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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
最終章 王都
124/140

おしかけ

「……なんの用だよ、シーナ」


 1人で高級宿に泊まる俺の部屋にシーナが尋ねてきた。

 そしてシーナは俺が部屋の中に入れると、部屋を見回してポツリと呟いた。


「……良い部屋じゃない」


「まあ……そうだな」


 確かにこの部屋は普段泊まるような宿の10倍以上、宿泊費が高いからな。

 完全個室だし、広いバスルーム完備だし、ベットはふかふかだし、高級そうな置物や高そうな酒みたいなのも部屋には常備してある。


 それを見ると、ここは宿というか高級ホテルという感じだ。


「私もこっちに泊まってみたいわね。あんたは床に寝てそこのベット私に寄越しなさいよ」


「いやいや……ここ1人部屋だからダメだっつの。後で2人分の料金とられっぞ」


「む……それはちょっと困るわね」


 俺が今日泊まるこの部屋の宿泊費を知っているシーナは、俺の忠告を聞いてすごすごと引き下がっていた。


 ……つか


「……もし俺が2人分の宿泊費払ったらシーナはここに泊まるつもりなのかよ?」


「そ、そういうつもりで言ったわけじゃないわよ! 勘違いしないで!」


 そういうつもりってどういうつもりだよ。

 一体どういう意味だ。


「それで? 今のあんたはどっちなの?」


「へ?」


「へ? じゃないわよ。さっきあんたが説明してたことじゃないの」


「……ああ、それか」


 さっき俺が説明したこと。

 それはジンのことや神楽のこと、それに修にぃのこと以外にもまだあった。


「俺は地下でシーナを振った方の俺だよ」


「そう、ふーん」


 俺という存在、詳しく言えば、俺の中に二つの人格があるという話もシーナ達には説明した。

 俺自身、あんまり考えたくなかった事柄ではあるんだけど、話さないわけにもいかなかった。

 まあシーナ達は俺の話を聞いてもあんまりピンとこなかったみたいだがな。


 俺の中にはもう1人俺がいる。

 しかもソイツは、どうやら俺とは違って最初から龍児として存在する人格のようだ。俺のような紛い物じゃない。



 つまり俺という存在はイレギュラー、本物とは言えないんじゃないだろうか。



 俺が佐藤龍児である以上、多分俺はどっかのタイミングで派生した人格なんだ。

 そうじゃないと俺が今まで佐藤陽菜だと思い込むわけがない。


 俺は女じゃなく男だった。

 それを俺がなんなく受け入れられてしまったというのも、これが本来あるべき姿だったからなんだろう。



 だから俺は、もしかしたら、いてはいけない存在なんじゃないだろうか。



「それなら話は早いわね」


「……? なんのだ?」


 ……いかんいかん。

 今はシーナと話している最中だった。


 それに今考えた事はあんま考えない方がよさそうだ。


「あんたの返事をもう一回貰うにはちょうどいいって思ったのよ」


