5番目の魔王
俺らがブラックドラゴンに追いついた所では、ユウ達が戦闘を行っていた。
よく見るとそこはユウ達の他に『ウォーリアーズ』と『魔女会』のメンバーもいて最前線のプレイヤー勢揃いというような状況だった。
「魔王がこっちくるよ! 迎撃準備!」
「お前達! 焼き殺されたくなけりゃあんま前に出すぎんなよ!」
「防御魔法を切らすんじゃないよアンタたち!」
そこでは番匠達が前衛として壁を作り、メグ達が後衛で魔法を使って前衛に防御魔法をかけて前線を維持している。
そんな中でユウは全体を見通してブラックドラゴンとの戦闘の総指揮を執っているようだ。
「『ライトニングサンダー』!」
「『フレアブラスター』!」
「『エアロスラッシャー』!」
ブラックドラゴンは空を飛んでユウ達に近づいている。
そこへ魔法の遠距離攻撃を十数人規模の一斉射撃が降り注いた。
どの魔法攻撃も相当の威力があるらしく、空が直視できないほど光り輝く。
だがそんな攻撃をくらってもブラックドラゴンは怯みもせず、ユウ達へ向かって近づくのをやめなかった。
「! ブレスくる! 集まって防御態勢!」
「「「『フラッシュガード』!」」」
「「「『エレメンタルシールド』!」」」
ブラックドラゴンがユウ達に十分近づいたところで息を吸い込む動作に入った。
そんな様子を見てユウは咄嗟に指示を出し、それに周囲が従って一塊になったところで壁役と補助役がスキルと魔法を叫んでいる。
そしてその後すぐに放たれた炎をブレスを集団で防いでいた。
ユウ達を全員焼き殺すのではないかというほど広範囲に降り注がれたブラックドラゴンのブレスは、そんな集団での防御によって最小限の被害で済んだようだった。
「……流石は最前線のプレイヤーってことか」
俺はそんなユウ達を見て感嘆の声をあげていた。
ブラックドラゴンは強い。少なくともユウ達が今まで戦ってきた魔王とは比較にならないはずだ。
なんせ街に潜む魔王はその街周辺にいる魔王よりも後で出てくるはずだったモンスター達だ。
だから俺はユウ達じゃ歯が立たないんじゃないかと、ここに来るまでの間そんなことを考えていた。
だがそれは俺の過小評価であったと言わざるを得ない。
目の前で繰り広げられているユウ達の戦いは非常に安定している。
まあ流石にそれは前線を維持しているという意味であって街の魔王を早期に打倒するというレベルではなさそうではあるが。
ブラックドラゴンの攻撃をユウ達は巧みに防いで被害を抑えてはいるが、ブラックドラゴンへのダメージはさほどあるようには見えない。しかもこの魔王も再生能力は常備しているようでこうして見ている間も炎や電撃を受けて焦げた表皮が元通りになっていっている。
これでは長期戦にならざるをえず、そうなるとダメージの大きいユウ達が先に追い込まれる事になる。
「……ここからは俺の仕事か」
俺はそんなユウ達の様子を見ながら轟に話しかける。
「轟、ユウ達を追い抜いて俺をあの魔王の近くまで俺を連れて行けるか? 出来なきゃ走っていくけどよ」
「あぁ……? テメエ……何考えてやがんだ……?」
「何って勿論、あのデカブツをぶっ倒すんだよ」
俺はブラックドラゴンを見据えながら轟にハッキリとそう伝える。
「勝算はあるんだろうな……?」
「当たり前だ」
「ならいいぜ……俺の走りに振り落とされんなよ……!」
轟もなかなか肝が据わっているようだ。
俺の自身を込めた一言を聞いて薄く笑っている。
あの魔王に向かって特攻をかますことをまったく躊躇しないその姿は流石不良グループを仕切っている総長というべきか。
そうして俺らはユウ達の集団に追いつき、そして追い越してブラックドラゴンの方へと疾走した。
「え!? ちょ! リュウ!?」
ユウを素通りする時にユウが驚きの声を上げていたが気にしない。
まあユウからしたら俺らと一緒に戦うものと思っていただろうからな。こんな特攻紛いの動きをするとは思わなかったんだろう。
だが今回はあのドラゴンを1人で倒させてもらう。
それがあの魔王を解き放たれる事を食い止められなかった俺の責任の取り方だ。
ユウと話をするのはこの事態を収拾してからでいい。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
「これが……5番目の魔王ってヤツか……」
「……でかいな」
俺らは咆哮をあげるブラックドラゴンの近くまで来て、その巨体を見上げながらそんな言葉を洩らしていた。
ブラックドラゴンは全長30メートル以上はある。
正直どれだけの大きさなのか目測することも難しい。
ブラックゴーレムなんか目じゃないというほどの巨体、ブラックバジリスクなんか目じゃないというほどの威圧感。
黒光りする硬そうな鱗で覆われ、口元からは火が漏れ出しているその姿は間違いなく今まで出会ったモンスターの中でも最強であると思える姿だ。
