多重人格
…………おい。
さっきまでのは一体なんだ。
何で俺は突然あんなことを言い出してんだ。
俺が女? ふざけてるだろ。なんで俺が女なんだよ。それになんで俺が女とか言い出してんだよ。
「つうか……ここは……」
俺は周囲を見回す。
今俺がいる空間、それはあの例の白い空間だった。
つまりアイツ、あの謎の女が俺をここに呼び出したという事になるのだろう。
『久しぶり。元気にしてたかい?』
「……ああ、てめえも元気そうだな」
そう思っているとさっそくあの女の声がどこからか聞こえだしてきた。
「なあ……さっきまでの俺は一体なんだったんだ? てめえは何か知らねえか?」
俺はとりあえず聞いてみた。
正直言って今の状況は全然意味がわからない。
だが俺のことを監視していたコイツなら何かわかるんじゃないか、と思い、俺は謎の女に問いかけた。
『知っているというか途中で脳波パターンを見ていた時気づいたという方が正しいね。まあ私は医者ではないから、はっきりと君がどういう状態なのかを説明する事は出来ないが』
「なんだよ。てめえやっぱ何かわかんのかよ。さっさと教えろよ」
『はっはっは。相変わらず人に物を聞く態度じゃないね。でもいいだろう。どうも君の精神状態が不安定だからか、境界線も薄くなっているようだしね。後ろを見てごらん』
「あ? 後ろ?」
よくわからないが、俺はひとまずその女の言うように後ろを振り返った。
すると、そこから突然光が溢れ出し、その光は人の形を形成していった。
「……あ? 俺?」
目の前に現れた人間は俺の姿をしていた。
「……あ? 俺?」
「いや俺と同じこと言ってんじゃねえよ」
目の前にいる俺らしき人物は俺を見るなり俺と全く同じ反応をしてきた。
「誰だよてめえ、俺と同じ顔しやがって」
「そっちこそ誰だよ。てめえあの女が作り出した幻か?」
「あ? 何言ってんだ。そっちが幻だろ。ふざけたこと言ってんじゃねーぞ」
「あ? ふざけてんのはてめえだろ?」
「なんだと?」
「なんだよ?」
「こらこらケンカしない」
「「あ?」」
俺と俺の偽者が掴みかかろうかという一触即発の雰囲気をただよわせていたその時、女の声が俺らを窘めてきた。
「2人とも本物だよ。2人とも間違いなくリュウだ。これは君たちを見ていた私が保証する」
「なんだよそれ。俺が2人いるってどういうことだよ」
「俺は俺しかいねーだろ。2人もいてたまるか」
「ふむ……まあ存在としては確かに1人ではあるんだけれどね」
俺らが女の声に向かって否定的な言葉を吐くと、女の声はやや慎重そうな声で俺らに告げた。
「……君たちは解離性同一性障害という言葉を聞いた事はあるかい?」
「「何?」」
「『多重人格障害』とも呼ばれていた、障害の一種だよ」
「「!」」
多重人格……それなら聞いた事はある。
1人の人間が複数の人格を持ってしまうという精神的な病だとか。
だが、ここでその話を持ち出してくるという事は……
「まさか……俺らがそれだとか言うのか?」
「その通り。君たちは2人で1人。大まかな記憶は共有しているものの、場面場面でちょくちょく入れ替わっていたようだね」
「そんな……バカな……」
「嘘だろ……」
なんだよそれ。
俺はそんな病気を持ってたなんて知らねえぞ。
なんでいきなりあなたは心の病におかされていますとか言われなきゃならねえんだよ。
つかいきなり多重人格とか言われてはいそうですかって信じていいものなのかも不明だ。
もしかしたらこの夢の女が俺を謀っているという可能性だってなくはない。
「……いや……ちょっと待て」
だがそう考えると1つの推測が成り立つ。
俺が時折抱いていた違和感。それを解決する推測が。
「おい……てめえ……さっき自分の事、陽菜とか言ったか?」
俺はその推測を確かめようと、目の前にいる俺にそんなことを訊ねてみた。
「ああ、言ったさ。俺の本名は佐藤陽菜なんだからよ」
「ぶっ!!!」
目の前にいる俺は何の躊躇もなしに自分の事を陽菜だと俺に告げてきた。
「ふざけんな! どこをどう見りゃてめえが陽菜になるんだよ! てめえどう見ても男じゃねえか!」
「? てめえこそふざけてんのか? 俺は普段龍にぃの態度を真似てはいるが、どこをどう見ても俺は陽菜だろ。意味のわかんねえこと言ってんじゃねーよ。しかも最後の言葉よく聞きとれねーしよ。もっとハッキリ喋りやがれ」
「はあ!?」
なんだコイツは!
ふざけるのにも程があるだろ!
なんでコイツは自分の事陽菜だと思ってんだよ!
陽菜はてめえみたいな悪人面じゃねえんだよ!
