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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
一章 始まりの街
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理想

「ようリュウ、……ずいぶん帰ってくるの早かったな」


 宿に戻った俺にガントがそんな言葉を洩らした。

 まあついさっき出て行ったばかりだったからな。


「ちょっと予定変更だ。今食堂開いてたりするか?」


「ああ開いてるぜ。今日の夕食メニューはとんかつ定食だ」


「とんかつっ?!」


 とんかつというワードにバルは物凄い食いついた。


「なんだこのちっちゃいのは。リュウの子供か?」


「そんないきなり生まれねえよ。コイツはそう……ただの類友だ」


「類友?」


「とんかつか! ここにはとんかつがあるのか!?」


 俺とガントが話している間、バルは俺のそばでとんかつとんかつと連呼して騒ぎまくっていた。


「とりあえず食堂の方いくわ。コイツ腹減ってるらしくてな、さっさと食わせねえとピーピーうるせえんでな」


「ははっ、確かにうるせえな。んじゃさっさと行ってきな」


「おう」


「とんかつ♪とんかつ♪」


 そうして俺とバルは食堂に移動してとんかつ定食を注文した。


「はいお待たせいたしました。とんかつ定食2人前で~す!」


 ガントの一人娘、レイナが両手で持ったお盆の上にとんかつ定食を二人分乗せて、俺らのいるテーブルにやってきた。


「うわあああああ! ほんとにとんかつじゃあああああああ!!!」


「うるせえよ! いちいちリアクションすんな!」


「うふふ、ゆっくりしていって下さいね」


 レイナはバルの様子見ながら微笑んで、その場を去った。


「それじゃあ早速いただくとするか」


「うむ!」


 俺らは手を合わせていただきますをしてから箸と茶碗を手に持った。

 ……ておい。


「あ……」


 ……バルは右手の箸でつまんだとんかつを口に入れようとしたが、それはフルフェイスヘルムに阻まれて衣の油が兜の口元に付着した。


「兜被ったまま食おうとかしててめえ何やってんだよ」


「……」


「? おい、その兜取らないとメシ食えないだろ。さっさと外しちまえよ」


「えと、その……どうしても外さないとダメかの?」


「いやだめだろ。てめえ何言ってんだよ」


「そうか……」


 なんだこいつ。

 兜を脱ぐ話になった途端に挙動不審になり始めた。


「なんだかよくわかわねえけど、顔見られたくないとかか?」


「……まあそれもあるかの」


「じゃあ俺こっちの席で背中向けて食うから。それでてめえも兜脱げるだろ?」


「うむ……そうじゃな。そうしてくれるとありがたいの」


「ったく、しょうがねえなあ」


 俺は定食を持って、バルには背中が向くように席を移動する。

 

「そんじゃ改めましていただきますっと」


 とんかつをつまんで口の中に放り込むと肉汁が舌の上に広がっていく。

 そして間を空けずに米を豪快にかき込んで味噌汁を啜った。


 そんな俺のとんかつを食べる音に反応したのか後ろからゴクリという喉音がなり、カチャカチャと兜を外す音が聞こえた。

 そして兜を外し終えたのか、「いただきます」とか細い声が聞こえてきてモグモグと食べる音がし始めた。


「どうだ、美味いか?」


「はい……ぉいしい……です……」


 やけに小さな声ではあるがバルは確かに美味しいと言ったのを俺は聞いた。


「そうか、なら良いんだけどよ」


 たしかにこのとんかつは美味い。

 揚げたてジューシーなとんかつは文句なしで、それにかけられたソースも自家製なのかしつこくなくて良い味だ。


 だがしかし俺的には後一歩、どうしても足りないものがある。

 一応聞いてみるか。


「レイナー、レモンとか置いてあったりしないか?」


 そう、レモン汁だ。

 レモン汁をかけることによってこの食い物は完成される。

 レモンの酸味が揚げ物の脂っこさを薄めて一つ上の段階の料理へと昇華されるのだ。


 揚げ物といえばから揚げなんかも俺はレモン汁をかける派だ。

 勝手にかけると陽菜とか友也は怒るんだけどな。


「はーい、ありますよ~」


「じゃあくれ」


「はいは~い」


 俺の注文にレイナは迅速に対応して、厨房の奥から顔を出した。

 手にはカットされたレモンを持っている。


「は~いお待たせしま……し……」


 レイナはレモン片手に目を大きく見開いて俺の背中に視線を向けていた。


「おい、どうし――」


「キャアアアア! 可愛いいいぃぃ!!」


 突然レイナは叫びだすとレモンを放り投げてダッシュで此方に近づいてきた!


