土下座して、切腹!
「…、」
痩せ細った子どもが私を見ていた。
頭に着いている飾りを手に掴み、まるで珍妙な生き物でも見る様にその瞳を一杯に見開いて私を見ている。
起きた、漸く、子どもが、元気そうで、________起きた、
「キャ――――――――――――――――――――!!!」
洞窟の中に私の金きり声が響いた。
何故叫んだのは解らない。ただ、色んな事でいっぱいいっぱいで、私は跳ねる様にして台座から飛び起きた。その時、カシャンと音を立てて飾りが外れたが気にしている余裕はなかった。私は子どもに背を向けて逃げ出した。岩道の影に隠れる様にして逃げ込むと漸く一息つけた。
(うわ…うわ!人、ひと、ひとひと、ひとと目があった!ひとと話した!ものすっごくひさしぶりだ!どどど、どうした良いんだっけ?なんて言えば良いんだっけ?!)
パニックのあまりバッサバサと袖を振った。頭がぐるぐるする、どうしたら良いのか解らない。ああもう!元より私はあまり人と接するのが上手いタイプではないのだ。もの凄く余談になるが、前世はめっきり人見知りの引きこもりで!交通事故だって本当に久しぶりに学校に行こうと思ってバスに乗ったら遭遇しちゃったわけで!わー…私って運にも見放されてるんだなぁ…って感じで!
(…って、事故…けが、)
そうじゃん子ども今の今まで倒れてたじゃん!
「キャ――――――――――――――――――――!!!」
自分の犯した失敗に再び悲鳴を上げる。
岩陰に逃げ込んだ時のようにバタバタと忙しない足取りで、私は台座の上でぽかんとしている子どもの前へと舞い戻った。忙しないね私!まだ12月には程遠いのに!
大した距離を走っているわけでもないのに肩でゼエゼエと息をした。そんな私を子どもがぽかんと見つめてくる。その手には私の頭に乗ってた飾りが握られていて、台座に掠れてシャラシャラと鳴いていた。てか、私の頭の飾りこんな形してたんだ…知らなかった…。
「あ、あの…痛い所ない?怪我は、辛くない?」
「…」
「おおおお腹は!?空いてる?水もあるよ!あるんだけど今はないから取ってくる!!ほしい!?」
「!」
勢いのままずいと顔を近づけると、子どもが吃驚して後ろに下がった。ああああごめん!こんね見るに堪えない顔を近づけてごめん!!
心の中で土下座しながら顔を退けると、子どもがこくりと頷いた。…私の勢いに押されたのかは解らない。でも確かなサインと受け取った私は、すくりと立ち上がり「とってくる!」と再びバタバタと洞窟を後にした。待っててねべいべー!
岩の道を行ったり来たりして持って来た水を、私は恐る恐る子どもへと手渡した。子どもはそれを手折れそうな細い両手で持った。直ぐに飲むのかとドキドキして見守っていると、何故か子どもは蚊の鳴くような声で「具足…」とつぶやいた。え、何?ぐそく!?愚息って、え、そのぐそくじゃないよね!?なんなの!?
内心冷や汗だらだらの私を置いて、子どもは小さく水を飲んだ。その後、少し目を丸くして「…香の匂いしない」と呟く。香…!?え、ちょま、この容器ってもしかして御香焚く容器なの!?ごめん!その辺にあったから知らずに適当に使ってた!
「あああ、あのねっそれ至って普通の水だから、だから、大丈夫だよ、変なの入ってないから!」
「…はあ、」
ほんとうだって!
あんまり信じていない子どもに思わずそう言って台座を叩きたくなったが、ぐっと堪える。恐がらせちゃ駄目だろう!私はお姉さんなんだから!
「…あの、ここは……あなたが、助けてくれたんですか…?」
「へぇっ!?」
やばい変な声でた。
パッと口を両手で塞いだときにはもう遅い。子どもの色々なことを疑ってかかる様な視線が私の身にグサグサと突き刺さる。し、視線がいたい…!
「えっと、あの…助けた…ことに、なるのかな…えっと、」
「ここ…洞窟、…ここに、住んでるんですか?」
「住んでるとか間借りしているというか…借り暮らしというか…」
それは小人の少女だろう!ああ…ツッコミがいないってすごく疲れる!
っていうか、今更なんだけどここって私の家なのかな?いや目が覚めた時はもうここいいたし…誰も咎めないし…ほら私ってば神さまだし!………それは関係ないか、神さまでもやっていいことと悪いこととあるよ。…不法滞在って罪になるのかな…。
「磐の中に…住んで、」
「えっと…病むおえずというか、他に行く場所もなく…その…」
「その袿、上物だから…姫かと、」
「ああ、そう呼ばれることもあるよ!……ごめん!いまのなし!そんなことない!呼ばれたこと無い!!」
「……あなたが、『岩永の姫神様』…?」
ちーん。
そんな音が、どこからか聞こえて来そうだった。
「っち、____違うんです誤解です!私はそんな高尚なものではないのです!」
「え、…」
「確かに、なんか神さまとか呼ばれて、私神さまだよーとか調子乗っていろいろしていたけど、スミマセン出来心なんです!!」
「でき、え、?」
「魔が差したんです!ただちょっと人に尊敬される人生送って見たかっただけなんです!本当にごめんなさい!私が居眠りしていたばっかりに…!まさかこんな大事になるなんて露にも思わず…!」
「居眠り…」
「もうこの身を煮るなり焼くなりしてかまいません!未練はありません!!なんなら腹掻っ捌いてお詫びいたします!!」
「早まらないで下さい!!」
もう何が何だかわからずガバーっと袿を脱ぎだした私に、子どもが顔を真っ青にして叫んだ。それでも止まらず、謝罪を叫びながら切腹の準備をする私を、等々子どもが全身で抑えにかかってくる。だが攻防は止まらず、私は自害のために服を脱ごうとし、子どもはそれを必死に止めようとしてくる。…だがこの押し問答は長くは続かなかった。なぜなら、私たちは互いにそれほど体力がある方ではなかったからだ。引きこもりと病み上がりには辛いものがあるよ…。