族は崩壊した」


「…………」


「まあ、元々そうなるのが目に見えてはいたんだけどな」


「……え? それは、どういう?」


「あの糞親父は俺が優秀だったのをいいことに、自分の子は優秀であるはずなんだとか言って龍児と母ちゃんをいびってたんだよ」


「……? 明菜おばさんも?」


 なんでそこで龍児や修児さん、陽菜のお母さんである明菜おばさんが?

 教育がなってないとかいう理由でなら責められるのもわかるけれど、今の文意的には違和感がある。


「ああ、これは龍児も知らねえことなんだけどよ、実のところ明菜さんは俺の生みの親じゃねえんだ」


「生みの親じゃ……ない?」


「そうだ。明菜さんは父ちゃんの再婚相手で俺と血のつながりは無い」


 再婚相手……。

 つまり、龍児と陽菜は修児さんと半分しか血が繋がっていないということになるのか。


「だから父ちゃんは龍児を見る度に明菜母ちゃんを責めていたのさ。すげえ時は明菜母ちゃんに向かって、龍児はどこか別の男との子なんじゃないか?とかも言ってたな」


「そんな……」


 それは……あまりに酷い。

 龍児達のお父さんが龍児をそこまで蔑ろにしていたなんて、僕は知らなかった。


「だから俺は父ちゃんを殺し、そして皮肉なことに母ちゃんは実の子の龍児が殺す羽目になった」


「っ! 龍児は! 明菜おばさんを殺してなんていません!」


 明菜さんは、入退院を繰り返すような体なのに無理をして龍児を探しにいき、気温が0度を下回る中で容態を悪化させたために死んでしまったんだ。


 それにあの時龍児が家に帰らなかったのは……


「だからどうした。龍児は母ちゃん死んだ理由を作ったんだ。龍児が殺したようなもんさ」


「……だったらそれは僕にも当てはまります。あの時龍児を追い込んだのは……僕のせいなんですから」


「なんだと?」


「僕はあの時、クラスの女子達と先生に酷く非難されて……家に閉じこもっていたんです」


「ほう」


 あの頃の僕は龍児曰く八方美人で、女の子に対して何の抵抗もなく、分け隔てなく接していた。

 積極的に話しかけてくる学校の女子達と交流し、僕は友達としてという感覚だったけれど、女子から誘いを受けて2人っきりで遊びに行ったりも複数人としていた。


 でもそれは女子側からすればデートという認識だった。

 直接好きだといった意思表示を見せたわけでもないのに、僕はいつの間にか彼女を何人も持っていることになっていた。


 その結果起こった事態、それはクラスの女子達による僕への糾弾だった。

 僕とよく遊んでいた女子達は僕の事を浮気者と罵り、事情をよく知らないクラスメイトは面白がって僕の噂に尾ひれをつけて拡大させていった。


 そしてその噂を真に受けた女性の担任教師は女子達の味方となって僕のことを職員会議にかけた。

 それによって僕は孤立し、クラスメイトと先生から厄介者というレッテルを貼られた。


 もしかしたらあの時、何かに追い込まれるように勉学やスポーツに勤しんでいた龍児が別のクラスでなければ、あそこまで事態が悪化する事もなかっただろう。


「龍児は僕が引きこもってから3日が経った頃、僕の異常に気づきました」


 あの頃は龍児も色々手一杯だった。

 僕の様子や学校で流行った噂話に気づかなくても仕方がなかった。

 だから龍児は何も悪くなかった。


 悪くなかった……のに。


「そして龍児は激怒して、僕を糾弾した先生や女子達に暴力を振るい……病院送りにしました」


「ぷっははは! あの龍児がかよ! 『女に手を上げないのが俺の流儀だ!』とか息巻いてたアイツがよくそんなことできたなぁ!」


「ええ……僕もそう思います」


 龍児が女性に対して暴力をふるうなんて考えられなかった。

 精々噂話を撤回させるとか学校側に訴えるとか、そういう平和的な解決を龍児は行うと思っていた。

 だから家に訪ねてきた龍児に僕の知る全てを話した。


 けれどそれは大きな過ちだった。

 僕が全てを話した結果、龍児は暴走して行方不明になった。


「でも龍児がそんなことして……何も思わないわけがなかったんです。龍児は学校で騒動を起こした後、行方をくらましてしまいました。そして龍児が見つかった時には、息を引き取った明菜おばさんを腕に抱き、放心状態だったと聞いています」


