混乱
「バル、やっぱ俺は1人で行くぜ」
「リュウさん!」
「ちょ! リュウ! あんた本気で言ってんの!?」
俺が先へ行くと告げると、バルとシーナは驚きの声を上げた。
「リュウ、オレは全員で行った方がいいと思うぞ」
「そ、そうですよリュウさん~。1人で行ったらもしもの事があるかもしれないじゃないですか~」
そしてヒョウとクリスも反対意見を述べてきた。
そんなに俺の判断が間違っているってことかよ。まあ実際あんまよくない判断だとは俺自身でも思ってるんだがよ。
だがここで赤音を倒して全員で終に挑む選択肢もあまりよくない。
終が『オーバーロード』を使えばその場に何人いようが意味を成さなくなるんだからな。
だったら俺が1人で終に挑んだっていいだろ。
「つかみぞれは否定しないんだな」
「私は信じてるから」
「そうかよ」
まあ俺の何を信じてるのかよくわからねえけどよ。
でもそう言ってもらえると嬉しいぜ。
「私が判断しても碌なことにはならないし」
「……そうかよ」
……そっちか。
俺じゃなくて自分の判断が間違っている自分を信じたというわけか。
実際みぞれがやることは戦闘以外結構的外れな事が多いからな。
その間違っている判断を下すという判断は間違っていないというところがまた、みぞれのわけのわからなさを増長させているような気がしてならないが。
「まあいいや。とにかく俺は先に進むぜ」
「……ちょっと待ってよ」
「あ?」
「……なんであんたはそんなに1人で行きたがるのよ?」
俺が頑なに1人でいく意思を告げていると、シーナからそんな問いかけをされた。
なんで俺は1人で行きたがるのか……か。
……そうだな。
「……俺は勝たなくちゃいけねーんだ。それが俺の目指した存在のあり方だからよ」
「……え?」
そうだ。そうなんだ。
俺は何が何でも勝たなきゃいけないんだ。
それが俺が1人で行きたがる感情面での理由だ。
俺は今まで終に負け続けてきた。
本当なら俺は誰にも負けちゃ駄目なのに負け続けてきた。
それは俺にとってはあっちゃいけないことなんだ。
だから絶対に終に勝たないといけない。
けれどそれは一対一で勝たなくちゃ意味が無い。
サシで勝たなくちゃ俺は本当に終に勝ったと胸を張って言えない。
そして終に勝てなきゃ俺は俺でいられない。
もはや兄にはなれないと自覚してしまった俺がここで更にダメ押しをくらったら、俺はもう二度と俺を演じきれなくなる。
そうしたら俺は俺という存在を肯定できなくなる。
もし……もしも、そうなったら……俺は……
「……なあ、シーナ。てめえは俺の事、好きか?」
「!? ちょ! い、いきなり何言ってんのよあんたは!」
俺が逆にシーナへそんな問いかけをするとシーナは一瞬で顔を真っ赤にして慌てふためいた。
そして周りにいたバルやヒョウ、クリスも突然の発言だったからか表情を硬直させていた。
まあみぞれはいつも通りだったけどな。コイツはこういう時でも何を考えているのかわからん。
ついでに番匠達や赤音も不意打ちをくらって呆然としていた。
赤音にいたっては口にくわえていたキセルを地面に落っことしていた。
なんかわりいな。いきなり空気変えちまって。
だが俺はもう止まらない。
この先へは何も持たずに行くために。
「何言ってんのってこの前の続きだよ。てめえが俺にコクった話の続きだよ」
「ちょ! ちょーちょーやめて! いきなりこんなところでそんな話し始めないでよ! てゆーか私はコクったとかそんなことしてないからね!?」
「違うのかよ?」
「う……」
慌てて周りの連中に手をブンブン振りながら俺の言った事を必死に否定しようとした。
しかし俺が再び問いかけるとシーナはどもる声を出すばかりでプルプルしている。
「『あんたにならデレても良いよ』……とか告白以外の何物でもないじゃねーか」
「ちょおおおおおおおおおおおおおおおお!!! こんなところでその話を持ち出さないでよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
俺がシーナのマネをしながらシーナがかつて言った台詞を吐くと、シーナは今にも俺に掴みかかりそうな距離まで来て俺に怒鳴りかけてきた。
うん、やっぱりこうして近くで見るとシーナって美人だよな。
それにこういう風に困っているシーナを見ると、なんていうか胸がわくわくする。
まあおちょくられてもいいよというトンデモ発言をしたシーナの方は、俺がこのタイミングで赤裸々発言を暴露するのはいくらなんでも流石にどうかと思うだろうが。
それに俺はシーナと最初にあった頃、シーナをおちょくりすぎて泣かせてしまったことがある故に、おちょくるのにもある程度セーブをかけていた。だから普段の俺だったらここまでのことはしなかっただろう。
だが今はそんなこと考えねえ!
俺は全力でシーナをおちょくり倒す!!!!!