「ああ!? 俺のレモンが!!!!!」


 俺は空に舞ったレモンを救出するべく立ち上がり、レイナとすれ違うあたりでヘッドスライディングをかましてレモン目掛けて突っ込んだ。

 そして俺はレモンが床に落ちる前に手の中に回収することに成功した、が勢い余ってレモンを握りつぶしてしまった。


「うげぁ……」 


 手の平は汁まみれとなり、肝心のレモンも俺の手でぐしゃぐしゃになってもう汁を搾り取る気にはなれなかった。

 その残念な結果にガックリと肩を落としてレイナを非難しようと後ろを振り返ると、レイナはとんかつを口に咥えた一人の少女に抱きついて頬ずりをしていた。


「はぁんかわいいようかわいいよう!」


「!?!?!?」


 少女はレイナの思わぬ行動に目を白黒させている。

 レイナに抱きつかれた少女は長くて白いとても綺麗な髪をしており、透き通った青色の大きい瞳が印象的な、どこか儚げで華奢な可愛らしい女の子だった。


「誰だてめえ!?」


 そんな少女に向かって俺は反射的にそう突っ込んだ。

 目の前の少女は俺のそんな言葉にショックを受けたような顔をした。


 あ、やべ。


 ショックを受けた顔はやがて今にも泣きそうな顔に変化してレイナに優しく撫でられていた。


「ちょっとリュウさん! この子にそんな大きく怒鳴らないで!」


「すまん」


「いえ……いいんです……」


 俺が少女に頭を下げると少女は俯きつつそう答えた。

 よく見ると顔が真っ赤に染まっている。


「あー……一応聞くけど、てめえはバルであってるよな?」


 この場にいるのは俺とレイナと白髪の少女のみ。

 さっきまでそこにバルがいたはずなので普通に考えればそうなるが……。


「はい……私が……その……バルムント……で……す」


 自分がバルだと答えると、少女はますます顔を俯かせる。

 もはや耳まで真っ赤だ。


「なんつーか……とりあえずメシ食ってからにしようや。このままだと冷めちまう」


 そう言うと俺は席に座り直して、何事もなかったかのように装いつつメシをかき込んだ。

 レイナもバルにゴメンネと一言囁いた後、厨房に引き返してレモンを持ってきてくれた。

 バルもしばらく静かだったが、俺がレモン汁をかけ終わったのを合図にして再び後ろから食べる音が聞こえ始めた。






「さてと、腹の方はちゃんと膨れたか?」


「うむ、なかなかの美味であったぞ」


「そ、そうか」


 俺は食事をし終えて兜を装着し直したバルと食堂で話をしていた。


 さっきまで気弱で風が吹いたら飛んで行きそうな雰囲気の少女だったのに、兜があるとこうも変わるのか。

 多重人格? 顔を隠すことによる催眠効果? よくわからんな。


「なあ、その兜つけたままじゃねえとてめえは普通に話せたりしねえの?」


「……できればこのままで話したいのう」


「あっそ、じゃあそのままでいいや」


「よいのか?」


「そのほうが良いんだろ? だったら俺はかまわねえよ」


「そうか、やはりお主は優しいのう」


「うっせ、俺にとってはどうでも良いってだけの話だよ。勘違いすんじゃねえ」


 顔が見れなくて何か問題があるわけでもねえしな。

 ……隣でレイナが残念そうな顔をしているがコイツはスルーだ。


 それにしてもチンピラ共から助けたせいか、バルはどうも俺=優しいとか思っていやがるみたいだ。

 どこかでバシッと言ってやらないといけねえかもな。


 確かに俺はコイツに親近感というか同情めいた感情は持っているが、だからといっていつでも助けてもらえるとか思われたらたまったもんじゃない。