『クオリアの問題だろうね。陽菜ちゃんだと思っている方の龍児君の認識では、自分の事は陽菜ちゃんということになっているんだろう』
「なんだそりゃ。わけわかんねえよ」
「うーん。私もその辺に造詣が深いわけでもないからねえ。とにかくこれは個人個人の認識の問題だ。君が自分を龍児君だと思っているように、彼もまた自分の事を陽菜ちゃんだと思っているんだろう」
「おいコラ。さっきから人の事を陽菜じゃない事前提で話してんじゃねーぞ」
「……つってもなあ」
俺から見ればコイツはどう見ても俺だし。
「てめえさあ。股の間に生えてるモンとかどう認識してるわけ? 女の人格であっても流石に体が男であることには変わりねえだろ?」
「だからさっきからてめえは何言ってんだよ。全然意味わかんねーよ」
「ああ?」
なんなんだコイツ。
俺の言い方がおかしかったのか?
いやそんなはずはないだろ。
『どうやら自身の存在を揺るがすような質問は認識できないみたいだね。まったくもって難儀な障害を抱えているよ』
「……マジか」
とんでもない障害だな。
だがそうでもしないと自己矛盾が生じて自身を保てないのか。
そう考えるとコイツも随分不安定な存在なんだな。
正直こんなことを真に受けていいのか微妙だが、さっきまでの俺の言動は明らかに変だった。コイツが俺のもう1人の人格とか考えたくもねえのに、その時の俺を見る限りどうやら事実らしいし。
だから俺もそれなりに真剣に考えた方が良いのかもしれない。
「はぁ……もういいか。てめえが陽菜だと思うんならそうなんだろ」
「俺からしたらてめえが龍にぃだと思っていることに違和感アリアリなんだけどな」
「……そうかよ。つかてめえが龍にぃとかいうとキショいからそれだけは止めてくれ」
だがコイツの認識を改めさせるのは俺には無理そうだ。
でもまあそれでも、1つだけはコイツに聞いておかないとか。
「それでてめえは何で自分が陽菜だと思ってんのに俺……龍児の真似事をしていたんだ?」
そうだ。そこがわけわからん。
つかコイツがそんな意味のわからない事をしていたせいで俺とコイツの区別がつきにくかったんだろうしな。
実際俺自身もさっきまで気づかなかったしよ。
「それは……別に言わなくてもいいだろそんなこと」
「いやよくねえだろ」
「つーか言いたくねーんだよ。そんくらい察しろや」
「……そうかよ」
一体なんなんだコイツは。
俺はコイツが何を考えているのかさっぱりわかんねえ。
そんなにこの件はコイツにとって言いたくないことなのか?
……まあ俺が言えることでもないか。
俺だって逆に聞かれたら話すのを渋るだろうしな。
「でもなあ……てめえが佐藤龍児の真似をしている限り、俺との区別なんてつかねえぞ」
「そうだよなあ……口調も仕草も同じっていうんじゃ、どう判別すればいいかわかんねーよなあ……」
正直これは深刻な問題だ。
今は夢の中だからかコイツとこうして喋れているが、ここから目を覚ました時、どっちの俺が出ているかを判別する方法が無い。
それでいて大抵の記憶は共有してそうなのが更に俺らを惑わす。
あの時この時俺は俺だったのかわからない、というのはとても困る。
俺は俺としての行動に自信が持てなくなる。
『一応判別の仕方ならあるよ』
「「マジか」」
と、俺らが雁首揃えて悩んでいたところにそんな軽い声が聞こえてきた。
『君たちが自身を自覚しようとするならシーナちゃんのことを考えればいいと思うよ』
「……ああ、なるほど」
「? どういうことだ?」
そういえばシーナのことがあったな。
俺はシーナのことを信頼できる仲間だと思っているが、この目の前にいる俺はどうもシーナの事を特別視しているようだ。
「なあ、一応聞いておくが、てめえはシーナをおちょくってる時どう思ってた?」
「どうって……わくわくした……かな?」
「やっぱか……」
うん。そうだろうとは思ったが、どうやらシーナをおちょくっていたのは俺ではなくコイツの仕業だったという事か。
俺はシーナとの絡みを思い返すたびに、何であんなことをしていたんだろうと違和感を抱いていた。
そしてその違和感はどうやら間違いではなかったようだ。
「つまりてめえが俺の風評被害の一因だったってことだなあ!!!」
「うお!? なんだてめえ! やんのかコラァ!!!」
俺はなりふり構わずバカリュウ(仮)に殴りかかった。
だが流石は俺というべきか、その攻撃は紙一重でかわされて俺から距離をとられてしまった。
『あー君達。ここが夢の中だということを忘れないでくれたまえよ?』
「「……そうだったな」」
またもや俺らは声だけが聞こえるその女に窘められて拳を解いた。
「……つか本題がまだだったな。俺らをここに呼んだ理由、まだ聞いてねえぞ」
