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サイレンスは語る

 炎は何とか消し止められた。通りすがりの男が偶然消火器を持ち合わせていたのである。

 去り際に男は、真っ昼間からご機嫌だなと呟いていた。

 幸い私が発火して少しの間もなく火は消し止められたので、寝間着は裾が半分焦げただけで済んだ。木之子ちゃんから貰った杖も無事だった。

 冬人くんは何も言わずに、自宅とは反対方向へ向かうバスへと乗り込んでしまった。

 私ももたもたせずに足を動かそう。

 通り過ぎる金属的な風景の中に、針の筵のような鋼鉄の葦の群れがガチガチと音をたてながら触れ合っているのが見える。そんな田舎の風景は私の傷心を幾らか和らげた。

 りんりんと鈴虫の鳴く声が聞こえる。鳴くというよりは泣くと言った方が良い。それに合わせてモグラの泣く声も聞こえた。

 まだ昼ではあるが、日が沈みかけているので彼らが勘違いして泣き出してしまうのは無理もないことだった。

 田舎道を進むと風景に不釣り合いな、大きな邸宅が見えた。

 あれが家奈美邸。しーちゃんや冬人くんの実家だ。


 門を潜り、人の舌を模したノッカーを鳴らす。


 扉が尊大に開き、召使いが顔を出す。

 召使いは幽霊じみた怨念の篭もった笑みを携えている。私はここに来た経緯を彼女に聞かせ、家奈美侯爵に取り次いでもらう。

 彼女は三秒程で玄関へと戻ってきた。ニヤニヤ笑いながら、入るように促している。

 邸内を案内してもらっている間も、彼女は笑い続ける。話しかけてみても、こちらをちらりと伺い、薄気味悪く笑うだけだった。話は通じないのだろう。

 私は食堂に案内された。家奈美侯爵は食事中なのだろうか。彼は大食漢であると巷では噂されていたが、そんなのは都市伝説のようなものだ。決して現実ではない。

 いやいや。都市伝説が現実でないことなど、今日までの人の歴史の中で一つとしてあっただろうか。現実は現実以外の何ものでもないなんて言葉は詰まらない冗談だ。戯言だ。仮に目に見えるものが全てであるという論を肯定した所で、都市伝説とは存在するものなのだから現実に違いない。夢のようなものなのだ。確かに見えはするが、一体全体、体の何処の器官を使って見ているのかが皆目判らない。

 そんな曖昧なものだから、存在しないのではないかという妄想に取り憑かれてしまうこともある。上手く行かないものだ。

 食堂に入ると案の定、家奈美侯爵が食事をしていた。どうやら脳みそを食べているらしい。誰の脳みそなのだろう。私も流行に倣って、脳みそは切除してあるから、あれが私の脳みそでないという保証は何処にもない。

 不安になりながらも侯爵に声をかける。


 侯爵は、ようこそ我が邸宅へ。真逆あなたの方から己のもとを訪ねてこられる日が来ようとは思いも依らなかった。とでも言うかのように顔を輝かせた。

 喋ることの出来ない人間とのコミュニケーションはやはり慣れようと思っても簡単にはいかないものである。解釈に多少の齟齬があるかもしれない。

 私は椿ちゃんから貰った自爆スイッチを食卓の上に置き、不躾に、どうか転送装置を破棄して下さいと頼み込んだ。

 しかし侯爵は、そんなことは出来ない。決して安い買い物ではなかったからね。と言いた気に顔を伏せた。

 諦めるわけにはいかない。こちらは迷惑しているのだ。マンホールに立つ度に知らない場所に飛ばされていては敵わない。

 私はより強い口調で、迷惑していると言う旨を伝えた。


 あなたを勝手に転送してしまったことに着いては悪いと思っている。しかしそれは己の想いの強さ故だ。世の中にはストーカーという職業があるだろう。己はあの職業に子供の頃から憧れていたのだ。一人の人間を愛故に追い求めると言うのは素晴らしい行為だとは思わないかね? なりたかった。ストーカーになりたかった。己はヒーローで成功した今でもストーカーになる夢を諦め切れぬ。己はあなたのストーカーになりたいのだ。

