密室
「…………は?」
「…………え?」
俺とシーナは今起こった現象が理解できず、2人して呆けた顔をしていた。
「……なあ、今何が起こったんだよ」
「……いや、それを私に聞かれても困るんですけど」
「……だよな」
俺とシーナは今迷宮内の何処かの部屋にいる。
ただこの部屋は見た事がない。
完全に未知の部屋だ。
「……マップもダメそうね。今の私達はみんなと一緒のところにいることになってるわ」
シーナがメニューを開きながらそうぼやいていた。
「……てことは俺らはバル達の上か下にいるって事か」
ここは地下へと続く迷宮のためにメニューにあるマップ機能が上手く動作しない。
マップ機能は左右の動きには反応しても上下の動きには反応しない。
つまりこの地下迷宮ではマップ機能はあまりアテにはならないという事になる。
「……とりあえず周囲を調べるぞ」
「……そうね」
俺らはひとまず冷静になって周囲を調べ始めた。
多分今俺らはワープトラップに引っかかったのだと推測される。
このトラップは俺らも迷宮に入る前には街で調べた情報である程度知っていた。
そしてそのトラップは絶対に踏まないよう注意を払っていた。
なぜならこのワープトラップ、どこにワープするかわからないという代物だからだ。
このトラップは街でも要警戒トラップとして、見た目や仕掛けのある場所などが他のトラップより情報が豊富にあった。
つまりそれだけ注意して回避しろというトラップだった。
だが今回何故かそのトラップを引いてしまった。
俺らは特に魔法陣とか踏んだわけではないのに、だ。
一体何故なんだ?
「……なんだこの空間は。この棺桶以外何もないのかよ」
一通り部屋の中を散策したところ、この部屋は密室で部屋の中央に俺らがさっきまで調べていた棺桶がポツンとあるくらいだった。
「これじゃあこの部屋から出る事もできねえじゃねえか」
「……この棺桶の中身はどうなのかしら?」
「他に調べるところもないしな、開けてみるか」
俺は目の前にある棺桶を警戒しながら慎重に開けた。
「なんだこれ?」
棺桶の中には赤くて丸い玉が入っていた。
俺はその玉を手に持つ。
『赤き宝玉 使用回数∞』
「……どんな効果かわかんねえよ」
使用回数と出ているから何かしらの消費アイテムなんだろうが、肝心の説明書きがないタイプのアイテムだった。こういうアイテムの場合、効果を知るには街の鑑定屋にいくか『鑑定』スキルが必要になってくる。
だがとりあえずこんな隠し部屋にあるようなアイテムなんだからそれなりに重要なアイテムなんだろう。
俺はその宝玉をアイテムボックスにしまいこんだ。
「……これには穴が開いてないわね」
そして俺の隣ではシーナが棺桶の中身を見てぽつりとそう言っていた。
「そういやそうだな」
確かに今目の前にある棺桶は普通に底がある。
俺が魔王の部屋に落っこちた時のような穴はない。
アイテムも入っていたし、つまりこの棺桶はさっきまで俺が座っていた棺桶とは別物ということか。
「……はぁ。つまるところどうすりゃいいんだこれ。密室じゃねえか」
どこか通路へと繋がるようなところも無く棺桶内にも穴は無い。
つまり俺らは密室の部屋に閉じ込められた状態ということになる。
「いっそのこと壁をぶち抜いてみるか?」
「そ、それは止めたほうがいいんじゃない? それで生き埋めになったら洒落にならないわよ」
「……そうだな」
一応この迷宮の作りはしっかりしているっぽいが、それをどれだけ信用していいかわからない。やらなくていいならやらない方がいい。
迫りくる壁トラップの場合は命の危険があったためやむを得ずぶっ壊したが、今回はそこまで切羽詰った状態とも言いづらい。
それに壁を破壊した先に通路があるかどうかも俺らにはわからないしな。
壁をぶち壊すのは最終手段にしよう。
「だけどそれじゃあ俺らどうしようもねえじゃねえか」
「そうね」
「それじゃあこの後どうする? 今ここにいるのは俺とシーナだけみたいだが」
「え、あ、ふ、2人っきり……?」
俺が話をしながらシーナに近づくと、何故かシーナはそわそわしだし始めた。
「? どうしたんだよ、シーナ」
「べ、別になんでもないわよ」
そうしてシーナは俺からそっぽを向いて座り込んだ。
それを見て俺もシーナの隣に座り込んだ。
「な、なんで私の隣に座ってんのよ」
「は?」
俺はシーナの隣に座った。
だがそれは別に肩が当たるような近くというわけでもなく、1メートルは離れている。
「なあ、やっぱてめえ、なんかおかしくねえか?」
「お、おかしくなんてないわよ。私はいつもこんなもんよ」
「そうか? いつもならもっとうるさいのがシーナだと思うんだけどな」
「……それを言うならあんただってそうじゃない」
「あ? 俺?」
なんでそこで俺の話になるんだよ?
「俺がなんかおかしいってのか?」
「おかしいわよあんたも。あんた2月前までは私をおちょくるの好きだったじゃない?」
「は?」
おちょくる?
