奇襲
忍視点
お姉ちゃんが死んでしまった。
途中で様子がおかしくなって修児さんへの攻撃を止めた龍児君を庇い、お姉ちゃんは死んでしまった。
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
私はただ、もしかしたら龍児君が修児さんと会えば、何かが変わるんじゃないかと思って龍児君を王都へ連れて行っただけなのに。
それなのに……龍児君と修児さんは戦い、その結果お姉ちゃんを修児さんが殺してしまうことになり、そして龍児君は眠り続けたまま目を覚まさないという最悪の結果を生み出してしまった。
私があの時、安易に「修児さんに会いにいってみますか」なんて言わなければこんな事にはならなかったのに……
だから……私はどんなことをしてでも龍児君を助ける。
私は、修児さんの命と龍児君の命、どちらをとるかと聞かれたら、龍児君の命をとろう。
「奇襲だと?」
「はい」
私は今、龍児君のパーティーメンバーだった方々と友也君を1つの部屋に呼び、とある作戦への協力をお願いしていた。
「今がどんな状況か、わかっているんだろうな?」
「わかっているからこそです」
現在街の外では、ニャルルさんがこれまで集めてきた戦力を大放出し、街そのものを陥落させる気で攻撃を仕掛けている。
ニャルルさん自身は強いわけじゃないけれど、あの人の操る召喚モンスターは並のモンスターじゃない。
今も友也君を抜いた『攻略組』が街を守るために戦い続けている。
目の前にいるヒョウという方は、訝しむのような目つきで私にそのことについて本当にわかっているのかと問いかけてくるけれど、私はひるむことなく皆さんに伝えた。
「ニャルルさんが本気を出したら『攻略組』では対処できません。だから、ニャルルさんが龍児君のところに来てしまう前に……修児さんを倒します」
ニャルルさん自身は弱いけれど、彼女は膨大なMPに物を言わせて召喚モンスターを使役し、1人で百人規模の戦闘が行える。
それにニャルルさんがこれまで集めてきた召喚モンスターはどれも並のプレイヤーを凌駕する強さを秘めている。
また、街の中からではなく街の外から攻撃を仕掛けてきたということから察するに、あの人は開けた場所じゃないと召喚できない大型モンスターを使役しているはず。
その中にはあのモンスター達も含まれている可能性が高い。
ならここにいるプレイヤーで太刀打ちできるはずがない。
「龍児君……か。一応リアルネームは伏せるのがここでのマナーだと思うが?」
「あ……す、すみません!」
「まあ、今更そんなことはどうでもいいか……それで、リュウの兄を倒すという話は本気で言っているのか?」
「は、はい!」
私は『解放集会』の元メンバーであり、修児さんの仲間であったことはここにいる方々なら誰もが知っている。
だから私がこんなことを言っても、皆さんには信用してくれない可能性が高いとも思っていた。
一応ここへは龍児君と長い付き合いを持つ方のみを集めたけれど、それで龍児君を助けるために私の計画に乗ってくれるかは賭けだった。
場合によっては、私1人で修児さんを倒しにいくということも覚悟しなければならなかった。
おそらく今、修児さんに積極的に味方する人はキルさん、赤音さん、そして神楽さんの3人のみ。
他の開発メンバーの方々も修児さんの仲間といえばそうであるけれど、私達の妨害をしてくる可能性は低い。
修児さんが私達の所に連れてきたあの3人はともかくとして、他の開発メンバーは早く元の世界に帰りたいと思っていても人の生き死にがかかっている戦いは静観するというスタンスだ。
修児さんに死んで欲しくないと思いつつも、龍児君が死んでいいとも思っていない。かといって、どちらかが死ななければ自分達は帰れないという状況で、結果的に消極的な態度をとっているのが彼らだ。
まあ中にはニャルルさんみたいな例外はいるけれど、彼女はレアさん同様、この世界がゲームだという認識を変えられないまま私達と一緒に戦っていたから、今も多分そういうノリで攻めてきているんだと思う。
また、更に言えば神楽さんは修児さんの味方ではあるものの、私達の行動を邪魔してくるとも思えない。
あの人は私達があがくところを眺めて楽しんでいるだろう。だから私達は修児さんの下にたどり着くまでの間、キルさんと赤音さんに注意して動けばいい。
だけどあの2人が本気で止めにきたら、私だけでは勝てない可能性が高い。
もしも私が単騎で王都に乗り込むとしたら、彼女達とあったら即逃げるしかないだろうと思っていた。
けれどその心配は無用だった。
私を信じて一緒に王都へ乗り込んでくれる人はいた。
「……僕は信じるよ。もうそれしかリュウを救う道が無いんだからね……」
部屋の隅でうな垂れていた友也君が立ち上がり、私と一緒に戦ってくれるという意思表示をしてくれた。
友也君は龍児君が寝込んだ後、この先どうすればいいかずっと悩んでいた。
お姉ちゃんが死んで、なんとか龍児君を連れてこの街に引き返してきた私は、まず友也君に相談をした。
私は泣きながら事情を話した。
この街で私と接点のある人物は、もう友也君しかいなかったから。
友也君とは龍児君と同様、私の幼馴染。
友也君はいつも龍児くんにどつかれていたような気がする。
でも友也君がいじめられていると龍児君はいつも助けていた。
そして私の時もそうだった。
私がそれまで仲良くしていたはずの友達グループからいきなり弾かれた時『困っている子がいたら助けるのが俺の流儀だ!』と言って龍児君は私の手を取った。
あの時は嬉しかった。
突然孤立した私に手を差し伸べてくれた龍児君は、私にとって太陽のような存在だった。
だからこの世界で龍児君が孤立していた時、私はどうしても龍児君を助けたくなった。
ただ、その役目は友也君にしてもらいたかった。
私は最初、友也君が龍児君を置いていった事に驚いていた。
2人揃って『フリーダム・オンライン』を始めたのだから、今も2人は仲が良いはずなのにどうして、と。
けれど、こうして龍児君のために動き出そうとしている友也君を見ると、あの時抱いた驚きも私の中で薄れていく。
なんだかんだでやっぱり龍児君と友也君は仲良しなんだ。
私も引越しさえなければ、2人と一緒に仲良くゲームをしていたかもしれない。その時は陽菜ちゃんも一緒かな?
