第一章 旅立ち *3* 聖霊祭
ヒュゥゥゥゥゥ・・・ヒュゥゥゥゥゥゥ
風が抜ける音がした。雲が動き隠れていた太陽が覗く
ここはどこだろうか?
僕は死んだのか?辺りを見回してみる。芝生――、僕を囲うように円状に木が生い茂っていた。
『――気がついた?クスクス』
不意に女の子の笑い声が聞こえてきた。
『だっ、誰?』
『私?私は君に一番近くて遠い存在よ。そして、君の全てを知ってるの。』
『ねじねじ様なの?何処にいるの?』僕は訊ねた。
『ううん。私は・・・・。ごめんね、まだ言えないかな。――何処にいるの?って?私は何処にでもいて何処にもいないの。』
『僕の正体を知ってるの?君は。』
僕は“見えない――声だけの存在”の言葉に驚き、訊ねた。
『えぇ――私は君に伝えに来た。君がするべきことを。ううん、君が私に託した言葉を』
僕――僕は誰なのだろう?
ずっと知りたかったのに、いざ知るときになって不安が溢れ出した。
『僕が―――君に託したの?昔の僕が。僕のするべきことを。』
『そうよ。』
『そんな筈、ないじゃないか。僕の記憶は幼少のころだけないんだよ。』
『ううん。詳しくはまだ言えないけれど、君は私に託したわ。君がこれからするべき使命を――。未来の君に伝えるようにね。』
『え?』
『だから、私は伝えなくちゃならない。それが君の運命であり、君の事実であり、君の未来であることを。』
『運命――?』
“見えない――声だけの存在”の言葉に僕は困惑した。何を言っているか僕にはあまりわからなかった。
『最初は判らないと思う――。』彼女は僕の心を見透かしたように言った。『でも――』
ヒゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・・また、風の抜ける音がして僕はまた意識を失った。
『イン――ザイン――』
誰かが呼ぶ声がする。僕は眼を開けた。
『よかった!』急に誰かに抱きつかれる。吃驚して顔を上げた。
『エ、エラノール!!』
『心配したんだよ・・・・・ザイン君』エラノ―ルは目に涙を浮かべていた。
『ザイン――君はねじねじの森の入り口に倒れていたんだ。』
ノスの声がした。振り向くと大勢の人が僕とエラノ―ルを取り囲んでいる。僕はちょっと照れくさくなった。
『そうだ!オストルドは――?』僕は辺りを見回した。何処にもいない。エラノ―ルが口を開いた。
『オストルドはね――私の家で寝てるよ。少し前、倒れてるのをお父さんが見つけたの。ちゃんと、ねじの花は彼が持ってたわ。』
ほっとしたのか、涙が僕の肩に落ちた。僕は思わず彼女を抱きしめた――。
『ごめん。心配かけて。僕は大丈夫だよ。』
『よし!二人も見つかったことだし――聖霊祭の準備をさいか〜い!』
暫く時間が過ぎてから、一人が言った。
皆、ぞろぞろと声に従い僕達を離れていく。最後に僕とエラノ―ルだけ残った。
『さっ、行こっか。』
彼女は僕の手をとり、立ち上がると笑った。
『そうだね!』
ありがとう――エラノ―ル・・・・。僕は彼女にお礼を言った。
しかし、この先ずっと――彼女と会えなくなるとは思いもよらなかった。少なくとも、このときには
ボ―ンボ―ンボーン・・・・
低い三度の鐘の音と共に聖霊祭は始まる。
先頭に神子のエラノ―ル、次に町長のノス――そして、僕達“成人”の子供達――いや、大人達が参列する。
皆ゾロゾロと蟻のように並んでゆく。その間僕達は一言も喋っちゃいけない。いや、この間だけじゃない。成人の大合唱を除いて神子以外は式の間中喋ってはいけない決まりなのだ。
『皆さん!祈りをささげましょう・・・・』
聖堂の前まで来ると、エラノ―ルは予め置かれた台に乗り、大声で言った。そして、頭から“螺旋花の冠”を取り上げると“ねじの神”を象った石像にかぶせた。
途端辺りが暗くなった。“聖霊のお告げ”が始まったのだ――。
不意にエラノ―ルの体が浮いた。
『ザイン・アイット――旅を告げる鐘は鳴り響いた。
もし、君が未来を見たいのならば
もし、君が夢を見たいのならば
もし、君が記憶を戻したいのならば、昔を知りたいのならば
旅に出るがいい。
見つけるがいい。 キミの記憶を。運命を。未来を。
世界が闇に覆われ――その時代を救うべく生まれてきた者よ』
『え?』
エラノ―ルの足が地面についた――。
『本当のお告げ――?』
本当は聖霊祭のお告げは皆で決めた“決められた言葉”を告げなければならない。
でも―――
気を失ったときに見た不思議な夢とお告げは重なる。
僕の記憶のヒミツ・・・
僕の運命・・・
皆がざわつき始める。神子のエラノ―ルが口を開いた。
『ザイン――己の記憶を。運命を。未来を知りたくば旅立つがいい』
この状況――聖霊祭では彼女しか喋ってはいけない。それはわかっている。でも、今すぐ口を開きたかった。なぜなら、僕は彼女が今の言葉を言いたくないように見えたから。勿論、僕自身も今のお告げに驚き戸惑いを隠せなかったが、お告げだけではなく夢まで見た以上彼女の言葉に従わなければならないように思えた。
ボ―ンボーンボ―ン・・・
合唱が終わり、三度の鐘が再び鳴り響いた。この瞬間より人々は話してよいことになる。皆は再びざわめきだした。
『ザイン――が・・・なんだって?』
皆僕の話題をしているようだ。僕は神子のエラノ―ル、そしてオストルドと共に皆に気付かれぬよう聖堂を出た。
出るとすぐオストルドが口を開いた。
『ほんとに――ほんとに――あれはお告げだったのか?』
『え?』
『いや、“私を旅に連れてって”的な愛の告白かと・・・・』
『ううん。そうだったら・・・いいんだけどね。』彼女は僕を見て照れくさそうに笑った。『でも――、あれは本当なの。急に意識が朦朧としてきて気付いたときには口が勝手に動いてた。そして、皆に聞こえないようにその声は言ったの。“その旅には――彼一人で行かなければなりません。仲間は彼が見つけるはずです。そのことは貴方から彼に伝えなさい”って。私涙が出てきそうになった。でも、堪えた。私はねじ神様の神子だから。』
彼女の目に涙が溢れた。
『でも、今はいいでしょ?もう、今は神子じゃないから。』
彼女は僕に抱きつき泣いた。まるで、僕に“行かないで欲しい”というように。僕も泣きたかったが、我慢した。あとで泣こう。そう思った。
オストルドは暫くその光景を見ていたが、『悪ぃ、俺先に帰るわ。』と言うと、町に戻った。
気のせいだったかもしれない。その目に涙が見えた。その時改めて実感する。あの“お告げ”がどれだけ今からの自分の人生を狂わすことになるかを。