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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
5番目の街
119/140

それでも俺は俺だった

「修……にぃ……修……にぃ……?」


 誰……だ……?


 佐藤……修児……?


 一体誰だそれは……?


 俺にはそれが誰なのかわからない……わからない……はずなのに……


「てめえいきなり呆けてんじゃねえよ。久しぶりに兄弟で話してるってのによ」


「きょう……だい……?」


 なんだ……それは……


 俺の家族はもう誰もいない……はずだ……


 俺にはかつて父と母……それに……佐藤龍児という兄の3人の家族がいた……


 そこに佐藤修児などという……兄の存在なんて……


「ち……違う……俺に修にぃなんて兄はいない……俺には……龍にぃしか兄は……」


「てめえまだ自分が龍児じゃないとか思ってやがんのか?」


「そ……そうだ……俺は……龍にぃでは……佐藤龍児では……」


「いい加減にしろ。てめえは佐藤龍児だ。何度も言わせんな」


「俺は……俺には……修にぃなんて兄は……」


「チッ、なんだコイツは。俺の事忘れてやがんのか?」


「ふむ、おそらくだがこれは君がこの世界に来たために君の存在が元の世界で薄くなった弊害だろう」


「ああ……そういえばそんなこと前に言ってたな」


「しかし完全に無くなったわけではないんだがねえ。どうなっていることやら」


 俺の目の前にいる2人は俺を差し置いて何かを話し続けている。


 だが俺にはそんなことどうでもいい。


 今の俺にコイツらが話している内容なんて頭に入らない。


「俺は……俺は龍にぃを目指して……龍にぃを演じて……」




「あ? てめえ何言ってんだ。今のてめえはどう見たって俺を真似てんだろ?」




「!!!!!」


 ああ、そうか。


 俺は佐藤陽菜として今まで龍にぃを演じてきた。


 その……はずだった。



 龍にぃの後を継ぐべく、龍にぃを演じ続けた。


 それが……俺の贖罪だからだ。



 俺は龍にぃを死なせてしまった。

 俺のせいで龍にぃは死んでしまった。


 だから俺が龍にぃの代わりにならなくてはならない。ならなくちゃいけなかったんだ。




 ……そう……俺は思ってきた。




 なのに……それでも……それでも俺は……




「俺……だった……」



 俺は……俺だった。


 俺は陽菜ではなく……龍にぃを演じていたわけでもなく……俺は佐藤龍児そのものだった……



「俺は……俺が……龍児だったのか……」


「ハァ……ようやく認めたかよ、龍児」


 目の前にいる男は、俺が龍児であると認めると露骨にため息をついていた。


 そう。

 この目の前にいる男。佐藤修児は俺に向かってため息をついていた。


「修……にぃ……」


「なんだよ」


「修にぃ……なのか……?」


「そうだぞ。てめえ俺の事忘れちまったのか」


「いや……今……思い出した……」


 そうだ。思い出した。


 俺には兄がいた。

 それも龍児ではなく、修児という兄が。


 俺が龍にぃだと思っていた存在は修にぃだった。

 修にぃの存在がそっくりそのまま龍にぃとして置換されていた。


 俺は、無意識に佐藤龍児という自身の存在を消して、その空きを修にぃに置き換えて目指していたんだ。


「さて、それじゃあ本題に入ろうか」


「……本題?」


 突きつけられた真実に気分が悪くなっている俺に向かって、そこにいたもう1人の男はそんなことを言い出した。


「つか……てめえは……一体誰なんだよ……」


 俺はその男に訊ねた。


 この男には修にぃのような見覚えは無い。

 つまり初対面ということになる……はずだ。


 だが……この声にはどこか聞き覚えがあった。



 それは……



「そういえば自己紹介がまだだったな」


 その男は俺に告げる。


「私の名は神楽。『解放集会』の序列2位でこの世界の神だ」


「か……神……?」



「そうだ。君たちプレイヤーとは以前一度だけ会話をしたことがあったが、大分前の事だからもう忘れてしまったか」



「!!!」


 この声は、最初この世界にきた時に現れたあの黒い影……あの男の声だった。


「てめえが……俺らをこの世界に閉じ込めたのか……?」


「閉じ込めたとは人聞きが悪いな。君たちをこの異世界に招待したのは確かに私ではあるが」


「ッ!」


 俺は、その言葉を聞いた瞬間、その男に殴りかかった。



「無駄だ」



「!?」


 だが、その男の顔面を殴ったはずなのに、男は吹き飛ぶことなく、それどころかその場から動かずにいた。


 殴った男の顔に変化も無い。

 つまり、ノーダメージということになる。


「私は神だ。そんな攻撃では私を倒すことなんてできない」


「そ……そんな……」


 今の俺は『ドラゴンロード』を解いていない。

 つまり今の攻撃はこの世界で最強クラスの攻撃だったはずだ。


 それなのにこの男は避けることもせずに俺の拳を顔面で受け止め、そしてダメージらしいダメージもなく俺に向かって話しかけてきた。


「それに君が戦うべき相手は私ではない。そうだろう? 修児」


「なに……?」


 どういうことだ?


