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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
5番目の街
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決闘

「やあやあ、待ちくたびれたよ、リュウ。やっとここまで辿り着いたね。おれはうれしいよ」


「よお終。やっとここまで辿り着いたぜ。俺は嬉しくないけどな」


 俺は教会跡地の深層、どこか神殿のような雰囲気をかもし出している部屋に着き、そこで佇む終の姿を発見した。


「キルとレアを倒したという報告は既に受けている。よくやったと褒めておこうかな」


 つってもキルはまだ戦えそうだったけどな。

 それに『オーバーロード』も使っちまったし、更にいうならバルが一度死んでクリスの切り札『リザレクション』も使っちまった。


「何やら納得のいかないという顔をしているね」


「まあな。あれで勝てたというのか微妙な結果だったからな。キルにも逃げられちまったし」


「それは別にいいのさ。おれが今回リュウを試したのは純粋な戦闘能力じゃなく、キルとレア相手にも容赦なく戦えるかどうかだったんだから」


「……どういうことだよ」


 俺は終を胡乱な目つきで見つめる。


「リュウには理解して欲しかったのさ。何かを成し遂げたげれば自らの信念をも捻じ曲げなくてはいけないことだってある、目的のためにそれ以外の全てを蔑ろにする覚悟も持たなくちゃいけないことだってある、誰かを守ろうとするなら誰かを殺すことさえ許容しなくちゃいけないことだってあるってことをね」