 施しを与えるのはコイツが自立できるようになるまでだ。

 後の事は知らん。


「それじゃあ今日はもう遅いからここに泊まってけ。金は俺が払っといてやるから」


「勘違いするなと言った直後にこれでは勘違いしてくれと言っているようなもんではないかのう」


「……やっぱ訂正。宿代は貸しにしといてやる。後でぜってえ返せよ」


「お主も難儀な性格しておるのう」


「てめえに言われたかねえよ白髪美少女ちゃんよお」


 俺の言葉にバルは顔を俯かせる。

 ……兜つけててそんな首まげたら痛くねえのかな?


 そういえばコイツの髪って白いんだな。

 ファンタジーの世界なら気にならないが現実世界だとずいぶんクレイジーな髪色だ。

 でもいないわけじゃないだよな。なんつったっけ。アルビノだったか?

 それに目の色も青色だった。これも日本ではあんまり見ない色だな。


「なあバル。てめえは日本語流暢に話せてるけどよ、もしかして外国人だったりするのか?」


「半分正解じゃな。わしは日本人とイギリス人のハーフじゃ。まあ生まれと育ちは日本でイギリスには小さい頃に一度行った位なんじゃがの」


「ニホン? イギリス?」


「俺らのいたここから遠いところにある国の名前だよ。つかてめえは厨房に戻れ」


「う~、私もバルちゃんとお話したい~」


 俺の指摘にレイナは駄々をこねてバルに抱きついた。


「ええい! はなさんか!! こ、こら、兜を脱がそうとするな!!!!!」


「え~、バルちゃんのいけずー。でもそんなバルちゃんもかわいいよう」


 バルを力強く抱きしめるレイナをバルは力ずくで引き離そうとする。

 抱きつかれるのを止められないバルだが、最後の砦である兜はなんとか死守している。


「そろそろ離れろレイナ。コイツ本気で嫌がってるぞ」


「あうあう……ごめんなさいバルちゃん、私の事嫌いにならないでぇ」


「はぁはぁ……わ、わかればいいのじゃ。わしは物分りの良い者を嫌ったりなどせんぞ」


「そんで、その言葉遣いはなんなんだ? 今は自分の事わしって言ってるが、兜外してた時は確か私とか言ってたよな。なんで使い分けてんだ?」


「そ、それはじゃな……ええっと……その……」


「あー、別に言いたくなけりゃ言わなくてもいいぞ。別に強制はしねえさ」


「……いや、言う。むしろ聞いていてはくれんかのう」


「うん聞く聞く! 私バルちゃんの事もっと知りたい!」


「レイナ、てめえは黙ってろ」


 レイナはやけにバルに食いついてるな。

 友達にでもなりたいのか?


「まあなんだ。じゃあ改めて聞くが、なんで使い分けてんだ?」


 俺の疑問にバルは居住まいを正して、言葉を選んでいるかのようにゆっくりと答える。


「それは……今のわしはある憧れの人物を真似ておるからじゃ。その人物はわしの理想と言ってもよい。兜を外した時のわしは気弱で泣き虫で臆病で……そんな卑小なわしを変えるべく、わしは兜を被ることによって元の自分を隠し、理想の姿を演じておるのじゃよ」


「……ふーん」


「バルちゃん……」


 理想の姿……ねえ。

 そういうことなら俺からはコイツの変なとこは言えねえな。


 それにしても理想か。うんうん。


「なるほどな。よくわかったぜ」


 俺は今のバルの発言に好意的な印象を受けた。

 まあぶっちゃけ変だと思うけど頑張れ。


 俺がそうしてコイツを気に入ったことを言おうと口を開いた直後、丁度同じタイミングでバルは更に言葉をつなげた。


「端から見れば滑稽じゃろ?」


 ……あ?


