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アウターワールドは暗闇

 家奈美侯爵の家を訪ねるならば、地下鉄を使うのが速い。


 そんな訳で私は地下鉄を三回乗り継ぎ、鋼の街で降りた。

 駅を出ると、田園風景が目の前に広がる。砂鉄の良い匂いが鼻を突く。今の季節は合金鋼メロンがおいしい季節だ。しーちゃんへのお土産に買っていくのも良いかもしれない。

 ともあれ、今は家奈美侯爵の家へと向かわねばならない。転送装置を壊すのだ。私が説得すべきは転送装置の破壊を許可してもらうと言うことだ。転送装置があるだけでストレスの元になる。根本から解決しなければ安寧は得られない。

 気合いを入れて前を見ると、バスプールの向こう側に見知った顔がある。

 家奈美冬人かなみふゆと。しーちゃんの弟だ。

 彼は国の運営する大学で医療を学んでいる。大学は瓦礫の街にあるから、恐らく帰省中なのだろう。

 私は冬人くんに声を掛ける。

「おや。聞き覚えのある声ですね」

 彼は生来より目が見えないのだ。

 私は名乗った。

「ああ、あなたでしたか。ご無沙汰しております。この街に来られるなんて珍しいですね」

 彼は爽やかな笑顔で答える。これで医療に対する情熱まで兼ね備えているのだから、人間のお手本のような人間だ。人間のような人間だ。

 私はここに来た理由を話して聞かせた。

「なるほど。父さんに会いに来たのですね。いつも迷惑をかけてばかりで済みません。私の方からも父さんにはキツく言っておきます」

 彼は光のない目で虚空を見つめながら申し訳なさそうな顔をした。

「しかしあなたは、まだあのロクデナシの所へ出向いているのですね」

 ロクデナシ。しーちゃんのことだろう。冬人くんは兄であるしーちゃんのことを大層嫌っている。

 この世の誰よりも慈悲深い彼に憎しみという感情がある事自体が驚くべきことではあるが、その慈悲は自分の持つ全ての憎悪をしーちゃんへと向けているからこそ成り立っているものなのだろう。

「悪いことは言いません。アレとは縁を切るべきです。そうでないとあなたが不幸になってしまう」


 冬人くんは間違ったことを言わない人だ。だからきっと今彼が言ったことも間違いではないのだろう。しかし私は不幸を否定しないと決めたのだ。それに、しーちゃんから受け取ったものの中には幸福も含まれていたのは、それもまた間違いのないことだ。

 アルバムの写真の中の私は確かに笑っていたのだから。

 私は、大丈夫だよと彼に伝えた。

 しかし冬人くんは苦虫を噛み潰しながら渋い顔で言う。

「大丈夫ではありません。アレはこの世界から消えるべき存在です。この世の劣等を一身に受けた鬼子として産まれたのですから。そしてそれ以上に、椿さんがアレに睦まじく接しているのが僕には我慢なりません。姉さん達がアレを化物だと理解ながらも愛情を注いでいるのにも納得がいかない。恨めしい。人殺しが下劣な行為だと言うことは承知していますが、僕はいつかアレを殺します。誰に恨まれようが関係ない。絶対に殺してやります」

 体がカッと熱くなるのが判った。しかし体が燃える時のような熱さではない。度数の高い酒を飲んだ時の、胸から熔岩が這い上がってくるような熱さだ。

 私は何かを叫んで冬人くんの頬を打っていた。

 滅多に癇癪を起こさない私ではあるが、流石に限界だった。殺人とは私が最も厭忌する罪悪だ。その最悪の罪悪を冬人くんが犯してしまうのも、しーちゃんが殺されてしまうのも、想像しただけで気が狂いそうになってしまう。


 目の見えない冬人君は私の突然の激昂に驚いている。

 いや、私が手を上げる程に感情を高ぶらせたこと自体に驚いているのかもしれない。

 冬人くんは、申し訳ありません、口が過ぎましたと言うと真正面を見たまま黙ってしまった。

 私も謝罪する。理由はどうあれ暴力を奮うのは良くない。暴力は殺人への第一歩なのだ。

 私の体から、湯気とも煙ともつかないもやもやが吹き上がる。今まさに私の体は燃え上がろうとしている。しかし、冬人くんの目を見ていたら何だか慌てる気力さえ萎えてきてしまった。

 彼の目は何も見ていない。虚空すらもその視野には入っておらず、ただそこにある暗闇だけを正視している。

 彼は近いうちに死ぬのだろうなと思った。

 私は悲しくなったが、今は彼のことを気にかけている場合ではない。家奈美侯爵の家へと向かわなくてはならない。

 そう思った瞬間、私は物事に優先順位をつけている自分に気が付いた。

 自分自身に嫌気が差す。

 私は、何も見ていない、若しくは現実を、又は夢を、あるいは真実を見ているかもしれない冬人くんから目が離せなくなった。

 目が離せなくなって、動けなくなった。

 そうしている間にも、私の臓器はグツグツと煮えたぎり、遂に体が発火した。


 野次馬達が感嘆の声をあげている。写真を撮る者もあった。

 しかしそれでも私は冬人君から目を離すことが出来なかった。

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