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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
最終章 王都
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ショートカット

 目覚めると、そこには女神がいた。



「……あ、なんだ、シーナか」


 よく見るとその女性はシーナであり、ソファで俺に膝枕をしつつそのまま眠っていたようだった。

 つまり俺の真上にはダブルマウンテンが聳え立ち、その先からシーナの寝顔が拝めるという絶景が広がっていた。


 そしてシーナの口から透明な液体が滴り落ちてきている。

 俺の額はシーナのヨダレで濡れていた。


「……流石にこれは酷い」


 俺は膝枕の感触を名残惜しみながらもソファから体を起こし、ヨダレまみれの額と髪を布で拭いた。

 その後、未だスヤスヤと眠っているシーナを横にして一息つく。


「ふぅ……できればもっとこの寝顔を見てたいんだけどな」


 備え付けの時計を見ると、どうやら今はもう朝の8時を過ぎた頃のようだった。

 昨日俺らは何時に寝たのか覚えていないが、外はそろそろ動き始めている頃合いだ。


 忍もおそらく起きているだろう。

 俺は夢の中で決定した方針を基にして、忍に会いに行くため部屋を出た。


「……つか、結局俺の方が続けて出てきたのか」


 どういう基準で人格交代するのかわからないが、アイツが出てこないのならそれで何も問題は無い。


 アイツに俺とシーナの関係をぶち壊されてたまるか。

 もう一生出てこなくていいぞ。


「さて……それじゃあギルド会館に行くか」


 俺は宿屋の受付で二人分の料金(シーナが泊まったのをきっちり把握されていた。ゆうべはおたのしみでしたね、じゃねーよ)を支払い、懐事情が寂しくなったことに若干へこみながらもギルド会館へ向けて歩を進めた。






「あ! あ、え、あ、お、おはようございます! 龍児君!」


「ああ……おはようさん」


 俺がギルド会館内でユウがギルドで借り受けた一室に合鍵を用いて入室するとちょうど朝食を食べていた忍と目が合い、しどろもどろに忍が俺に挨拶をしてきた。


 どうやらついさっき起きたらしい。

 忍の髪はところどころ跳ねていて若干眠たそうな雰囲気だ。


 つかコイツ、俺の事は龍児君呼びなのな。

 俺もコイツを見習ってシンと呼んだほうがいいんだろうか。


 いや、別に良いか。

 この世界ではリアルネームは伏せるっていうプレイヤーも多いし。

 まあそれを言うと本当のコイツの名前はシンじゃなくこころなんだからあんま気にしなくてもいいんだが。


「おや? どうしたんだい龍児君。こんな朝っぱらから私達に何か用かな?」


「…………」


 そして当然のように忍の隣にはジンがいた。


 そういえばコイツも忍と一緒の部屋に軟禁されてたんだっけか。

 正直、ゲームマスター兼神というポジションにいるジンを相手にして部屋に閉じ込めるなんて出来るわけがないんだが、昨日の話し合いで元解放集会の忍をどうするかでユウと一緒に悩んだ結果、こうして2人一緒にいさせれば特に問題となることは起こさないだろうという結論に達した。