 侯爵はそう訴えるように目を細めた。

 勝手な人だ。ストーカーは対象を着けるのが仕事だ。断じて人を困らせるのが仕事ではない。盗撮や追跡行為はしても、相手の所在位置を勝手に変えたりはしない。

 家奈美侯爵はやはりヒーローでいるべきだと思う。ストーカーには向いていない。侯爵には社会的な責任もある。彼にしか救えない人間はこの世界にごまんといるのだ。木之子ちゃんのような、不遇の魔法少女達もその例に漏れない。

 私は、あなたには無理ですときっぱり侯爵の夢を否定した。


 己にヒーローとしての責務があるのは判る。自分が妻帯者であり、三人の子供の親であることも理解している。しかし、そんな己も一人の人間に過ぎない。諦め切れない想いというのはあるものなのだよ。万能であることを呪うこともある。因に、あなたは天才だったね。どうだろう。自分の有能を呪ったことは有るだろうか?

 そんな感じで脳みそを切り取り、口へと運ぶ。


 私は自分が天才であることを呪ったことなどない。突出した能力など誰にでも備わっているものだ。誇るものでもないし、呪うものでもない。私が天才であることも、侯爵が万能であることも、しーちゃんが鬼面仏心であることも、心ちゃんが強者であることも、人見氏が抜け目のないことも、冬人くんが鬼手仏心であることも、木之子ちゃんが世界一美麗な名前であることも、椿ちゃんが理数能力に秀でていることも、全て長所であるに過ぎず、それが人に認められた時、喜ぶべきものなのだ。

 断じて呪うなどということはない。そう願いたい。


 それを伝える前に、侯爵は頼み込むかのように腕を組んだ。

 まあどちらにせよ、己はあなたと、自分の夢を諦める訳にはいかないのだよ。どうか己の我が侭に付き合ってはくれないだろうか。


 そう言う訳にはいかない。私は何としてでも転送装置を破棄させねばならないのだ。

 私は、このスイッチを押せば問答無用で転送装置を破壊することが出来ますと説明した。半ば脅しとも取れる発言だ。


 むう。なんと横暴な。いや、横暴なのは己も同じか。己はどうあっても転送装置を手放さなければならないらしい。しかし折角の投資を無駄にはしたくない。一つ交換条件に応じてはくれないだろうか。あなたはかつて己の息子であった屑人間と恋仲にあるらしいではないか。その恋仲を解消してほしい。あの男はいけない。あなたに恋人があるのは全くよろしいことだが、あの男の近くにいては苦労もあろう。これはあなたにとっても益になることであるから、悪い話ではないはずだ。

 家奈美伯爵は苦い顔でそう告げたように見えた。

 一日に二度も、全く同じ怒りを感じようとは思いもよらかった。私は食卓をひっくり返して、空の果てまで投げ飛ばしてやろうかと考えた。しかし同じ過ちを犯してはいけない。

 私は侯爵を睨みつけ、物申す程度に留めた。


 嫌か。そこまであの男を愛しているとは思わなんだ。無礼を申したことを謝ろう。恋は善きものだ。ともすれば、奴も恋をすればもう少しまともになるのかもしれんから、今の所は目を瞑ろう。では、あなたが持っているその杖と交換と言うのはどうだね? 形状からして魔法少女の物とお見受けする。予てより、魔法少女を救う為に実態を調査したかった所なのだよ。

 侯爵はそう言うかのように私の持っている木之子ちゃんの杖を指差した。


 なるほど。これならば交換しても良いかもしれない。木之子ちゃんは魔法少女を辞めたがっていたし、これを研究材料にして、侯爵が貧困層を一つなくしてくれればそんな素晴らしいことはない。

 私は了承して、杖を渡した。

 そして自爆スイッチの使用許可を取ると、安心と共にスイッチを押した。

 数秒の間、もの凄い爆発音が轟き、屋敷の上半分が吹き飛んでしまった。

 侯爵は、これは愉快とでも笑うかのように召使いを呼びつけ、後始末を命じる。召使いは余程面白かったのか、第一印象からは考えられないような声で、ゲラゲラと大笑いをしている。あれでは何時か顎が外れてしまう。


 私は少し心配になったが、ようやく重荷が取れたような気がして、早々に家奈美邸を辞することにした。

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