……これって多分、俺はシーナに惹かれてるってことなのかもな。
「なんだよ、てめえが言った事だろ。ちゃんと自分の言った事に責任持てよ」
「だからってこういうことはなにもみんなのいる前で言わなくてもいいでしょ!?」
「お? なんだ、やっと認める気になったか。てめえが俺におちょくられて喜ぶような真性のどMだってことをよ」
「だからどMじゃないって言ってんでしょ!? 私はそんなこと認めてないわよ!」
「何言ってんだてめえ。『あんたにならおちょくられてもいいよ』って言ってきたのはてめえじゃねーか」
「だから今その話を持ち出すなあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
俺がシーナをおちょくり続けるとシーナもヒートアップして益々顔を真っ赤に染める。
もはや耳まで真っ赤の茹だこ状態だ。
「し、シーナさん。リュウさんにそんなこと言ってたんですか……?」
「! ば、バル!? こ、これは違うのよ!?」
そんな俺らのやり取りを見てバルが訝しむようにシーナに訊ね、それをシーナが慌てて否定している。
「だから何が違うんだよ。聞いてやるから言ってみ?」
そして俺はシーナがさっきから言っている違うという言葉を拾ってシーナに問い詰める。
「ほら、何か俺が勘違いしてるなら言ってみろって。じゃないとパーティー全員に誤解が残るぞ?」
「ぐっ……あ、あんた……本気で嫌な性格してるわね……普通こんなことしないわよ……」
「俺がこんなことするのはシーナだけなんだからね! 勘違いしないでよね!」
「いきなりツンデレ口調になってんじゃないわよ!?」
俺は今までシーナをおちょくっていなかった時間を取り返すかのようにおちょくり続けた。
ああ、やっぱりいいなあ。
シーナをこうしておちょくるのはとても楽しい。
だがそんな俺にとって楽しい時間も光陰矢のごとく、俺らの視線が集まってシーナが屈服したところで終わりを迎えた。
「……わかったわよ。認める、認めるわよ! 私はリュウに告白した! 私はリュウのことが好き! 最近なんかリュウが大人しくてモヤモヤしてた! だから私をおちょくってもいいって言った! デレてもいいとかわけわかんないことも口走った! これでいい!?」
そしてシーナは俺らに白状した。
俺に告白したと。俺のことが好きなのだと。
シーナは確かに俺らの目の前でそう宣言した。
「さあ次はあんたの番よ! リュウ! 私をここまで辱めたんだからこの前みたいに逃げることなんて許されないわよ!」
「ほぉ……自爆覚悟できやがったか」
確かに周りの連中の前でここまで言わせたなら俺も誠意をもって答えなきゃいけなくなるな。
シーナにしてはやるじゃないか。俺が言わせただけだが。
「それで!? あんたはどうなのよ!? あんたは私のことどう思ってんのよ!?」
「俺もシーナのこと好きだぞ」
「だからそんな事言って逃げるのはってええええええええええええええええええええええ!?!?!?」
俺があまりに素直にシーナを好きだと言った事がよほど予想外だったのか、シーナは驚きの声を上げていた。
「りゅ、リュウさん……」
そしてバルが俺の名前を呟き拳を握り締めていた。
やっぱ俺がそんなこと言い出すとは思わなかったか。
つかそんなこと言い出すというのはそもそもシーナの方なんだけどな。
なんでよりにもよって俺なんだか。
俺らには性別の壁ってもんがあるっていうのによ。
「でもゴメンな! やっぱり女同士でそういう関係になるのはまだちょっと俺には抵抗があるんだ!!!」
「……………は?」
「シーナの気持ちはとても嬉しいぜ! だけどやっぱそういうことは異性に言うものだと俺は思うぜ!!!」
「………………………は?」
「だが安心しろ! 俺はシーナがレズでもそれを否定するわけじゃないぜ! 俺もシーナならいけるんじゃないかって思っちまったしな!!!」
「…………………………………は?」
「それでもやっぱ理性的なとこでシーナを受け入れるのに抵抗があるんだ! だから本当にスマン!!!」
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」
「そういうことだから! 俺が言いたいのはそれだけ! じゃあ行ってくるぜ! シーナ! みんな!」
「ちょ……え? ええぇぇえ?????」
俺は今俺が言える事を全て吐き出して奥の通路へと駆け出した。
もう後戻りは出来ない。そんな思いを胸に抱いて。
……今更自分の性別を意識しなきゃならない事態になるなんて思わなかったな。
普段の俺なら男だとか女だとか、そういうことを言ったり考えさせられるような話は全て聞き流してきた。
だがシーナがあれだけはっきりと告白したんだ。
今回は本当にどうしようもなかった。
……まったく。こういう時俺が本当に兄であれば良かったのにとつくづく思うぜ。
俺が兄……龍にぃであれば、俺はこんなに悩まなくても済んだのによ。
でも自らの性別を意識しなければならない事態になってしまってはどうにもならない。
俺がこんなことを考えるようになっただなんて、シーナの影響力は本当に凄いな。
正直な話、俺はシーナの告白にOKを出しても良かった。
俺がシーナに惹かれているのは、もうどうしようもない事実なんだからな。
でもそれはできない。俺は、これから1人にならなければならないんだから。
どんな理由であれ、プレイヤーがプレイヤーを殺すような事態を許すわけにはいかない。俺は……この戦いが終わり、バルの説教を終えた後、パーティーを解散する。
だから……ここから先はこの俺、佐藤陽菜、1人だけの戦いだ。