 ちなみにレアはユウのアイテムボックス内でおねんね中だ。

 ジン曰く、もう解放集会自体が敵対してくることはないだろうとのことだが、一応念のためだとユウが言うものだからこういう形に納まった。

 レア自身も元の世界に帰れるならどうでいいらしく、素直にユウのアイテムボックス内へと入っていた。


「す、すみません! すぐに身だしなみを整えてきますので!」


「へ? あ、ああ、別にそんなこと気にしなくていいぞ」


「そ、そういうわけには! ちょっと洗面所の方へ行ってきます!」 


 どうやら忍は他人にだらしない姿を見せたくないらしい。

 忍は跳ねる髪をわたわたとせわしなく手で撫で付けながら洗面所へと走っていった。


「はっはっは。どうやら君も女心というものがまったくわかっていないようだね」


「…………」


 つか忍と比べるとコイツの方は全然眠いって素振りを見せないな。

 もしかして忍は低血圧で朝弱かったりするのか。


「女心とか何の話だよ。そしてそのメシはどうしたんだよ。それって明らかにここの売店で売ってたやつだろ」


「どうしたって、普通にそこのドアから出て買いにいったに決まっているじゃないか」


「……そうかよ」


 やっぱコイツを軟禁するのは無理だったか。

 まあだからどうしたって話だが。


「それで、君は何を知りたくてここに来たのかな? お姉さんの予想だと修児についてだと思うんだけどねえ?」


「……てめえもしかして盗み見してやがったのか?」


「何の事かな?」


「チッ、なんでもねーよ」


 コイツの察しのよさから考えるに、昨日の夢はコイツの仕業なんじゃないかと勘ぐっちまう。

 俺の夢の中に散々出張ってきてる奴だしよ。


「てめえの想像通りさ。俺は修にぃについて聞きにきたんだ」


 だが俺はそろそろ本題の方へ話を進めたいから、コイツの夢疑惑については頭の隅に追いやることにした。

 どうでもいいことだしな。


「なあジン、てめえは――」


「ジン”さん”と呼びなさい」


 ……コイツの場合、本名が篠崎迅しのざきじんだからその辺気にするのか。

 俺は一応修にぃを真似て、年上だろうと口調や態度を変えないようにしてたんだが、まあしょうがない。


「……ジンさんは、修にぃのことをどれだけ知ってるんだ?」


「随分と曖昧な質問だね。修児の体にあるホクロの数でも教えればいいのかい?」


「いや……そんなもん俺は知りたかねーよ……」


 つかコイツ、そんなことマジで知ってやがるのか?

 修にぃとコイツって、もしかしてそういう深い関係だったりするのか?


 ……いやいや待て待て。

 コイツの言動に踊らされるな。


 もう少し具体的な内容で聞いてみるか。


「……修にぃが俺の事をどう思っていたのかについてならどうだ?」


「そうきたか……」


 俺がジンにそう質問をすると、ジンは「うーん」と唸りながら腕を組んで天井を見上げた。


「それは私にもよくわからないね。実のところ修児と再会して以来、君と陽菜ちゃんのことについて修児は私に何も語ってくれないんだ」


「そうか……」


 それはつまり、修にぃにとって俺らはもう家族じゃないってことなのだろうか。

 俺が修にぃにした仕打ちを考えればそれも仕方ないことなのかもしれないな。


 けれど、俺はともかくとして修にぃは陽菜についても話さなかったのか。

 俺自身はあんま自分に妹がいるって感じはしないんだが、修にぃにとって陽菜はちゃんと妹と呼べる存在だろうに。


「……でも神楽には話していたようだね。神楽はどうも龍児君のことを最初から知っていたようだし」


「そうなのか?」


「そうだよ。君達がこの世界に来た時も、神楽は明らかに君を意識していた」


 ……マジか。


 もしかして俺がゲームの抽選で当たったのって、その神楽が意図的に起こした事なんじゃないだろうな……?