 戦うべきはコイツではない?


「そうだぜ龍児。てめえと戦うのはこの俺だ」


「修……にぃ……?」


 俺が神楽という男の言葉に疑問を持っていると、修にぃはそんなことを言ってきた。



「この俺、『大魔王 エンドロード』とてめえは戦わなくてはならない」



「大……魔王……?」


 それは……俺らが最後に倒さなくてはならないモンスターのはず……


 それをどうして修にぃが……?


「ついでにてめえのクラス名も確認してみな」


「は……?」


 俺は修にぃの言うとおり自分のクラス名を確認する。


 すると、俺のクラス名に変化があった。



 俺のクラス名は『大魔王 ドラゴンロード』となっていた。



「な……なんだこれは……どうして俺のクラス名に大魔王なんて文字が……?」



「それは神楽が君たち2人を大魔王に任命したからさ。龍児君」



「!?」


 俺が今起きている状況に理解が追いつかない中、そこへ更にもう1人、謎の女が現れた。


「ジンか。やっぱてめえもここに来たか」


「当たり前さ、修児。こんな重要な場面に私がこないはずがないだろう」


「……てめえらの知り合いかよ」


 俺の脳みそは修にぃと神楽とかいう奴の事でいっぱいいっぱいだってのに、ここへ更にわけのわからない女が現れるとか勘弁してくれ。


「あれ、もしかして私の事がわからないかい? 龍児君」


「あ? てめえのことなんて俺は知らねーぞ」


「本当かい? この私の姿は覚えていなくても、私の声までは覚えがないとは言わせないよ」


「声って………………!!!」


 そうだ。

 俺はこの声に聞き覚えがある。


 この声は、あの夢の中に出てくる女の声だ。


「てめえ……前に囚われの身とか言ってたじゃねーかよ」


「囚われているとも。君達同様、この異世界にね。というよりも今はそんなことどうでもいいだろう?」


「……そうだな」


 今はコイツが何故ここにいるのかが重要だ。

 だが、さっき修にぃがコイツを『ジン』と呼んでいたことも俺の記憶に揺さぶりをかけてくる。


 それが何か重要な見落としをしているようでならない気分にさせ、俺の脳みそを圧迫してくる。


「つまり、君側の代表は龍児君ということで正しいか?」


「その通りだよ、神楽。龍児君こそ私が選んだ最強のプレイヤーだ」


 そして俺を置き去りにするように神楽とジンが会話を始めていた。


「それで、神楽の方では修児を出すつもりだろう?」


「当たり前だ。元々そういう約束だったからな」


「そうかい。それじゃあひとまずお引取り願おうか。元々君達もここで決着をつける気は無いんだろう?」


「まあ、そうだな」


「!」


 神楽とジンはそこで話は終わりだと言わんばかりに歩き出した。

 神楽は修にぃのもとへ、ジンは俺のところへと。


「おい! 何勝手にてめえらだけで決めてんだよ!」


 俺はそんな2人を見て無性に腹が立ち、その場で怒鳴り散らした。


 けれどそんな俺の姿を目にしているはずなのに、尚もジンという女は軽く俺に言い放つ。


「はっはっは。別に良いじゃないか。君だって連戦で体にガタがきているだろう? 今はゆっくり休みたまえ」


「そうじゃねーよ! なんで俺が修にぃと戦う流れをてめえらが作ってんだってことを怒ってんだよ!」


 俺は神楽とジンに怒鳴った。


 俺らは兄弟だ。

 たとえ修にぃが終を演じて俺らを苦しめてきたとしてもそれは変わらない。


 けれど修にぃが終としてやってきたことを忘れたわけではない。

 終にぃにはそれなりの落とし前をつけてもらう必要があるだろう。


 しかしそれとは別にして、俺と修にぃを戦わせようとするコイツらには嫌悪感を持つ。


「いいや龍児。てめえは俺と戦わなくちゃいけねえよ」


「な、なんでだよ! 修にぃ!」


 だがそんな俺を嘲笑うかのように修にぃは俺に告げる。


「決まってんだろ。俺が『大魔王』だからさ。俺を倒さなくちゃてめえは生きてこの世界から出られねえぞ?」


「う……」


 そうだ。

 修にぃの言っている通り、修にぃが大魔王ならば修にぃを倒さなくちゃ俺らプレイヤーはこの世界から元の世界に帰れない。

 それなら俺らはどうあっても修にぃを倒さなくちゃいけないということになる。


 だが……それでもどうして俺と修にぃが……


「それに、俺がてめえを気に入らねえと思っているからさ」


「!?」


 な……何がだよ。

 俺の何が修にぃを苛立たせているんだよ。


 今、目に映る修にぃの表情は、明らかな殺意を滲ませていた。


「ああ、まったくもって気に入らねえ……あといつまでコソコソしてるつもりだ! 出てきやがれ! 忍!」


「は、はい! す、すみません! すみません!」


「え……?」


 俺が修にぃの言葉の意味を理解できずにいる中、修にぃは何もないところに向けて怒鳴るとそこから突然人が現れて平謝りを繰り返していた。


