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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
最終章 王都
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過去

 俺にはすごい兄がいた。


 兄は何でも出来た。


 そして、俺が生まれる前から兄は兄だった。




 兄の名前は佐藤修児。


 修める子供という意味だろうか、お父さんたちはおそらく優秀な子に育ってほしいという願いを込めてその名を付けたのだろう。

 まあそれなら修児ではなく秀児でもよさそうなものだが、その辺はニュアンスの問題か。


 それに修児という名の意味をお父さんたちに直接訊ねた事はなかったので、どういう思いでその名を付けたのかは推測の域を出ない。


 しかし、どういう思いで名を付けたかどうかは関係なく、修にぃはその名の通り、優秀な子として育っていった。



 勉学に勤しんだかと思えば全国模試で1桁の順位に居座り、スポーツを始めれば全国大会に出場し、道場に通ったかと思えば師範代を打ち倒していた。

 何が言いたいかというと、修にぃはやることなすこと全てにおいてトップクラスの成績を修めていたということだ。


 当然周囲は修にぃを持て囃し、妬んだ。

 修にぃの進む先にはいつも尊敬と憎悪の眼差しがあった。



 そして、もしかしたら俺も、そんな視線を向ける1人だったのかもしれない。






 少し年の離れた兄、佐藤修児は、俺にとって誇りだった。


 俺が幼稚園に通っていたというような本当に小さかった頃、修にぃと歩くといつも大人はにこやかに兄を褒めて、いずれは君もこうなりなさい、立派な兄を持って君は幸せものだ、というような言葉を俺にかけてきた。