「轟、ここまで送ってくれてありがとよ。後は俺に任せて下がってな」
「ああ……死ぬんじゃねえぞ……」
「当たり前だ」
俺はニヒルな笑みを意識して作って轟に言い放つと三段シートから勢いよく飛び降りてブラックドラゴンを見据える。
「『オーバーフロー・トリプルプラス』」
まず最初に俺はいつも通り攻撃力アップのスキルを発動させる。
今の俺は冷静だ。
このスキルを発動させることを忘れるだなんてチョンボは犯さない。
「……ドラゴン相手にこのスキルを使うなんてな」
そして次に発動させるスキルの事を思い、僅かに苦笑を洩らす。
俺は1つのスキルを叫ぶために大きく息を吸う。
ドラゴンという共通の名前にちょっとした親近感を覚えながらも、俺はそのスキルを発動させる。
「『ドラゴンロード』オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」
俺はそのスキルを叫んだ。
『ドラゴンロード』。それは俺のクラス名にちなんでつけられたのであろう。
ここからもわかるとおり、このスキルは正真正銘俺だけのオリジナルスキルだ。
スキルを発動させると同時に『オーバーロード』同様俺の思考速度が跳ね上がるのを感じる。
しかし『オーバーロード』のように何かしらの変化が外に漏れ出すということは無い。
俺の周囲に漂うオーラは『オーバーフロー・トリプルプラス』の赤いオーラだけだ。
だがこのスキルは『オーバーロード』をも凌ぐ力を持つ、正真正銘のチートだ。
今の俺は、ゲームの理屈で考えるなら間違いなく最強だ。
「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
俺はブラックドラゴンに向かって駆け出す。
そして1秒も経たないうちに俺はブラックドラゴンの懐に飛び込み、右手に持った黄金の剣を振るった。
「GYOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!」
剣はブラックドラゴンの腹の一部を深く切り裂き、そこから黒い液体が流れ出す。
それを見つつも俺はブラックドラゴンに剣撃を浴びせ続ける。
まずは全身に生えたあのぶ厚そうな黒い鱗を剥ぎ取る作業だ。
俺はブラックドラゴンの全身を小刻みに切り刻んでいく。
「……あっけないな」
その作業を続けている中、俺は自分が今行っていることを、どこか冷めた口調で確認する。
今の俺が全力で戦うということはこういうことか。
これはもはや戦いではなく、ただの作業なんだ。
ドラゴンを狩るという、ただの作業。
もはや俺はこの戦いに何の意義も見出せなかった。
ここまで差がありすぎると何の為に戦っているのかわからなくなる。
『オーバーロード』の時はまだ限界が見えなかったからここまでテンションがガタ落ちする事もなかった。
だが今回は違う。
今回はその限界、上限という領域に俺は手を付けてしまった。
『ドラゴンロード』。このスキルは発動中、全ステータスを9999にするというスキル。
才能値がどうのレベルがどうのという話ではなく、問答無用で最強のパラメータになるという反則的スキル。
元々ゲームのデバック用だとか言っていたが、おそらく上限のパラメータでどんなことまで出来るかを検証するために使われた操作なのだろう。
こんなものが普通にスキルとして存在するわけがない。
更に言うなら、このスキルには制限もない。
『オーバーロード』のように使用時間は10秒だとかクールタイムは24時間だとか、そんな制約は一切無かった。
それもまあ元々スキルではないのだから当然といえば当然なのだが。
そしてブラックドラゴンは中盤、あるいは後半に出てくるボスモンスターではあるが、所詮その程度の存在だ。
パラメータが上限に達している状態の俺の攻撃に耐えられるような存在ではない。
今の俺を倒すことができる存在がいるとすれば、それは俺同様に神やGMと呼ばれるような存在から同じスキルを貰うか、もしくは神やGMそのものくらいしかいないだろう。
「終わりだ、『エクステンドスラッシュ』」
俺はそんな事を考えながらも、最後の攻撃を浴びせるべく『エクステンドスラッシュ』を発動させた。
そして光の刀身が鱗のはがれたブラックドラゴンの胸に突き刺さる。
その後俺は剣を上へと突き上げ、ブラックドラゴンの頭部を真っ二つにした。
「……迷宮の魔王よりもあっけなかったな」
俺はこの理不尽な結果に対し、そう言うくらいしかできなかった。
俺が戦った中でも最も強いはずのモンスターは、俺が戦った中でも最もあっけなく討伐された。
俺の頭の中でファンファーレが鳴り響く。
俺のレベルは50になった。
そしてここからが俺の、本当の戦いだった。