「俺はそういうことを聞きたいんじゃねーよ」


 終は俺を試した。

 そんなことは既に今更だ。


「俺が知りたいのは何故俺を試すのかということだ」


「……それはいずれわかるさ。さて、それじゃあそろそろお喋りは止めて本題に入ろうか」


 だが俺の疑問に終は答えず、アイテムボックスから銀色の剣を取り出した。


「おれが勝てば5番目の魔王が街に解き放たれる。だがリュウが勝てばこの街は平和が維持される。シンプルでいいだろう?」


「……ああ、そうだな」


 剣を構える終に合わせ、弓をしまって俺も金色の剣を構えた。


「『オーバーロード』を使ってしまったそうだね。ならおれもハンデとして『オーバーロード』抜きで戦おうじゃないか」


「そうかよ、そいつはありがたいですねー」


 俺は終に向かって棒読みでそんな言葉を返した。


「だがな、そんなことを言っていられるのも今のうちだゴラあああああああああああ!!!」


 そうして俺は終に斬りかかった。


 ここは街の中でプレイヤーに肉体的ダメージは与えられない。

 しかしそんなことはおかまいなく俺は全力で終へと斬撃をお見舞いする。


 ここでの戦いは我慢比べだ。

 意識がある限り、どんな攻撃を貰っても戦う気迫のある方が勝者となる。


 なら俺の戦い方は実にシンプルだ。

 俺は一瞬で気絶させられそうな頭以外の防御を限りなく少なくし、そのかわり終への攻撃の手数を増やす。


 腕が斬り飛ばされるような痛みを貰おうとも内臓を串刺しにされるような痛みを貰おうとも構わない。

 終が俺の腕を斬る間に俺も終の腕を斬ればいい。終が俺の腹を刺す間に俺も終の腹を刺せばいい。


 そういう肉を切らせて骨を絶つ戦い方なら、たとえ終の方が俺より剣術の腕が良くても対応しにくいだろう。

 守りを捨てた敵と戦う事なんて珍しいはずだ。


 だから今、終が俺の脇腹を斬りつけた際に終の腕を斬りつけられたのもそう不自然なことではない。


「……へえ、なかなかやるじゃないか、リュウ」


「くっ……」


 だが終は腕を斬られて尚も無表情を崩さない。

 今のは相当深く斬り込めたはずなのに、痛みで顔が歪む俺とは違って終はまだまだ余裕そうだった。


「てめえ……本当に人間かよ……痛みとか感じねーのか?」


「? ああ……こう見えてもおれは結構痛がってるよ。リュウにはわからないだろうけどね」


「そうかよ……!」


 俺はそうして再び終に怒涛の剣撃を浴びせ続ける。

 しかしそれらは終によって軽くいなされ、俺が一呼吸入れる隙を狙われて今度は右肩を刺された。


 けれどそれは俺が意図的に誘った攻撃だ。

 銀色の剣が俺の肩に刺さるのにやや遅れる形で俺は終の懐に入り込み、左手で振るった剣が終の胴体を袈裟切りにした。


 そして終は俺の斬撃を受け、後ろへと後退した。


「……なるほど、今のはわざとだったか。とするとリュウの作戦もなんとなくわかるね」


「ぐっ……」


 終は体を真っ二つにされる痛みを受けたはずなのにまだ表情を変えず、俺の作戦を予想する余裕まで持ち合わせていた。


 ……これはちょっと予想外だ。

 今のは完璧に俺の勝ちと言える内容だったのに、結果を見ると疲弊しているのは俺だけという異様な状況だった。


「だが今のは良かった。あれを街の外でやられていたら今頃おれはリュウに負けていたかもしれない」


「……ちっ、減らず口を叩きやがって!!!」


 俺はこの結果に苦虫を噛み潰したような顔になるのを意識しつつ終へと斬りかかる。


 そして二合、三合と俺と終の剣が切り結び、鍔迫り合いとなったところで終が俺に囁いた。


「けれどリュウが何を考えているのかわかってしまえば大したことは無い」


「……!」


 終は俺が捨て身の戦いをしていることを既に理解している。

 その証拠に終は守りを重視して俺の攻撃が通らなくなった。


「さて、それでリュウはいつまでこの猛攻を続けられるのかな?」


「……ちっ!」


 なるほど。

 終は俺が疲れて攻撃の手を緩めるのを待っているのか。