 だから俺も修にぃを見習って勉学やスポーツを頑張っていた。


 けれど俺は修にぃほど優秀ではなく、どれだけ頑張っても秀才の域を出なかった。

 そのせいで周りから努力が足りない、少しは優秀な兄を見習え、という散々な評価をされてしまっていた。


 しかしそんなことを言われ続けた時期もそう長くは無かった。

 何故なら修にぃは次第に悪ガキへと成長していき、大人達を困らせる行動をとり始めたからだ。


 また、その頃から修にぃは俺らと遊ぶ機会が多くなった。


 俺らとはつまり、俺こと龍児、俺の妹であり修にぃの妹でもある陽菜、幼馴染その1である友也、それに幼馴染その2である心の4人のことだ。


 友也と心は俺が保育園に通っていた頃に知り合い、それ以来心が引越しをするまでずっとつるんでいた仲だ。

 陽菜はその3人でつるんでいた中、いつも俺の後ろをついてきたために、結局毎日4人で遊ぶという流れになっていた。


 そんな中に修にぃは紛れ込んだ。俺らは5人になった。

 年に差があるため、最初こそ修にぃは遠慮めいた態度をとっていたが、連日俺らと遊んでいるうち、修にぃは気楽な様子で俺らと一緒に町の中を駆け回っていた。


 また、修にぃはその頃から心の姉である迅さんの影響で大のつくほどのゲーム好きとなり、俺らとゲームをして遊んだりもした。

 それに修にぃは、ここ数年で実現の目処がたったというVR技術がゲームに転用されるのを期待し、俺らにもその情熱を語っていた。


 ちなみに友也がゲーム好きなのは間違いなく修にぃと迅さんのせいだろう。

 友也は俺らの中で一番ゲームの面白さにのめり込み、修にぃとゲーム話で2人だけ盛り上がるというようなことも多々あった。

 また、俺はその頃の友也がゲームのネタバレをしまくるのをきっかけにしてゲームから遠ざかったというようなこともあった。


 今思えば、あれは兄を友也にとられたと思っての、八つ当たりのようなものだったのかもしれない。


 だがそんな日々も心が引越しをするという辺りから変化が訪れた。

 心が引越しをして俺らは5人から4人となり、何かが欠けて寂しいと思う日々が流れた。



 そして心がいなくなってからおよそ半年という期間が過ぎ、やっと寂しいと思う事も少なくなってきたという頃になって突然、親の離婚話が浮上した。



 俺はその時まだ幼かった。

 だからどうして父と母が何を言い争っているのかよくわからなかった。


 けれど今ならその内容がわかる。

 父と母の仲が悪くなったのは、修にぃが優等生であることを止めたからだ。



 修にぃは俺らと遊ぶようになる以前までは神童として持て囃されていた。

 しかしその神童は、次第に周囲と軋轢を生む行動をとり始めた。


 態度が悪く、口も悪い。何かあるとすぐ殴りかかる乱暴者。

 かつて、誰からも褒め称えられた優等生という評価は一転して問題児というレッテルを貼られるようになった。

 しかもそれでいて、それまで通り優秀な結果を残し続けていったのだから、修にぃは周りから良く思われなくなってきた。



 そしてそのしわ寄せは父と母にもきてしまった。

 曰く、修にぃの素行が悪くなったのは親のしつけがなっていないからだ。あれだけ才能のある子が親の育て方の悪さで潰えるのは本当に残念だ。

 こんなようなことを修にぃの周りで期待していた大人たちは言い、父と母を疲弊させていった。


 結果、父と母が行き着いたのは責任の押し付け合いであり、それによる夫婦関係の悪化、離婚話という流れにまで発展した。

 また、その時修にぃは「いずれ父ちゃん達も仲直りしてくれるはずさ」と言って俺らを親から遠ざけるような行動もとり始めていた。

 だから俺と陽菜はその話に介入することさえできなかった。



 そして結局、父と母の離婚調停が成立し、俺らの家族から父がいなくなった。

 父は俺らを置いていき、母は俺と陽菜を引き取った。


 また、修にぃは何故か学校を辞めて仕事に就き、俺らから離れるように一人暮らしを始めてしまった。



 こうして俺の周りから父と兄がいなくなった。



 母と妹、俺の三人で暮らす生活は、1つの事柄を除けば特に問題はなかった。

 一応父から毎月養育費と生活費が銀行の口座に振り込まれてきていたようで、慎ましく生活していれば金銭面での問題はなかったのだが、母は体が弱かった。


 特に父と離婚してから、母はことある毎に体を壊し、病院で生活する事が多くなった。









 そしてその時が訪れた。

 俺はかつて家族だった父に誘拐されていた。


 父に誘拐されるというのも変な話ではあるが、状況的にそう言ったほうが正しい。

 行動の自由を奪われ、小部屋に軟禁されていたのだから、誘拐というその表現が正しい。


 父はその部屋でタバコを吹かせながら俺に『お前は修児の代わりだ。お前は修児になれ』と言った。

 それに対して俺は言った。『俺は修にぃのようにはなれない』と。


 俺は修にぃのようにはなれない。それは修にぃがまだ神童として持て囃されていた時に思い知らされた事だ。

 それを今になってまた目指すなんてことが、その時の俺には出来なかった。


 俺はどうすることもできず、父から受ける暴行に耐えるしかなかった。



 けれど、修にぃはそんな俺を見逃さなかった。

 一人暮らしをしてから俺らと疎遠になっていたはずの修にぃは俺を探し、父の住まう家で軟禁状態にされた俺を見つけ出した。



 だが、その時偶然にも父が帰宅してしまい、俺を助けようとしていた修にぃと鉢合わせてしまった。



 父は修にぃを見た瞬間激怒し、修にぃに掴みかかった。

 しかし武道においても天才であった修にぃにとっては父など相手にもならなかった。

 修にぃに投げ飛ばされ、父は台所に背中を打っていた。


 修にぃは確かに強かった。まともに戦えば誰も敵わないんじゃないか、と思わせるほどに。



 が、誰にでも隙がある時はあるものだった。

 あの時、助けに来た修にぃに、俺が言ってしまった一言が、修にぃに決定的な隙を生み出してしまった。


 そしてその隙ができてしまった修にぃの背後には、包丁を修にぃに突き立てる父の姿があった。



 俺は、その光景を見た後、朦朧とし始めた意識の中で、修にぃが父を殺す場面を目撃した。






 そして、それからの俺はかつて一緒にいた修にぃを必死に模倣し始めた。


 口癖、態度、仕草、行動を真似し、それに勉学や武術、スポーツなどへも死ぬ気で取り組んだ。

 その間俺は自分を甘やかす行為、遊びの類は一切手を付けなかった。



 その結果、俺は学校で一番の成績を取り、運動面でも俺に勝てる同級生はいなくなった。

 流石に全国クラスと比べるとまだまだというレベルではあったが、その頃の俺は神童の再来という呼ばれ方をしていた。



 だがそれも長くは続かなかった。

 その原因の1つが友也に関するいざこざによる俺の暴走であり、もう1つが母の自殺であった。


 この2つの出来事から、俺は荒れに荒れた。

 そして周りから問題児の再来という呼ばれ方に変化した。


 その頃は毎日ケンカに明け暮れた。

 気に入らなければぶちのめす。話しかけてきたらぶちのめす。目が合ったらぶちのめす。もうその頃の俺は色々どうでも良くなっていた。


 しかもタチの悪いことに、俺は並の不良よりも強かった。

 連日連戦を繰り返しても俺を倒せる奴は存在せず、俺を止められる存在も不良の中にはいなかった。



 けれどそんな日々にも終止符が打たれた。

 あの出来事以来引きこもり状態であった友也が、俺の前に立ちふさがった。


 そして俺は妹の存在を気づかされ、それ以来俺は陽菜を守る事を一番に考えてきた。


 もう陽菜を守れるのは俺しかいない。

 陽菜にはもう俺しか家族がいない。




 俺にはもう……陽菜しか家族がいない……そう……思っていたのに……








 俺は修にぃと戦わなければいけないんだろう。

 修にぃが大魔王であるのなら、修にぃを斃さなければ元の世界に、陽菜の所に帰れない。


 だったら俺は修にぃと戦わなくてはならない。

 修にぃが何故ここにいるのかも、どうして俺と戦うことになったのかも関係なく、俺は修にぃと戦わなくてはならない。


 俺には戦う理由がある。


 ……いや、修にぃにも俺と戦う理由、俺を殺したいと思う理由はあるか。






 俺は、俺以外の誰かが自分の体を動かしているところをぼんやりと眺めながら、そんな事を思っていた。

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