「なんだったら嗤ってくれてもよいのじゃぞ」


 …………。


「嗤わねえよ」


 バルの自嘲に俺は睨むようにして言い放つ。


 今の発言は気にいらねえ。


 今の言葉は俺にとって地雷だボケが。


「リュウ……?」


 俺の態度の豹変についていけないのか、バルは恐々と俺の名前を口にした。


 わからねえなら教えてやるさ。

 先駆者の言葉だ。ありがたく受け止めやがれ。


「前の自分が嫌だったからてめえは必死になって変わりたいと願って演技を実行したんだろ? その実行した姿が他人の真似事だったとしても、自分を変えようって意志は本物だろうが。そんな意志を嗤うようなこと、俺はしねえしさせねえ。それが俺の流儀だ」


「…………」


「てめえは本気で変わりたいと思ったんだろ?」


「う、うむ……そうじゃ……」


「だったら自分を下げるようなこと言うんじゃねえよ。それを言うだけでてめえはてめえの理想に泥を塗ってんだよ。馬鹿にしてんだよ。自分なんかじゃ到底理想にはなれないと諦めてんだよ」


 俺はそこまで言って大きく息を吸い込む、そしてバルに向かって強く声を出す。


「だからてめえが本気で変わりたいと思うなら、自分で自分を嗤うんじゃねえ。ぶっ飛ばすぞ」


 俺の言葉にバルはしばらく何も言わず、そして体をプルプル震わせるとか細い声が聞こえてきた。


「そうか……そうか……うん、お主の言うとおりかもしれんのう」


 バルはそう言って、何か吹っ切れたように、力を込めて俺に謝罪してきた。


「先程の発言はすまなかった。忘れてくれ。わしは今後、自分を自分で嗤うことなどしないとここに誓うぞ!」


 そうバルは宣言し、椅子から立ち上がって俺の方を向き、フフフと笑う声が兜の中から聞こえだした。

 俺もつられて口元を歪ませ、ニヒルな笑みを意識して作り出す。


「さあて謝られても何のことやら。てめえに謝られるようなこと、俺の記憶にはねえなあ」


 てかついさっき会ったばかりの奴からいきなりこんな説教みたいなこと聞かされてもコイツはなんともないんだな。

 冷静になってみれば本気で語った俺の方が恥ずいじゃねえか。


「ふふっ、やっぱりお主は優しいのう」


「あ? だから優しくねえっての。マジぶっ飛ばすぞ」


 それに俺の事優しいだとか勘違いしていやがるし。


「これはあれかのう、いわゆるツンデレというやつなのかのう」


「おいこら誰がツンデレだゴラァ! いいぜおら、表出ろや。ぶっ飛ばしてやっからよお!!」


「ちょ、ケンカしちゃだめ~!」


 誰がツンデレだ! そういうてめえは説教されて優しいとかのたまうチョロいガキのくせによぉ!


 その後も俺はレイナに窘められて、そろそろ賑わいをみせてきた食堂から俺らは席を立った。

 俺は腹の虫が治まらなかったが、あの後またすぐバルはレイナに捕縛されるのを見て少しだけ溜飲も下がった。

 そしてレイナは長い事厨房から姿を消していたことでナターシャさんから後でこっぴどく叱られていた。


 ちなみに今日バルが眠る場所はレイナの部屋ということになった。

 宿の部屋は既に満席で泊まれないらしく、それなら私と一緒に寝ようとレイナがバルを強引に誘ったのだ。

 なんつうかもうレイナの行動力パネェな。なかなか首を縦に振らないバルを強引に部屋まで連れ込もうとしてたし。


 そして夜も更けてそろそろ寝床に行こうかという時、俺はふと思い、バルに問いかけてみた。


「そういやバルの言う理想の人物ってどんな奴なんだ?」


「うむ、それはな、ロード・オブ・ザ・ドラゴンという映画に出てくる老騎士でな、その老騎士が兜で顔を隠したまま体を張って人を守り、そして助けていくその姿にわしは心を射抜かれたような衝撃を味わったのじゃ」


「映画かよ……」


 非実在老人かよ。いや、演じている役者は居るけどさ。

 まあ……うん。アニメやラノベのキャラとか言われなかっただけマシか。


 なんとも微妙なオチがついて、俺は宿のベッドで眠りにつくのだった。 

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