 俺が大きく剣を振るっているのに対して終は最小限の動きで俺の剣を捌いている。

 これでは体力勝負で俺が不利になる一方だ。


「さあどうする? リュウはこの後どう攻めるつもりだい?」


「くそっ!」


 しかし俺は攻撃の手を緩めることは無い。


 一度緩めれば終の反撃が待っている。

 けれどその攻撃は俺のカウンターを用心しての攻撃だ。それにこの勢いを緩めた攻撃が終に通るとは思えない。


 だったら俺はこの勢いを維持するしかない。

 この勢いを維持して終の隙を誘うしか、俺が終にまともに攻撃を加えられるチャンスは無い。



 だが、そんな俺の数分間の猛攻も終には届かず、俺の腕は段々と重くなってゆく。


「おいおい、まさかこれで本当に終わりかい? 拍子抜けだな」


 そんな俺に対して終が全く汗もかいていない無表情な顔で挑発するような言葉を吐いてきた。

 けれども俺はそんな終に何も言い返せない。


 まさかここまで終が図太いとは思わなかった。

 本来俺は終との痛み分けを狙って戦い、終が幻痛によって動きが悪くなれば俺の勝ち目は高くなると踏んでいた。


 その目論見は途中までなら狙い通りといった結果を残していた。

 現に俺は終に一太刀浴びせ、普通ならその場に蹲ってもおかしくないレベルの痛みを生じさせたはずだった。


 それなのに終は全く表情を崩さずに、痛みを耐えている俺の猛攻をいなし続けている。

 これは予想外としか言えない。


「狙いとしては悪くなかったけれど、どうやらこれまでのようだね」


「!」


 終は一息フウっと息を吐くと、今までの防御から一転し、俺に剣を振るってきた。


 だがそれは俺が守りを捨てて終に攻撃できるような隙を与えなかった。


「がっ!?」


 手首を斬られた。それによって剣を持つ手が若干緩み、反撃をする機会を逃してしまう。

 それに続いて右足を斬られた。それによって俺の重心がずれ、その場から思うように動けなくなる。


「まだまだいくよ」


「ぐっ、がっ……」


 その後は終のやりたい放題だった。

 握力の緩んだ手から剣を弾き、返す刃で腕を斬りつけ、そして剣を俺の体に何度も突き刺してきた。


 剣を弾かれた俺はその攻撃から身を守る術も無く、全身が悲鳴を上げて意識が途絶えそうになるのを必死に堪えるしかなかった。


「がっ……は……」


 そして俺は膝を地につけた。


 今の攻撃で激痛が走るのに耐え、なんとか気絶することだけは免れたといった状態だった。


「へえ。結構やるじゃないか。普通なら今の攻撃で気絶か発狂かするもんなんだけどな」


「は……はは、は……伊達に……鍛えちゃ……いねーのさ……」


「減らず口を叩くねえ」


 そうさ。

 俺はどれだけの痛みを負おうとも倒れたりなんてしない。


 兄を目指して、俺のせいで死んだ兄を目指して5年以上の年月を費やし鍛えた俺の体はそうそう俺を倒れさせることは無い。


 ……それに、俺はこんなところで倒れるわけにはいかない。

 俺は自分勝手に終と一対一の戦いを望んだ。

 そしてそんな行動をとった以上俺には結果が求められる。


 終を倒せばそれは帳消し。最悪でも『オーバーロード』を使わせれば俺がここに1人で来た意味もあったといえる。


 だが、そのどちらも成されずに俺が無駄に負ければ……それは俺の存在意義を問われる事になる。



 俺がここで無様に負ければ今度こそ俺は兄にはなれないと思ってしまうだろう。

 それは、俺は俺でいられなくなるという事だ。



 そしてそんなことになってしまったら……俺は……兄と一生向き合えなくなる。





 だから俺は立ち上がった。


「へえ。まだやる気なんだ」


「あたり……まえだ……!」


 このまま負けたんじゃ俺は本当に兄と向き合えなくなる。


「俺は……負けない……! 俺は……誰にも負けない!」


 そう。

 佐藤龍児は誰にも負けない存在だった。


 だから俺もそうあるべきなんだ。

 それが……兄を死なせてしまった俺の償いなのだから。



 俺は……龍にぃの妹として……誰にも負けちゃいけないんだ!!!



