通行止め
俺らは教会跡地の地下を走り続ける。
ここは案外広いようで、もうかれこれ5分以上は走り続けている。
そして、その道中には街の警備兵とプレイヤー連中が幾人も倒れている。
コイツら全員終達が倒したって言うのかよ。
終が直接手を下したのか、あるいは眼帯の女、赤音や色々きついメイド、ニャルル、あるいは忍がやったのか。それはわからない。
だが地下で警備についていた連中は50人以上はいたはずだ。それだけの数を相手にして疲弊していないわけがない。
それに肝心の5番目の魔王が未だ解放されていない。
ならまだ俺らにもチャンスはある。
俺らはまだ終達に負けていない。
「ああ、やっと来やしたか。待ってやしたぜ」
そして一際大きな部屋に俺らが辿りついた時、1人の女が待ち構えていた。
その眼帯の女、赤音は俺らを見据え、キセルを口にくわえて煙草を吹かしていた。
「! 番匠!」
部屋の中をよく見ると、そこには7人の男達が倒れているのを見つけた。
その男達の中に俺が知る人物、『ウォーリアーズ』のリーダー、番匠の姿もあった。
「何だい? この男達に知り合いでもいたかい?」
番匠達に駆け寄った俺に赤音がそう聞いてきた。
ここに倒れている番匠達とけろりとしている赤音がいるということは、ここで何があったか大体想像がつく。
「……てめえがやったんだな、赤音」
「まあ、その男達がこの先に進もうとしてたんでね、ちょっとおねんねしてもらいやした」
「そうかよ」
コイツなら番匠達を無傷で倒す事もそう難しい話じゃなかっただろう。
赤音には『邪眼』がある。
どうやらそれをくらうと問答無用で気絶させられるようだからな。
それがどんなスキルなのか詳しくは知らないが、この状況を見る限り相当厄介なスキルのようだな。
「『オールキュア』~」
そして俺が赤音と話している最中にクリスが番匠たちに向かって状態異常を回復する魔法をかけていた。
どうも気絶というのは状態異常の一種らしく、意識を失っている人間に対して回復魔法をかけると強制的に目覚めさせることができる。
その証拠にクリスの魔法を受けた番匠達は次々に目を覚まし始めた。
「ッグ……こ、ここは……」
「よう番匠、気分はどうだ?」
俺はとりあえず起きた番匠に声をかけてみた。
すると番匠は俺の顔を見てどういう状況なのかよくわからずに首を捻っていた。
「? リュウ? ……ああ、そうか。そうだな、気分は最悪だ」
だがそんな状態もすぐにおさまり、番匠は数秒で今がどんな状況かを把握したようだ。
けれど番匠達は調子が悪そうにしている。
どうもこの起こし方は自然なものではないからか、起こされた側は数分間体に酷い不快感を生じさせてしまう。
俺もこの旅の間にこの魔法でたたき起こされた時は酷い頭痛に見舞われたんだよな。
一瞬で意識がはっきりするっていうメリットがあるからクリスには遠慮なく使えと言ってはいるが、正直あまり使われたくない魔法だ。
「一応意識は全員戻りましたが、少しの間安静にしていた方が良いですよ~」
「……あんたが俺達を起こしてくれたのか。ありがとうな」
「いえいえ~」
だが番匠は多少ふらつきながらも不調を顔には出さず、クリスに礼を言っていた。
流石は肉弾戦を主とするギルドのマスターか。
この程度で音を上げる玉じゃねえか。
そしてクリスは続けて番匠達の持つ不快感を和らげるために回復魔法をかけている。
あれならすぐに復帰できるだろう。
「それで? こんなところで待ち構えていたって事はてめえも試練とやらで俺らと戦うつもりなのか?」
そしてそんなやりとりを横目で確認してから視線を外し、俺は赤音を睨みつけていつでも戦闘を開始できるよう弓を持つ手に力を入れた。
今は落ち着いて番匠達と話してる場合じゃない。
俺らは未だに予断を許さない状況におかれている。
赤音については情報が少なすぎる。
だからコイツとどう戦うのが一番有効なのかわからないが、『邪眼』対策としてできることは、レアの『レンタルギフト』同様、使われる前に倒すという事しかない。
なら赤音が眼帯に手をかける前に俺が弓矢で仕留めるのがベターだろう。それで倒せるかはわからないが。
「いんや、そういうわけじゃあありやせんぜ」
「?」
「キルとレアを乗り越えてきた以上、リュウさんは終の旦那と戦う資格は十分と判断させていただきやす」
赤音はそう言って俺を奥へ促すかのように道をあけた。
「終の旦那はこの奥で待っていやすぜ」
「……なんだよ。通っていいのか?」
「ええ」
「……そうか、それじゃあ通させてもらうぜ」
俺は赤音の動きを警戒しつつ、奥にある通路へ向けて歩を進めた。
が、俺らが赤音の横を通り過ぎたその時、赤音は立ちふさがった。
「……おい、どういうことだよ」
俺らの前に立ちふさがった赤音を見て、俺は剣に手を乗せた。
やっぱりコイツも俺らとやりあうつもりか?
