第二章 フェニックス*13* 創世の欠片
僕は女盗賊に駆け寄ると、脈に触れた。幸い、脈はあるようだし、息もしている。気を失っているだけのようだ。ホッと溜息をつき、笛に手を伸ばした。
『!!!』
笛は砕けた―――。否、この場合比喩としては崩れたという方が正しいだろう。まるで、炎の渦に襲われた品物のように灰となって、地面に流れ落ちた。
カランコロン
流れ落ちた灰の上を一粒の透けた玉が零れ落ちた。
水色の綺麗な玉、暗い中でもいちだんと輝きをはなっていた。
『A fragment of the beginning of the world・・・・』誰かが呟いた。振り向くと、ネネが立っている。女盗賊も目を覚ましていた。『え?』僕はまた、予期せぬ出来事に素っ頓狂な声を上げた。
『世界の始まりの断片―――通称・創世の欠片。持っている者の大半が正の怪奇現象を受けるといわれている・・・・』誰かに心を奪われたかのようにネネは静かに語りだした。『元々は、一つの石だったといわれ、遥か北の森に封じられた最強のドラゴンが身につけていたといわれていて、その石があればどんな願い事でも叶うとも言われている・・・・。』
願い事が叶う・・・か。彼女は何か願い事をかなえたかったのかもしれない。
例えば、家族が病気だったり、死んでしまっていたり。
もしかすると、僕みたいに記憶を失っていたのかもしれない。
そう思うと、僕は彼女が可哀想に見えてきた。
『でもね。盗賊さん。たとえ、理由があろうとも窃盗は犯罪よ。』彼女は諭すように気を失ったままの女盗賊に語りかけた。『貴方の気持ちはわからなくも無いけれど。盗まれるほうになって考えてみたらどう?』
『私には関係ないことよ―――』
『貴方に・・・・・良心は無いの?』ネネは目から今にも涙があふれ出そうになっていた――
きっと、彼女人の為に泣いてあげられる優しい人なんだろう。僕の胸の奥が熱くなった。
『良心?そんなモノずいぶん前に捨てたわ。』
『でも、昔はあったんでしょう?』
『えぇ、あったわ。兄と両親が殺されるまではね。それからは、人殺しても、モノを盗んでも何も感じない。唯、事実としてそれを受け入れる。』
やっぱり―――会ったときからこの人の瞳は僕らなんか映していなくて、悲しみを映しだしていた。
本当はお宝なんて欲しくないんだよ
本当は人の命だって、いらないんだよ―――何もいらない。
唯、両親が生きてて欲しい。兄に生きてて欲しい。
何で死んじゃったの?何で殺されなきゃならないの
なんで普通の人のように暮らせないの?
私は間違ってない。人が人として平凡な暮らしを求めることに何の間違いがあるっていうの?
彼女の瞳が僕に訴えかけてくるような気がした
『嘘だ。良心、君には残っているはずだよ――。ずっと残ってて、傷ついているはずだよ。』僕は耐えられなくなって、女盗賊に言った。『あの、男の人死んだとき、貴方何か呟いてたよね。“ごめん”とか、“あとで弔ってあげるから”とか、泣きながら―――。』
『・・・・』
言葉が詰まった。
これ以上、彼女にかける言葉が見つからなかった。
沈黙が暫く続いた。
『何で、私ばっかり。』
『え?』
『何で私ばっかり、こんな運命を辿るの?教えてよ―――ねぇ、教えてよ。どうせ、貴方も私をお尋ね者としてメッカ自警団に突き出すんでしょう?』
『いや、違う。』
『じゃぁ、体?私の体が目的なわけ?』
『違うよ。』僕は強く言った。『別に君を自警団に突き出す気は無いし、君の体が欲しいわけでもない。君は自由にさせてあげる。但し、笛だけは返してもらうけどね。』
何かがプツンと切れた。
ダムが決壊したように、彼女の頬から涙が溢れ出した。
冷たい感触が僕の胸まで伝わってきた―――
夏を告げる陽光が地面に降り注いだ。
ここ、メッカではそれでもめげずに国中から押し寄せてくる旅人やこの地に生む住人相手に商売を続ける。
だから、いつもなら『いらっしゃい』の一声が聞こえる場所―――。
もう、そこでは、声は聞こえない。
この場所で、公演をしたフリ―ク団は笛の盗まれた事件より一ヵ月後、公演を終え、町を出て行ったからだ。ネネは、この町から出る直前、僕達と会い、『安心して。フロ―には、言わないから。』と言って町を出て行った。
結局、この一件で僕は何もできなかった。
今更ながら、自分の無力感を感じた。
『ラ・メロディ・ラライテス・グラパ・ド・アバセス』
あの、謎の男が呟いていた言葉を僕は呟いて見た。
涙があふれ出た。
『ぼくは、まだ無力だ。弱いのだ・・・・・・』
僕はなんて弱いのだろう?滑稽なのだろう?身の程知らずなのだろう?
あの時の光景が、脳裏に蘇った。
長らくお待たせいたしました。第二章完結です
第三章はいきなり作者としても想定外の展開になりそうです、