「へえ」


「だから明菜おばさんが死んでしまう原因を作ったのは僕なんです……だから、龍児は悪くないんです」


「…………」


 もしも修児さんが明菜おばさんのことで龍児を恨んでいるのなら、それは僕が受けるべきものだ。

 龍児と修児さんがいがみ合うことなんてない。憎まれるべきは僕なんだから。


「それで、それを言っててめえはどうするつもりだ? まさかてめえが龍児の代わりに俺に殺されようってか?」


「……あなたが、それを望むのであれば」


 僕はいつも龍児と陽菜に負い目を感じていた。

 僕のせいで龍児達のお母さんが死んだようなものなんだから。


 そしてあれ以来、龍児の様子も微妙におかしくなった。

 普段はあまり変化がないけれど、龍児は時々自分を女だと思っているような様子が垣間見え始めた。


 多分あれは龍児なりの自衛手段だったんだろう。

 龍児にとって女の子を殴るなんてことは考えられないことだったから。

 本当は龍児を病院に連れて行ってちゃんと見てもらった方がよかったのかもしれない。

 でもそこまで龍児が生活に支障をきたすような行動もしておらず、僕がフォローを入れれば全く問題のない程度だったので、僕と陽菜は龍児を静かに見守っていた。


 でもそんな龍児の変化は間違いなく僕のせいだ。

 僕のせいで龍児は問題児扱いされ、明菜おばさんも死んでしまった。


 だから僕は龍児を死なせない。

 死なせるわけにはいかないんだ。


 しかし、僕のそんな思いも届かず、修児さんは首を横に振った。


「いらねえよ、てめえの命なんざ。俺が相手するのは龍児だけだ」


「! どうしてですか! あなたはどうして龍児にこだわるんですか!」


 修児さんが何を考えているのか全くわからない。

 どうしてそこまで龍児のみにこだわるのか。


「これは俺が龍児という汚点を払拭するための戦いだ。母ちゃんの事はもののついででしかねえんだよ」


「そんな……」


 汚点って……


 修児さんにとって龍児はもう、過去のものにしたい存在なのだろうか。

 昔は龍児を溺愛していたはずの修児さんが。


「龍児がいたばっかりに、俺の人生は滅茶苦茶だ。だからここで俺は龍児と決着を付ける。外野は黙って見てろ」


「修児さん!」


 もう修児さんに何を言っても無駄なんだろうか。

 修児さんはもはや、龍児と和解する気はないのだろうか。


「話はもう終わりだ。さっさと帰れ。それとも、ここで俺と戦ってみるか?」


「う……」


 修児さんは僕に向かってゆっくりと歩き始めた。

 それを見て僕は後ずさる。


「さあ、てめえは俺を前にしてどうする? 戦うか? 逃げるか?」


「…………」


「だんまりか。ならいいぜ。そういう態度なら俺が直々にてめえを解放――」



 そして修児さんは僕に近づき……修児さんの背後に姿を消していたシンが突然現れた。

 シンは右手に小刀を持ち、修児さんへと突き刺した。



 修児さんは龍児と同じく、ステータスをカンストさせるスキル『エンドロード』を持っている。

 それを使われたら最後、僕達に勝ち目なんてなくなる。


 けれどそれさえ使われなければ修児さんは相当脆い。

 モンスターとして区分される修児さんは街中でもダメージを受けるうえに、HPやVITも最低値だ。

 気づかれずに背後から攻撃されればひとたまりもない。


 ようは誰かが修児さんの気を引ければ、隠密能力に長けるシンが不意打ちの攻撃で修児さんを倒せるかもしれないという寸法だ。

 作戦と言うにはあまりに陳腐だけれど、僕達が修児さんに勝つにはこれしかない。


 それにシンは修児さんへ攻撃をするという役目を見事にこなした。

 シンにこんな辛い役回りをさせてしまったのは申し訳ないけれど、もはやなりふり構っている場合でもない。


 僕達は龍児を助けるという共通の目的のために修児さんに刃を向けた。



 そして修児さんはその攻撃でHPを0に――



「一体何をしているんだ? 忍」


「「!?」」


 修児さんは小刀を背に突き刺さされたまま、シンのいる方へと振り返る。


「ひっ!」