今言った言葉は俺らと距離をつめるためのブラフ?
「ああいや、別にあっしはリュウさんとやりあうつもりはありやせんぜ」
しかし赤音はそう言いながら左手を振って俺の考えを否定した。
「じゃあどういうことだよ」
「いえね、あっしは終さんからリュウさんだけを通すようにと申し付けられておりやしてね。だから後ろの方々も一緒に通すわけにはいかないんでさあ」
……なるほどな。
赤音は俺を通す気ではあってもシーナ達を通す気は無いってことか。
「ああ、安心してくだせえ。この先にいるのは終さんだけなんで。あっしらがリュウさんに不意打ちをするような事はありやせんので」
「別に俺はそんなこと考えてねえよ」
コイツらが不意を打つことがあるとすれば俺らを試す時だけのようだからな。
試すことなら既にキルとレアに存分に試されてる。その状態で今からまた試すことがあるとすれば、それは終自身によってだろう。
なんで試すのかは未だにわからないんだがな。
まあいい。
そういうことなら俺だけで先に進ませてもらおう。
「リュウさん、ダメです」
「? バル?」
と、俺が歩き出そうとしたその時、バルが背後から俺の服を掴んでそれを止めた。
「ここは敵地です。全員で進むのが最良だと思います」
「……とはいってもなあ」
俺は赤音の方を見やると、赤音は首を振って俺以外の人間を通さないという意思を示してきた。
「赤音は俺ら全員では通さないって言ってるぞ」
「……ならその赤音さんを私達全員で倒せば良いのでは無いでしょうか? ここには私達6人の他に番匠さん達もいます。これだけの人数で戦えば大した被害も無く赤音さんを倒せるのでは?」
「それは……まあそうなんだけどよ」
「戦うなら俺達も戦うぜ。やられっぱなしは性に合わねえからな」
バルが赤音の方を向きながらそんなことを言っていると、後ろで若干足がおぼつかない番匠からも加勢するという声が届いてきた。
「ハッ、あっしを前にして随分なこと言いやすねえお譲ちゃん」
そして赤音は鼻で笑ってバルを見下ろしていた。
どうやら赤音はこの大人数でも戦う気マンマンのようだな。
「当たり前です。あなたは私たちが倒さなくてはいけない敵なんですから」
「そうですかい」
……なんか、バルにしては随分好戦的だな。
確かにそれが一番安全な策といえばそうなんだけどよ。
だが、それはどうなんだろうか。
ここで赤音を倒して全員で終のところに言った場合どうなるか。
おそらく全員で終を倒すという流れになるだろう。
しかし……それで俺は納得できるだろうか。
勿論終を倒すことが最優先事項だ。それは変わらない。
けれど、それでも俺は1人で終を倒したいと思っている。
なぜそう思うのかわからない。終を絶対に倒さなくてはいけないのに、そんな非合理的な考えでいいわけがない事も十分承知している。
街の危機なんだ。俺らプレイヤーの障害なんだ。危険思想の持ち主なんだ。
だから終は絶対に倒さなくてはならない。
……いや、待て。
俺は既に『オーバーロード』を使用している。
この状況で終と会ったらどうなる?
もしも終が『オーバーロード』を使ってきたら俺の勝ち目は限りなく低くなるだろう。
だがそれと同時に終が『オーバーロード』を使用する可能性も低くなるような気がする。
終はなぜか俺との対等な戦いを望んでいる。
だから終は俺との戦いを『オーバーロード』で一方的に終わらせるような事はしないように思える。
前の戦いでもレベル差があるからと言って、俺が今持っている剣より数段劣る剣で戦ってきていた。
しかしそれはあくまで俺と一対一で戦う場合だ。
それが多対一になったら終は躊躇い無く『オーバーロード』を使ってくるんじゃないか?
それならむしろ俺1人で行ったほうがいいように思えてくる。
それにもし俺と一対一で戦った時に終が『オーバーロード』を使用したなら、それは終にとっても後が無くなるだろう。
その時俺がどうなっているかわからないが、もしもそれで俺がやられたとしても、その後に続くシーナ達、それにユウ達へと希望を繋げる結果になる。
そう考えると、やはり俺は1人でいくべきだ。
希望的観測が過ぎるようにも思えるが、終が『オーバーロード』を使っても使わなくても俺にはそれなりの利がある。
それに、終を斃す事は俺1人でやらなければならない。
プレイヤーを殺す役目は俺1人だけでいい。
だから俺は……