「返事?」


「……私の告白についてのよ」


「あ」


 ……そうだ、そうだった。


 そういえば俺ってシーナに告られてたんだった。

 修にぃやジン、大魔王のことで頭が一杯だったから、それについてを考える暇がなかった。


 そっか、俺、シーナに告白されたんだ。



 …………



「! ちょ、ど、どうしたの?」


「へ? 何が?」


「……今のあんたの顔、凄いニマニマしてて気持ち悪いんですけど」


「!? き、気持ち悪いってなんだよ!? てめえ俺のこと好きなんじゃねーのかよ!」


「そ、そうだけど……普段ぶすっとした顔したあんたがいきなりヘラヘラしてんだもん。流石の私もビビるわよ」


「そ、そうか……」


 なんかシーナに気持ち悪いと言われるのは結構ショックだ。

 これからはもう少しキリッとした表情になるよう心がけよう。


「……だからといってキメ顔されても反応に困るんですけど」


「 」


 だったらどうすれば良いって言うんだよ……


 俺はどうすることもできず、シーナから隠れるように両手で顔を覆った。


「……あんたがそんなアクションしても全然可愛くないわよ?」


「うっせ。別に俺は可愛いと思ってこんなことしてるんじゃねーよ。シーナにどんな顔すりゃ良いかわかんねーからこうしてるんだよ」


「いつも通り自然にしてればいいでしょうが……」


「そうか……」


 だけど俺の自然ってどんなんだったろうな。

 それに俺は修にぃを真似た言動をするから、それが俺本来の動きなのかと言われると微妙だ。


 だが今はそんなことも考えてる時じゃあないか。

 俺はとりあえずシーナをソファの方へ行くよう促し、俺とシーナは隣り合う形で座った。


「……おっと」


「?」


 俺はソファから立ち上がり、シーナの対面にある1人用の椅子に座った。

 今ナチュラルにシーナの隣に座ってたが、それはあんまよくないよな。


 どうも俺は女性に対して接する距離感が近い。

 男だという自覚が出来た以上、これからはそれなりに距離をとらないとな。


「……なんで今座り直したの?」


「いや、その、なんていうかな。俺は自分が男だってことをちゃんと思い出したんだ。だから異性の隣に座るのはよしておこうかな、と」


「……ふぅん。今のあんたでもちゃんと私を異性として見てるんだ?」


「あ、ああ。まあ、そういうことになる……かな」


「へ~そう。ふ~ん」


 俺の発言を受けたシーナは口元をニヤリとさせてしきりに「ふ~ん」と言い続けている。


「な、何が言いたいんだよ?」


「ん? いやこれなら地下の時みたいにはならないだろうなって思って」


「地下?」


「あんたがいきなり俺は女だとか言って私の告白から逃げたことを言ってんのよ」


 ……ああ、なるほど。


 つまりシーナは男であると自覚のある今の俺なら、地下の時とは違った返答になると踏んでいるわけか。

 確かにシーナをフッた理由そのものがなくなったわけだからな。それにあの時俺はシーナに気があるような事も言っていた。



 …………ん?