 その後逃げようとするシンの腕を捕まえ、腹部に掌打を浴びせて吹き飛ばした。 


「てめえら俺を舐めてんのか?」


 修児さんは小刀を背から引き抜き、僕を見てガッカリといった様子でため息を洩らしていた。


「そ、そんな……どうして……」


「この程度のことで、俺が死ぬとでも思っていたのか?」


「だ、だって……修児さんは龍児と同様、紙装甲で……」


「何言ってやがる」


「え……?」


「俺はてめえらがここまでくる前に、既にスキルを発動させてステータスはカンスト状態になっていた。だからてめえらが何をしようと、俺に敵うわけがなかったのさ」


 そして修児さんは、僕に向かって絶望的なネタばらしを行った。


 確かに、敵の目の前でスキルを使わなければいけないなんてことはない。

 シンの話では体が持つ限り延々と使用できるスキルらしいから、使用者次第ではずっと使い続ける事もできるのだろう。

 また、修児さんの使ったスキルは見た目では使ったかどうかが全くわからないというのも、この作戦の不備と言えた。


「ちょっ!? 一体どうなってんのよ!?」


「! 忍!」


「み、みんな……」


 そこへ僕達を追いかけてきたシーナさん、ヒョウ、みぞれさん、クリスさんが辿りつき、倒れているシンの姿に驚きの声を上げた。

 シンは今の攻撃で『残像』が発動したのかHPのダメージはないものの、気絶してしまったのかその場から起き上がる気配がない。


「忍っ!」


「! シーナさんダメだ!!!」


 そんなシンへ修児さんが近づくのを見て、シーナさんは走り出した、

 僕はシーナさんに静止を呼びかけるものの、彼女はそれで止まる事はなかった。


 シーナさんが修児さん目掛けて剣を振るう。


「だから、そんなんじゃ俺は倒せねえよ」


「がっ!?」


 修児さんの胴体へ向けて振るわれた剣は、修児さんの左手で軽く掴まれ、シンと同様にシーナさんも壁に叩きつけられた。


「くっ! 『アイスジャベ――」


「おせえよ」


 そして魔法を放とうとしていたヒョウのところまで一瞬で移動した修児さんがヒョウ、みぞれさん、クリスさんをその移動した際に発せられた衝撃波だけで吹き飛ばした。

 みんなから離れた位置にいた僕は、その光景をただ眺めていることしかできなかった。


「う……あ……」


「これで全員か?」


 修児さんは僅か1分足らずで蹴散らしたみんなを一瞥して、僕のところへとやってきた。

 僕は修児さんに何も言えず、その場で震えていることしかできなかった。


「俺が今、どうしてこいつらを殺さなかったか、てめえにはわかるか?」


「え……?」


 修児さんが今そんなことを訊ねてきたが、僕はその真意が理解できずに呆けたような声を出していた。

 それを見て修児さんは軽く舌打ちをする。


「コイツらは全員人質だ」


「ひ、人質……?」


「そうだ」


 修児さんはそう言うと、僕の足元に赤い玉を投げつけた。


「昔のよしみでてめえは見逃してやる。だからてめえはそれを使ってさっさと龍児を連れて来い」


「ど、どうして……」


「まだわかんねえのか?」


 僕が未だに修児さんの考えていることに理解を示さずにいると、修児さんは聞き分けのない子に諭すような口調で、僕に優しく説明しだした。


「てめえらはこの世界で死んでも元の世界に帰れるだけだと達観しているから人質なんて無意味だと思うかも知れねえけどよ……世の中には死んだほうがマシっていう地獄なんざいくらでもあるんだぜ?」


「え……」


「早く龍児をたたき起こしてこい。龍児の仲間がモンスター共の苗床になる前にな」


「!?」


 修児さんは僕にそう言って、高笑いを始めた。

 僕は震える手で宝玉を手にして呟く。


「て……『テレポート』……」


 修児さんにとって僕は眼中にない。

 僕に修児さんを止める事は出来ない。

 修児さんを止めることができるとしたら、それは龍児だけだ。


 それが十分にわかってしまったから、僕はその場から逃げ出した。


 逃げ出すことしか……できなかった。

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