「この俺……佐藤陽菜は誰にも負けない!」



「……は?」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 そうして俺は終に殴りかかった。


 もはやこの手に剣はない。

 それでも俺には拳がある。


 だったらそれで十分だ。

 俺は俺本来のスタイルで終を殴り飛ばすだけだ。



 そんな思いで放った拳は、終になんなく避けられ……ることはなく、棒立ちだった終の顔に俺の拳がクリーンヒットして背後の壁に激突していた。



「あ……あれ……?」


 なぜか俺の攻撃は終にかわされなかった。

 さっきまでの終ならかわすなり剣を振るうなりできたであろう攻撃だったと思うのだが……


「……一体何を言っているんだ」


「あ?」


「一体何を言っているんだと言っているんだ」


 だが俺の攻撃を受けた終はやはり痛みなど感じないかのような無表情のまま俺に問いかけてきた。


「……この俺、佐藤陽菜は誰にも負けな――」


「陽菜だと? 馬鹿も休み休み言え」


「な、なんだよ……何が言いたいんだよてめえは……」


「プレイヤー『リュウ』は陽菜ではないだろと言っているんだ」


「は?」


 なんだよそれ。

 なんで俺の事をてめえに否定されなきゃいけないんだ。


「てめえが俺の何を知ってるっていうんだよ」


「……ああ……なんてムカつくんだ……ここまで腹が立つのも久しぶりだ」


「……なんでてめえがムカついてんだよ」


「そうか……アイツが言っていたのはこういうことか」


「おい……さっきからてめえなんなんだよ」


 わけがわからない。

 そして腹が立っているというわりには終の表情は僅かに嫌な顔をするだけだし。コイツどんだけ顔の表現力が乏しいんだよ。


「とにかくだ……おれから言える事は1つだけだ……」


 だが終から何か異様な雰囲気だけは伝わってくる。

 どれだけ無表情でも、どれだけ無感情な声でも、何か言いようのないものが終と、終の言葉には込められているような気がしてくる。



「……君のリアルネームは、間違いなく佐藤龍児だ」


「……は?」


 佐藤……龍児?

 なんでここで龍にぃの名前が出てくるんだ?

 なんでコイツは龍にぃの名前を?



 それに……俺の名前が佐藤龍児だと?



「というか、そもそも君は――じゃないか。君は女じゃない」



「……?」


 …………何言ってんだコイツ。


 俺はどっからどう見ても女だろうが。

 いやまあ俺は口調や仕草も龍にぃのマネをしているせいで大分ガサツになっちまって女らしくはないけどよ。


 それでも俺が女である事は事実だ。


 俺がバルと2人だった時、バルが俺の事を怖がらなかったのは俺が同性だったからだ。

 始まりの街で宿屋のガントが俺らに少女誘拐事件の話をしたのも俺ら2人が女だったからだ。

 2番目の街で野宿をした時にエイジが話しかけてきたのも女2人で野宿しているのを気にかけたからだ。

 俺がシーナと会って間もない頃、わりと近い距離感で話せてたのも俺が女だったからだ。

 バルが俺にパンツを貸そうとしたのも俺の代えのパンツが切れたんだとバルが勘違いしたからだ。

 ヒョウがやけに俺から距離をとろうとしてた時があったのも俺が女で近づくのに抵抗があったからだ。

 レアが装備の性能を見せるためだけに胸を触らせてきたのは俺が女だから気にする事は無いと判断したからだ。

 それに、マキがやけに俺の事を嫌っているのは俺がユウに気があるんじゃないかと誤解しているためだろうし、バルがやけに俺とユウを2人っきりにしたくないのもそういう誤解があって俺にホイホイついてってパーティを解散させちまわないようにするためだったんだろう。まあ俺はユウのことをそういう目で見たことは無いが、静も勘違いしていたようだしもう一度アイツらにははっきりと言ってやったほうがいいかもな。


 パッと思いつくだけでも俺が女でなくちゃいまいち納得しかねる事象がこれだけある。

 だから俺は女だ。


「てめえ思想だけじゃなく目もイカレてんのか?」


「……おれには見たまんま君が――であるとしか思えないが」


「…………??」


 なんかさっきからコイツの言っている事がイマイチ聞き取れないな。

 それにどうも気分が悪い。


「……わけのわかんねーことを口走りやがって。もうお喋りは終わりだ」


 俺は痛みとは別のところで何故か意識が飛びそうになるのを押さえ込み、終にファイティングポーズをとった。


「……ああ、もうめんどくさいな」


「え……」


 しかし、俺が構えたのも全く意に介さず、終は俺をタテに一刀両断した。

 その衝撃で俺の意識は崩れ去った。



 肉体的な痛みには俺はなんとか耐えられる。

 だが脳へ直接衝撃がいき、意識を刈り取るような攻撃だけは耐えられない。


 ゆえに俺は頭だけはしっかりガードしていた。そのつもりでいた。

 だがあっけなく俺はその攻撃を許してしまった。 


 つまり終はまだまだ余力を残していたという事か。

 いや、あるいは俺の問題か。


 ただ、どちらにしても今の状況はまずいってことだけはわかる。


 俺は遠くなる意識の中、咄嗟に終を見る。


「後はアイツがなんとかしてくれるだろう……」


 その攻撃を受けて俺が意識を手放そうとしていたその時、終は確かにそんな事を呟いていた。

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