「シーナ……俺は今、凄いことを閃いてしまった」


「何よ?」


「俺とシーナって男と女なわけじゃん?」


「? そうね」


「つまり俺とシーナは合体できるってことか」


「ぶはっ!?!?!? げほっごほっ」


 シーナがむせた。


 そこまで突拍子もない事を言ったつもりは無いんだけどな。

 今の状況を考えた上での合理的な結論だ。


「ちょ、あんた! いきなり何言い出してんのよ!」


「何って、俺は冷静に今の状況を分析しただけだが?」


 そう、俺はとても冷静だ。


 自分の事を好きと言ってくれている好きな子と密室に2人っきりですぐ傍にベットもあるという完璧な状況だが、俺はいたって冷静だ。


「突然わけわかんないこと言ってんじゃないわよ!」


「そうだな、スマン」


「わかればいいのよわかれば……」


「セックスと言えばわかりやすかったな」


「そういうことじゃないわよ!? 言っている意味がわからないわけじゃないわよ!?」


「なんだーそうだったのかー」


 俺の言い方が悪かったわけじゃなかったかー。


 いやーそっかー、俺勘違いしちゃってたなー。

 俺が勘違いしたせいでシーナを焦らせちゃったなー。


「てゆーかあんたそういう直接的なワードを言うようなキャラじゃなかったでしょうが! 何いきなり下ネタ言い出してんのよ!」


「確かにそうだな」


 今までの俺は自分の性別をあんまり意識したくなかったからそういう話は一切してこなかった。


 まあ、もう一方の俺がそれ系の話をしないとは言い切れないが

 でもどうせアイツは「俺は硬派だからそういう話はしない」とかそういうノリなんだろう。


 今日も俺の行動を振り返ってみると、キルレアコンビに手加減のようなことをしていたし、多分その時はアイツが表に出てたんだ。

 おそらくアイツは女に対して本気とか本音が出せない奴なんだろうな。ヘタレめ。


 だが今の俺はそういうことに対して忌避感はない。


「シーナ的には下ネタを言う俺はマイナスか?」


「マイナスに決まってんでしょうが!」


「そうか」


 だがシーナが嫌がるんならしょうがないな。

 俺もシーナにガチで嫌われるような事はしたくない。

 下ネタは封印するか。


「でもそういう流れかと思ったんだけどな、こう2人っきりって状況は」


「だ、だからそういうことを言うのはやめなさいって……それに色々順序守りなさいよ……」


「順序? そんなのあんのか?」


「あるに決まってんでしょうが!」


 俺がとぼけた様子でいるとシーナは顔を赤くしながら怒っていた。


 まあここまでシーナに直接的なことを言っている俺も、いきなりこの場でおっぱじめるというような雰囲気じゃないことくらいちゃんとわかってるさ。

 だがシーナをいじるにはうってつけの内容だ。

 ここはシーナに会話をリードさせよう。


「それで、シーナはどんな順序でいくことを望んでるんだ?」


「え? えっと……ま、まずはお互いの気持ちを確かめること……でしょ?」


「告白だな。それで?」


「そ、それでお互いに好きだってなって付き合うことになったら……デートとかして、1年くらい一緒の時間を過ごしたりして……」


「ほほう1年か、そうしたら?」


「それで……そこまでいってお互いの気持ちがちゃんと本物だって確かめられたら……そういうことをする……かな?」


「子供かっ!?」


「!?」


 思っていたより気長なことを言っているシーナに向かって俺はバッサリと言い放った。


 今のは俺がシーナに聞いたのが悪かったのか。

 シーナ的にはそれが理想的な流れなのかもしれないが。


「今時1年も付き合ってキス止まりってなかなかないと思うぞ。絶対とまでは言わねーけどよ」


「で、でもそういうことはちゃんと好きだって言える人としたいし……」


 ふむ。

 やっぱあれか。シーナはあれだな。


「なんか発想が処女臭いんだが、シーナは今まで誰かと付き合った事とかないのか?」


「う……」


 俺がシーナにそう指摘すると、シーナ口元をピクピクさせて俺から目を逸らした。


 へー、なんか意外だな。

 中身は人を選ぶが、見た目結構モテそうだからもしかしたら1人や2人、付き合った経験があるかもと思っていたのに。


「……そうよ、悪い? 私が処女だったら悪いの?」


「いや、悪くはねーけどよ」


 俺はシーナにどっちでなければいけないなんてことを言う気は無い。

 だが顔を真っ赤にして恥ずかしがるシーナの口からそういうことを言わせるというのはなかなか良いもんだ。


「それにどうせあんたも童貞でしょ? あんたが今まで誰かと付き合えたなんて思えないしね」


「…………」


 ……俺は……どうなんだろうか?