なんでそんな話が今出てくるんだよ。
「……だから! なんであんたは突然私をからかうのを止めたのかって聞いてんのよ!」
シーナはそう言って俺に詰め寄ってきた。
「ああもう……ちょっとこれは真正面からじゃ言いづらいわ……」
「つかそんな事話してる場合かよ。早く仲間と合流しねえといけねえ場面だろ」
「あっちは人沢山いるし私たちは2人でもなんとかなるでしょ。ワープトラップに引っかかった以上は慌ててもしょうがないわよ」
「まあ……それはそうなんだが」
難色を示す俺に向かってシーナがそう説明し、俺もそういうものかと思いなおし始めた。
ワープトラップは引っかかったら最後、元の場所にすんなり戻れるような代物ではない。
引っかかった人間を迷宮内の何処かへとランダムに飛ばす一方通行のトラップだからな。
故に絶対に引っかかってはいけない代物だったってのに。
いや、今はそんなこと悔やんでも仕方ないか。
「わかった。休憩がてら少しだけ話に付き合ってやるよ……それで? さっきの話は俺がシーナをおちょくらなくなったことについてだったか?」
「そうよ」
シーナはふう、と息を吐いて話し始める。
「あんたってさ、時々私を酷くおちょくる時あるじゃない?」
「ああ、まあな」
その時の俺はよくわかんねえんだけどな。
何故か勝手にシーナをおちょくってるというのが俺の感想だ。
まあそれは俺がシーナをおちょくってる時無心でいるという事なんだろう。
「……でも最近はそういうことしないじゃない?」
「そうか?」
「そうよ。さっきだって私が怖がってたけどそれでおちょくったりしてこなかったじゃない」
「……そういえばそうなの……か?」
そんな事意識してなかったからよくわかんねえよ。
でもおちょくられる側のシーナがそう思ってたという事はそうなんだろう。
「今までは旅をしていたから深く考えてなかったけど、思えば4番目の街辺りから私をおちょくる事もなくなったわよね」
「そうだったか?」
確かに最近俺がシーナをおちょくったというような記憶はない。
最後におちょくったのはいつだったか……多分4番目の魔王と対峙する少し前くらいまでさかのぼるか?
「……もしかしてあんたは私をおちょくる事に罪悪感とか持ち始めちゃってるのかな?って思っちゃって……」
「は? 罪悪感? 俺が?」
なんでそんなもん俺が持たなきゃなんねえんだよ。
……まあたまに過去の事を思い出してあの時の俺シーナをおちょくりすぎじゃねえか?って思ったりする時はあったりしたけどよ。
「何? 違うの?」
「ちげえと思うぞ」
俺はそんなことで罪悪感を抱いたとかそんな覚えは無い。
「……じゃあなんでパッタリと私をおちょくるのを止めたの?」
「んなの知るかよ。ただそういう機会がなかっただけじゃねえの?」
「だからさっきも私をおちょくる機会なんてあったでしょ」
「ああ……そういえばそうだな」
じゃあ俺はなんでシーナをおちょくったりしなくなったんだ?
つかそもそも俺はなんでシーナをおちょくっていたんだ?
「……もしかしてバルが原因?」
「バルが? なんでそこでバルが出てくんだよ?」
シーナをおちょくることとバルは全くもって関係ないだろ。
「……違うの?」
「だから違うって何がだよ。てめえたまにぼかして喋る事あるけどそれで意味が伝わらねえことだって多いんだからな?」
俺は行間を読むだとかそういう国語力がそこまで高いというわけじゃねえんだぞ?
「……わかんないならもういいわよ」
「なんだよそりゃ」
シーナの言いたい事が何もわからない。
結局シーナは何が言いたいんだよ。
「なあ、それでシーナは俺がおちょくらなくなったからなんだって言うんだ? てめえは俺におちょくられて迷惑してたんじゃねえのか?」
「それは……」
俺がこの話の核心部分をつつくとシーナは途端にモジモジし始めた。
それにシーナの顔がさっきからどことなく赤いような気がするんだが、それは俺の気のせいだろうか。
「てめえは俺におちょくられるのが嫌なんじゃねえのか?」
「……ないわよ」
「あ?」
「……嫌じゃないって……言ってんのよ」
「…………は?」
今……コイツ、なんつった?
「ちょ、ちょっと待て。今てめえなんて言ったんだ?」
「……あんたにおちょくられるのも嫌じゃないって、そう言ってんのよ」
「…………」
おい
つまり
あれか
つまり つまりシーナは――
「てめえ……ドMだったのか……」
「ちょ!? ち、違うわよ! 私Mとかそんなんじゃないわよ!?」
「いやでもてめえ人におちょくられるのが好きなんだろう? やっぱドMじゃねえか」
「違うわよ!? 私はそういうことで喜ぶとかそういう性癖があるとかそういうのじゃないわよ!?」
「じゃあ一体なんだって言うんだよ。てめえが言ってる事はそうとしか思えねえんだが?」
「だ、だから……あんたにおちょくられるなら……私も嫌じゃないのよ」
「…………」
……………………
………………………………
「は?」
「……だから! 私はあんたにならおちょくられるのも嫌じゃないって言ってんのよ!!!」
シーナは大きな声でそう言いながら俺に詰め寄ってきた。
「な、何言ってんだてめえ。ちょっとわけわかんねえぞ。説明をしてくれ」
俺は迫ってくるシーナから逃げることなくその場にとどまり続ける。
「こんなことの説明とか私が出来るわけ無いでしょ! あんただって私の性格くらい十分知ってるでしょ!?」
「わかってるけどよ……てめえがツンデレ体質だってことくらいはな」
そして俺とシーナは互いの吐息を感じられるほどの距離まで近づいていた。
「……ねえ。あんたから見て私ってそんなにツンデレに見える?」
「あ? ああ、そうだな。てめえはどっからどう見てもツンデレだ。あんまデレたりしねえけどよ」
「……デレてもいいわよ」
「へ?」
今……シーナの奴……何を……
「私は……あんたにだったらデレてもいいわよ」
俺は、シーナにデレられた。