 その人物は、忍だった。


「忍。てめえも今日で解放集会から除名する」


「え!? ど、どうしてですか!?」


 忍を除名する。

 修にぃは突然そんなことを宣告し、忍は驚きの声を上げていた。


「どうしてもクソもあるか。どうせてめえは龍児とジン側につきたいと思ってんだろ?」


「う……」


「それにやっとジンも姿を現したんだ。ならこれ以上てめえが俺のとこにいても意味ねえんだよ。わかったか?」


「わ、わかりました……今までありがとうございました……」


「おう」


 修にぃと忍は俺らの前でそんな会話をし、忍はさっきまでとは違う意味で修にぃに頭を下げていた。



 ……一体何が起きているんだ。

 色々なことが起きすぎてわけがわからない。


「ちょ、ちょっと待てよ。一体どういうことだよ」


「どうもこうもあるか。これで忍は、シンは俺ら解放集会の一員じゃなくなったって事だ」


「な、なんだよそりゃ……」


 話が飛躍しすぎて上手く理解が出来ない。


 忍は敵じゃない?

 というか、シンだと?


 その名前は……


「やあシン、久しぶり」


「お姉ちゃん!」


「はぁ!?」


 俺がその名前をどこで聞いたか記憶を手繰り寄せていると、ジンと忍はそんな会話をして忍がジンに抱きついていた。


「元気にしていたかい? 修児に虐められたりしていなかったかい?」


「そ、そんなことされてないよ! というよりお姉ちゃんは私達の事、ずっと見てたはずでしょ!」


「はっはっは、まあそうなんだけどね」


 姉妹……なのか?

 つまりあの夢の中でジンが言った妹というのは、忍の事だったのか。



 そして、俺の中でカチリと何かが組み合わさる音がした。


 ジンとシン。

 そんな呼ばれ方をする姉妹と、俺は、修にぃはかつて出会っている。


 それは……


「てめえら……昔俺らとよく遊んでなかったか……?」


「お? よく思い出せたね。そうだよ。私達は君と修児のかつての幼馴染さ」


「やっと思い出してくれたんですね! リュ……龍児君!」


「な……」


 そうか、そうだったんだ。


 俺には友也の他にかつてもう1人幼馴染と呼べる奴がいた。

 ソイツの名前は篠崎心。


 本当は”こころ”と呼ぶのが正しいのだが、姉がジンと呼ばれていたために俺らからシンと呼ばれてしまっていた少女。


 昔は俺、陽菜、友也、シンの4人でよく遊びまわっていた。

 だが7年ほど前に親の都合で篠崎家が引っ越してそのまま疎遠になっていた。


 その少女が、つまりは忍だったということだ。



 ……つまりコイツは俺を龍児だと知った上で接触を図っていたという事か。


 いや、忍だけじゃない。ジンについてもそうだ。


 というかよく思い出せたねだと?

 俺がコイツらのことを今になるまでぜんぜん思い出せていなかったのは微妙に気がかりではあるが。


 さっきも修にぃの存在のことで俺が混乱していた時に神楽が変な事を言っていたが、それと関係があるのか?


「……今日のところはこれで退くぜ」


「!」



 そんな姉妹の存在を思い出していた俺に向かって、修にぃはそう言って俺らに背を向けた。


 俺はそれに待ったをかけようと口を開く。


「……一応最後にこれだけは言っておくか」


 だが修にぃが首だけ振り返り、俺を睨みつけながら言葉を放つ方が早かった。



「王都で待つ。そこで俺の全力をもって……てめえを殺す」



「え……?」


 俺を……殺す……?


 修にぃが……なんで……


「「『テレポート』」」


 修にぃは俺に向かってそう言い残し、いつの間にか赤い玉を手に持ちながら魔法らしきものを唱えて修にぃと神楽は消え去っていた。






 こうして5番目の街での戦いは終わった。


 街の被害はあるものの、人的被害は0と言ってもいいほど軽微だった。

 今までの戦いからは考えられない快挙だ。


 ブラックドラゴンを倒したのは俺だが、被害が少なかったのはユウ達が魔王を外へおびき出してくれたからだし、比較的早い段階で街の住民を避難させることに成功した街の騎士団連中のおかげである。

 戦う事しかできず、それなのに街に魔王を解き放たれることを食い止められなかった俺なんかよりアイツらの方が何倍もすげえよ。


 それに結局、俺は諸悪の根源を倒し損ねた。



 諸悪の根源、終……いや、修にぃを。



 この戦いの中、俺は兄の存在を知った。

 そして俺は兄と戦うことを強いられた。


 何故修にぃが大魔王なのか。何故俺も大魔王になったのか。


 いや、そもそも何故修にぃがこんなところにいるのか。

 それは今の俺にはわからない。


 けれど、おそらく次に俺が修にぃと会う時は殺し合いをする時なんだろう。


 修にぃの目は、そう語っていた。

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