 俺はそういうことをした記憶が無いが、俺の記憶はイマイチ信用が無い。

 もしかしたら俺自身が性別を意識しなくて済むように忘れているという可能性もあるわけだが……



 いや、多分無いな。

 俺の中にいるヘタレにそんなことをする度胸があったとも思えない。



 うん、俺は童貞。

 これでいこう。


「……え、ちょ、あ、あんたはもしかして……経験あんの……?」 


「…………?」


 俺が考え事をして少し黙っていると、シーナは途端にうろたえ始めていた。

 おそらく俺は童貞なのだが、俺が意味深な無言をしてしまったことから、どうやらシーナは誤解をしてしまったようだ。


 俺はシーナの誤解を解こうと口を開く。



 …………



「さあ? それはどうだろうな?」


「!?」


 だが俺はわざと余裕のある笑みを作り、シーナにあいまいな答えを出した。

 するとシーナは若干悔しそうな表情でふんっと息を鳴らしていた。


「へ、へえ、ま、まあ? 別に経験あるほうが偉いってわけでもないし? だから何?って話なんだけど?」


「だよな! 別にシーナに経験が無くてもそれで劣ってるってわけじゃないもんな!」


「そ、そうよ! むしろ女の場合経験が無い方がステータスになるんだから! だからあんたが経験あろうとなかろうとどうだっていいのよ!」


「だな!」


 今のシーナの発言は俺の経験云々にどう結びついてるのか全然わからんが、シーナが焦ってる姿が見れたので俺は満足だ。


「そ、それじゃ本題いくわよ! いいわね!」


「ああ、いいぞ」


 なんかもうここまで喋っておいて今更ってカンジだけどな。

 だが佇まいを正したシーナを見て、俺も姿勢を伸ばしてシーナの言葉を待った。


「ま、まずはあんたがどう思ってるかについてよ。あんたは地下で私の事を好きって言ってくれたじゃない? それは異性としてなの?」


「そうだな、今の俺はシーナのこと好きだぞ。異性として」


「そ、そう」


 男であることを思い出した以上、俺がシーナを振る理由は何もない。

 俺は椅子から立ち、シーナの方へ近づいていく。


「それなら……キス……とか……してみる?」


 そしてシーナもソファから立ち上がり、俺の方へと歩み寄ってきた。


「……でもいいのかよ? もしかしたらてめえが好きだと思ってる俺は今の俺じゃないかもしれないんだぜ?」


「今更何言ってんのよ。私とこんな会話ができるのはあんたしかいないわよ」


 そうだった。

 シーナは積極的にいじる方の俺を好きになったんだよな。


 シーナが好きなのはアイツじゃなくて俺。

 それを理解した俺にはシーナを拒む理由なんてどこにもない。


 そう、俺らをさえぎるものは何もない。


 俺はシーナを抱き寄せ、頬を赤く染めて目を瞑ったシーナの唇に……




 …………




「……ちっ、こんな時に邪魔すんなよ」


「?」


 俺がシーナの唇に触れる直前、俺の体は硬直し、酷い頭痛に苛まれた。


 それに俺の中の何かが、俺の動きを阻害している。

 今まではこんなことなかっただろうに、どこかの馬鹿が俺の体を勝手に動かそうとしている。


「ぐぅっ……悪い、シーナ……今は……ちょっと……」


「え、ど、どうしたの?」


 シーナから離れ、ふらつく俺にシーナが声をかけてきた。

 だが俺はシーナへ禄に言葉を返せず、椅子に深く座り込んだ。


「……やっぱコイツをどうにかしなきゃいけねーのか」


「あんた大丈夫? なんかぶつぶつ独り言ってるけど」


「ああ、とりあえず大丈夫だ。今はな」


 だがこんな状態じゃシーナとあれこれする事はできそうにない。

 今の俺は相当厄介な病気を抱えているようだ。


「スマン、シーナ。今はそういうことできそうにない」


「そ、そう……」


 せっかく今、物凄くシーナといい雰囲気になりそうだったのに。

 シーナもなんかしょんぼりしてるし。


「ホントスマン。これは俺自身の問題なんだ。シーナのせいじゃない」


 俺は珍しくもシーナに謝り、1つの決意を胸に宿らせた。


「この続きは元の世界に帰ってからにしようぜ」


「…………」


 そうだ。

 この世界にでは無理だろうが元の世界に帰ってちゃんと医者に見てもらえば、俺のこの病気も治せるだろう。元の一つの体に一つの人格という形にできるだろう。


 けれどそれはもしかしたら俺とアイツ、どちらかの人格が消える結果になるのかもしれない。

 人格が融合して今の俺ではなくなるのかもしれない。


 それにもしかしたらアイツの方がメインの人格なのかもしれない。アイツの方が元の人格なのかもしれない。




 ……だがそれがどうした。


 俺は絶対消えない。消えてたまるか。


 もしも俺とアイツ、どちらかが消えることになるのだとしたら、それはアイツの方だ。

 そして晴れて正常になった俺は、シーナと一緒に面白おかしく毎日を過ごすんだ。


 俺はそう決意し、シーナの方へ顔を向けて目を合わせた。


「……本当に帰れると思う?」


「へ?」


 けれどシーナは、やる気に満ちた俺とは対称的に、どこか愁いを帯びたような表情をしていた。


「これは私の勘違いかもしれないけど……」


 そしてシーナは、俺に核心を突いた言葉を放った。



「リュウ、あんたは……あんたのお兄さんとは、戦えないんじゃないの?」

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