 いや、それは考えすぎか。


「まあ、修児は君がこの世界に来たという事を心……忍から聞かされるまで知らなかったようだけどね」


「へえ」


 そういえば忍って、俺がユウ達とケンカしてるのところを偶然見つけたんだったよな。

 神楽は修にぃや忍に俺の事を何も話さなかったのか。


 つか忍的にはユウの方は気にならなかったんだろうか。

 ユウも一応幼馴染だろ。なんで攻略を始めたユウじゃなく街でくすぶってた俺の方を監視してるんだよ。


「すみません! お待たせいたしました!」


 と、俺とジンがそんな会話を続けていると、洗面所の方から忍が慌てた様子で走ってきた。


「早かったな」


「はい! 龍児君をお待たせするわけにはまいりませんので!」


「そ、そうか」


 な、なんかコイツ、凄い気合入ってるな。

 AGI全振りだから動きが機敏に見えるってだけかもしれないが。


「後は忍に訊ねるといい。修児について私から君に話せそうなことは今ので全部だからね」


「ああ、わかった」


 結局コイツからはあんま有益な情報は得られなかったか。

 あえて喋らなかった事もコイツならあるのかもしれないが、今は忍に聞く方を優先しよう。


「え……しゅ、修児さんのことについて話してたんですか……?」


「そうだが、何か問題あるか?」


 忍は俺らが修にぃについての会話をしていたという事を知ると、口元を引きつらせて俺から目を逸らした。


 なんだこの反応は。


「……なあ、てめえは今まで修にぃと一緒にいたんだろ? なら修にぃが何を考えているだとか、そういう話はしたことないか?」


「…………」


 俺が忍にそう訊ねると、忍は何も言わず俺に背を向けてしまった。


 ……コイツ、まだ何かを隠してるな。


「……忍、もうてめえは解放集会でもなければ修にぃの仲間でもないんだろ? だったら俺らに隠し事する意味なんてねーだろ」


「それは……そうなんですけど……」


 忍は俺に背を向けたまま、そんな煮え切らない返事のみを返してくる。


 なぜだろうか。

 もう何か隠すことなんてないはずなのに、忍はどうも口を割りそうにない。


「……すみません。やはりこれは龍児くんと修児さんの問題です。修児さんからも固く口止めされていることですので」


「……なんだよそりゃ。てめえは今でも修にぃの仲間なのか? 今でも俺の敵なのか?」


「そ! そういうわけではありません!」


 俺が忍を訝しむ目で見ながら疑いの言葉をかけると、忍は振り返って自分が俺の敵でないと主張した。


「ただ……これは龍児君が直接修児さんに会って解決しないといけない問題ですので……」


「直接……か」


 できれば修にぃと直接会うことはしたくない。

 だが修にぃの身近にいた奴らがこんな調子じゃどうしようもない。


「……今から会いにいってみますか?」


 けれど忍はその代わりとでも言うかのように、俺に向かってそんな事を訊ねてきた。


「…………へ? な、なんだって?」


「修児さんに……会いにいってみますか?」


 俺が忍に間抜けな声で問い返すと、忍ははっきりと修にぃに会ってみるかと俺に聞いてきた。


「い、今からって……ど、どうやってだよ。修にぃって確か王都にいるんだろ……?」


「これを使います」


 俺が訊ねると忍は懐から赤くて丸い玉を取り出した。


 ……アレってキルとか修にぃが持ってたのを見たことがあるが、俺も確か前に1つ手に入れてたな。


「この宝玉は登録した街に一瞬でテレポートができるというアイテムです。再使用に10分かかりますが、これがあれば王都まですぐですよ!」


「……そうか」


 やっぱこの玉はテレポート用のアイテムだったか。

 キルや修にぃが使っているところを見ていたから大体想像は出来てたけどよ。


 だがなぁ……修にぃとまた会うのは数ヵ月後だと思ってたのに。

 これは時間が短縮できたと思って喜んでいいのか、気持ちの整理が出来てないと嘆いていいのかわからないな。


「どうしますか? 今の龍児君ならこのまま旅をしてレベル上げをする意味もないと思いますが……」


「まあ、な……」


 今の俺には全ステータスをカンストさせるというデバッグスキル『ドラゴンロード』がある。

 だから後はどれだけ早く大魔王……修にぃを倒せるかにかかっているのだが……


「……仕方ない。行くか」


 戦う事になったら、そん時はそん時だ。


 いつまでも修にぃを怖がっているわけにはいかない。

 修にぃとはいずれ戦わなくてはならない。



 何の憂いもなく俺がシーナと一緒にいるために、俺は修にぃを倒す。



 シーナは俺を受け入れてくれる。

 俺の帰る居場所、俺が生きる理由になってくれている。



 今の俺は、シーナがいてくれるだけでなんでもできそうな気さえする。




「他のお仲間はどうします? なんでしたら私が今から超特急で呼んできましょうか?」


「ああ、そうだ――いや、やめとこう」


 俺は一瞬、シーナ達やユウ達を一緒に連れて行こうかと考えたが、それはあまりよくないかと思い直して忍に断りを入れた。


 今の俺は1人でも戦える。

 そして修にぃ相手に数で対抗することはできない。



 おそらく大魔王である修にぃも、俺と同じようなスキルを持っているのだろう。

 それなら修にぃを倒せるのは俺だけであり、俺を倒すことができるのも修にぃだけだ。


 解放集会のキルも赤音もニャルルももはや俺の敵じゃない。


 ここから先は俺と修にぃだけの戦いだ。



 そう、俺は思い込むことにした。



「忍、王都へ頼む」


「は、はい! 了解です!」


 俺は忍に王都へ行くよう告げると、忍は手早く朝食を片付けて俺の手を握ってきた。


「……何してんの?」


「え! あ、こ、これはテレポートをするために必要な事ですので!」


「ふーん……」


 ……まあ別に手くらいならいいか。

 これは浮気じゃないからな、シーナ。


「よし、それじゃあいこうか、2人とも」


「……てめえも行くのか」


 俺が忍に手を握られたのを気にしていると、忍の背後にジンが立った。


「当たり前だよ。私は君達の行方を最後まで見届ける義務があるんだからね」


「義務ねぇ……」


「そ、それではいきますよ! 『テレポート』!」


 ジンが何を考えているのか読み取れず、俺がジンをジト目で見ていると、忍がテレポートを唱えて景色が変化した。

 俺にとって初めての瞬間移動だったが、特に問題はなかったようだ。



 俺ら3人は無事、無人の王都、ゼロードへと到着した。

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