隠して、素性!
「はあはあ…つ、疲れた…」
「ゼェゼェ…」
岩の上にぐったりと倒れながら、私は自分の情けなさに涙したくなった。ああもう本当、私ってなにやっても駄目だ。なんにもできない役立たずだ。
「…」
____今も無言で子どもに着つけられてるし!!私ってホントなんなの!!?
「…お手数をかけてして本当にごめんなさい…」
「…いえ、…助けていただきましたから…」
この子本当に良い子だ。今度は違う意味で泣きたくなって来たよ!
「腕上げて下さい」
「え、あ、はい」
「上げ過ぎです」
「すみません」
大人しく腕を下げれば、子どもは慣れた手付きでするすると衣装の乱れを直してくれる。…凄いなぁ、器用だなぁ…。こんなことができるってことは、良い所の子どもだったりするのかな。いや、でもだったら人柱なんかにされないか。ということは、良い所の使用人さんの子ども?ああ、なっとく。
「……なにを、頷いているんですか?」
「え! あ、なんでもないよ、うん、」
「……これ、お返しします」
言って、子どもはシャラシャラとなる金属を見せた。………あ、これ私の頭の飾りか!こんな風に見たこと無かったから一瞬なにかと思った。
「宝冠を…、高価なものを、乱暴にしてしまって、申し訳ありません」
「え、これホーカンっていうの?」
あ、やべ。なんか空気が凍った。
「あ、…えっと…」
「……つけ方、わかりますか」
私はそっと首を振った、もちろん縦にだ。あまりの情けなさに子どもの顔は見れなかった。
「…つけますね、」
「何から何まで本当にすみません…」
そうして、綺麗に私は元の姿へと戻ることができた。
しかもご丁寧に子どもは絡まった髪まで梳いてくれた。ああもう本当に良い子だなー。躾が行き届いているなー。きっと、親の教育が良いんだろうなー。
「えっと…お名前、なんて言うの?」
着付けが終り、僅かに落ちた沈黙に耐え切れず訊いてしまった。だが、どうやら話題選択を間違ったらしい。ぴくりと跳ねた子どもの肩に、私はムンクのように叫びたい衝動に駆られた。
「ごごごごめん!言いたくなければべつに言わなくて良いよ!」
「べ、べつにそういうことじゃ……気を、ぼくなんかに、つかわなくても…だから土下座は止めて下さい」
後半はやけに確りした口調で言われた。なんだか先生や親に怒られているような気分がした。するすると大人しく正座する私に、子どもは一拍置いて迷い口調で言った。
「…ぬさ」
「え?」
「幣です、……なまえ、」
床を見ながら子どもが言う。床は剥き出しの岩しかないからつまらないよ、と思ったけどそれを言うとまた空気が凍りそうなのでぐっと堪えた。ぬさ、ぬさ…子どもの、幣の名前を、私は舌に馴染ませるように何度も口の中で唱えた。そして、
「ぬさ」
呟いた名前に、ぬさは確り答えてくれた。
戸惑いながらも見上げてくる瞳に恐怖でなく歓喜を覚えた。人と目が合うのは苦手なはずなのに、どうしてだろう。不思議だ。___ぬさは、恐くない。
「わ、わたしはね、えながっていうの!ひらがなで、えなが」
「え、名前…あるんですか」
「あ、あるよそりゃー!失礼だなー!」
心底意外そうに言われたので、腹が立って腕を振ればぬさが「すみません」と言う。いや、あの、別に謝ることもないよ…?
「えなが…様、」
「えながで良いよ、ぬさくん」
「くん?」
「くん?」
「くんってなんですか」
もの凄く純粋に訊ねられて困った。…なので私は、素直に説明を放棄した。「ぬさって呼んで良い?」と私的には至って普通に切り返したつもりだったのだが、賢いぬさくんはその違和に気づいたらしい。じとりとした目で見られて、項が冷えた。たっぷり一拍置いて了承して頂けて良かったです、ほんと。
(一体何人の人に「くんってなんですか、説明して下さい」と言って答えられるというのか、いや答えられるわけがない。意味もなく反語使って見たり……)
「……えなが様は、ぼくを食べるんですか」
「ん? ……ンー!?」
なんかとってもショッキングな言葉が聞こえた気がした!
「えっと、え、なに?たべ、たべ…は?なにを!?」
「……もう結構です、食べないんですね。解りました、」
「え、それはどうも……」
何故かため息交じりに言われた。え、なんか呆れられた気がする。ひどいな!
(あ、そっか…ぬさくんは人柱で…)
一応、岩永の姫に食べられて来いよって村人に言われてるんだった。…うーん、どうしよう。このまま返してもきっと酷い目に合わされちゃうよね…うーん、
「えっと、ね。ぬさくん」
「………なんですか、」
「私考えたんだけど、取り敢えずここで休むと良いよ。元気になるまで私頑張ってお世話しますから」
「え、えなが様が、ぼくがじゃなくて…?」
「えながで良いってば! うん、私がお世話するよ。それでね、元気になったら村に戻りなよ。大丈夫!ぬさくんが戻れるように、私村のお願いいっぱい叶えるから!任せといて!!」
エイ・エイ・オー!
一人でぐっと拳を突き上げ意気込む私の背を、ぬさくんが何とも言えない様な目で見つめていた。
(この人…もう自分が神さまだって隠す気もないんだな…)
「がんばろー!おー!」
かくして、私とぬさくんの(とっても噛み合ってない)共同生活が始まったのです。