『そうだね。私もカウンセリングをするためだけに君たちを呼んだわけではなかった』
「だよな」
この女が俺、というか俺らを呼んだ理由。それはいつだって何か目的があっての事だった。
そして今回はまだその目的が明らかになっていない。
『今回は君達に新たな力を与えようと思って呼んだのさ』
「「力だと?」」
『これが私がこの夢の中で君たちに送る最後の助力だ。受け取りたまえ』
「は? 最後?」
「どういうことだよ?」
女は意味深な言葉を紡ぎ、そしてその後俺の頭の中でメッセージが鳴り響いた。
「……なんだ? スキルが追加されたぞ?」
『そうだ。それがあればおそらく終と互角に戦えるはずだよ』
「は? 終と?」
俺はメニュー画面を開いてその新スキルの詳細を見た。
…………。
「なあ……こりゃ一体何の冗談だよ?」
「悪ふざけにも程があるだろ……これは流石に笑えねーよ」
俺ら2人はそのスキルに対してどこか呆れた声を洩らした。
このスキルはあまりに理不尽な効果だ。
酷すぎるという評価すらも甘いと感じられるレベルだ。
『正直な話、こうでもしないと終には勝てないからね。今まではある程度静観の構えを取っていたけれど、流石にレベル99のSTR全振りが繰り出す『オーバーロード』に対抗するにはこうする以外に手は無かった』
「待て……レベル99だと……?」
『そうだよ。彼、終のレベルは99。カンストだよ』
……なんだよそれは。
それは……あまりに差がありすぎるじゃねえか。
俺らよりレベルが高いどころではなかった。
単純に倍以上の差があった。
そしてそんなレベルから繰り出されるオーバーロード』は間違いなく最強じゃねえか。
『一応彼なりにその辺も考えていたみたいだけれどね。それでも差は埋められなかった』
「……どういうことだよ?」
『彼も手加減しているという事さ。君もそのことには気づいているだろう?』
……まあそれらしい事は言っていたな。
この剣は君が持っているものより数段劣るけれどレベル差があるから良いハンデになるとかそんなことを。
「でもなんで終はそんなことしてんだよ。手加減して何の意味があるんだっつの」
『それについては彼から直接聞いてくれ。多分そのほうが君たちにしても納得がいくだろうからね』
……納得?
つまりこの女はその理由を知っているがあえて俺らにしゃべらないという事か。
『解放集会』といいこの女といい、随分俺らに隠し事が多いじゃねえか。
まったくもって気にいらねえ。
「つかなんでその情報を今になって俺らに教えるんだ? てめえは終について何も話さないんじゃなかったのかよ」
「そうだそうだ。それにこのスキルにしてもそうだ。こんなもんがあるなら最初から寄越せよ」
『事情が変わったのさ。君達がここまで辿り着き、5番目の魔王と対決するところまできたという事情の変化がね』
「……5番目の魔王か」
「やっぱ出てくんのか……」
なんかもう出てくること前提に喋ってるが、俺が負けた以上5番目の魔王が出てくるのは時間の問題か。
だがそれとこれとでどういう繋がりがあるんだよ。
『そしてそのスキルは本来スキルではない。デバッグ用に作っていたプログラムを少しいじって流用したものだよ』
「「デバッグ?」」
『ゲームが正常に遊べるかどうかを試すことだよ。プログラムでは一見問題なさそうでも実際プレイしてみるとバグがあるなんてことしょっちゅうだし、そういうのを取り除く作業をデバッグと呼ぶんだ』
「「へえ」」
女の説明に俺らは2人してフムフムと頷いていた。
こういう知識を俺はあんまし持ってないから初めて聞いた。
『……そろそろ時間だ。これ以上話を続けると眠っている君が5番目の魔王に殺されてしまうかもしれないからね』
「「えっ」」
今コイツさらっととんでもないこと言いやがった。
『既に5番目の魔王は解き放たれた。だから後は君が倒すだけだ。龍児君』
「「な! やっぱもう魔王出てんのかよ!」」
『当たり前だよ。だからさっさと倒しておいで。そのスキルと戦う意志があればすぐに終わらせられるさ』
「「……そうかよ」」
俺らが焦った様子であるのに対して女の声は冷静そのものだった。
まあ確かにこのスキルを使えばすぐに終わらせられるだろうけどよ。
『あと……少しは私の妹にも振り向いてくれていいんじゃないかな、龍児君』
「「は?」」
妹?
誰だよそれ。
俺はてめえの妹なんて知らねえぞ。
『時間だ。それじゃあ頑張ってね~』
「おいコラ待て妹って誰の事だよわかんねえよコラ!」
「いきなり意味深なこと言って終わらせんな! おいコラちゃんと説明してから消えろよコラ!」
俺らは女の声が聞こえなくなった後その不可解な言葉を言葉を残されて途方にくれて怒声を張り上げるしかなかった。
そして俺は目を覚ました。