……でもそれはもしもの話。
私は引越しをして龍児君達と別れた。
そして月日が経ち、お姉ちゃんが1つのゲーム開発で偉い立場に異例の抜擢をされて、私も学業の傍ら、アルバイトとしてお姉ちゃんが作るゲームのデバッグ作業を始めた。
初めてのアルバイトは、大変ながらも楽しい時間だった。
仕事場はレア……ミレアさん以外全員年上だし、土日という纏まった時間だけの仕事だったけれど、忍耐力には自身があったので不具合が無いかをゲームの中で延々と確認していく作業は私にとってそこまで苦ではなかった。
それに開発の途中から龍児君の兄、修児さんがチームに加わった事であらゆる作業効率がアップしてバグも少なくなり、私達の負担はかなり軽減されることになった。
お姉ちゃんも修児さんと一緒に仕事が出来てまんざらでもないようだったし、あの頃の私達は充実した毎日を送っていた。
でも、こんな結末になるだなんて、思ってもみなかった。
修児さんがお姉ちゃんを殺すなんて、そんな結末は。
「……シン?」
「……へ? あ、す、すみません! ちょっとボーっとしておりました!」
「……しっかりしてよ」
「す、すみません……」
しっかりして、という友也君の声は小さかった。
今のは考え事をしていた私が悪かったけれど、本当にしっかりしてもらいたいのは友也君のほうだと私は思う。
友也君は今とても落ち込んでいる。
それは龍児君が寝込んでいるという理由からだ。
正直、友也君がここまでショックを受けるとは思ってなかった。
友也君は龍児君の状態を聞いてからずっとギルド会館に引きこもっている。
今外で『攻略組』を率いているのは、友也君のパーティーメンバーのトトという人と、『不離威打無』の轟という人だ。
本来なら友也君も外で戦っていたはずだけれど、ふらつきながらも戦闘準備を始めた友也君を見てパーティーメンバーから今回は前線から外れるよう言われてしまったらしい。
外では今も『攻略組』が戦っているのに、この部屋に友也君がいるのもそういった理由だったりする。
「……それで、他の皆はどうする? このまま龍児を見殺すかい?」
今の友也君は精神的に参っている。
だからだろうか、ややトゲのある台詞が友也君の口から聞こえてきた。
「! ちょっとユウ! 私達がそんなことするわけ無いでしょ!」
「そうです! 私達はリュウさんを見捨てたりなんてしません!」
そして龍児君のパーティーメンバーである、シーナさんとバルさんが友也君に反論した。
……彼女達のことは私もよく知っている。
龍児君を監視していると、いつだってあの2人は龍児君の傍にいた。
正直、私はこの2人に良い感情を持ってはいない。
けれどここは龍児君のため。彼女達と協力することに異論なんて無い。
それに彼女達なら龍児君のために本気で戦ってくれると、心の底から信じられる。
「それではお2人も協力していただけますね?」
「当たり前よ!」
「勿論です!」
シーナさんとバルさんは力強い返事をして、私をひるませてきた。
今の2人はさっき疑うような目つきで私を睨んだヒョウさんより数段怖いと思うのは、はたして私の気のせいだろうか。
「うふふ~、それじゃあ私達も協力しないわけにはいきませんよね~ヒョウさ~ん?」
「パーティーじゃなくなっても私たちは仲間」
「……わかった。ここで忍が嘘をつくメリットなんてどこにもないからな。オレもその話に乗ろう」
そしてそんな2人につられてクリスさん、みぞれさん、ヒョウさんも私の計画に乗ってくれるという意思を示してくれた。
これならなんとかなるかもしれない。
私はこの場にいる、龍児君を助けたいという6人を味方につけ、早速作戦会議を始めることにした。




