第二章 フェニックス *10* 奪われた笛
同日 夜
『本当に――本当にお前が欲しかったのはこれなのか?』男は首を傾げ笛を掲げた。
『あぁ――』イザベラは頷く。『ご苦労だったな。まさかあそこまでやってくれるとは思いもよらなかったよ』
『これで、報酬の三分の一な。』
『あぁ、勿論だ。この調子であとの二つも奪ってくれ。』
『へぇへぇ・・・・』男は溜息をつく。『俺は詮索はしないほうだけどよ。気になって仕方ねぇんだわ。教えてくれねぇ?これが欲しいわけ。唯の笛じゃん』
『ふん――お前如きにはわからないだろう?』イザベラは笑った。『少なくとも、金のためなら命まで奪ってしまう略奪屋にはな。』
『命か。んなもん――今の世の中じゃァあってないようなもんでしょ?今のこの世は無法地帯なんだからさ。』
『そうだな。数十年前には自治体と名のつく国家権力が制圧していたらしいがな。いまは反乱軍のお蔭で衰退しているようだ。』イザベラは地面を睨みつけた。
『誰かを恨んでるのか?』男は訊ねた。
『恨みか――そんな幼稚なものじゃないよ。』イザベラは言った。『何べん殺しても晴らせない程、憎んでる。』
『全く。気が強いとはいえ一応女なんだからさ。もうちょっとさ、可愛くなれば?』
『そうか?でも――』
『みつけたよ――』
イザベラの言葉は僕の言葉に遮られた。
時は遡り3時間前――
ショ―が終わりを告げ、観客はゾロゾロと会場を後にしていた。僕は団長にお礼が言いたくて、舞台のほうに降りた。
『あの・・・ありがとうございました。』僕は団長を見つけるとお辞儀をした。『凄く面白かったです。とっても興奮しました。』
始めてみる――芸。僕の記憶という本棚に彼らのことが追加されたのは言うまでもないことだった。おそらく、あの興奮は絶対忘れないだろう。
『おぉ、昨日の少年か。』団長は驚いたように僕の顔を覗いた。『それは良かったよ。どのフリ―クが一番面白かったかな?』
『無い!無いよ・・・・・』僕の答えを遮るように舞台裏から叫び声がして僕と団長は振り向いた。
『どうした?』
『ないんだ――僕の笛が。』フロ―は言った。『何処にも無いんだよ。確かにここに置いたはずなのに。』
『落ち着け――フロ―。本当に無いのか?ゆっくり焦らず探してみなさい。』
やがて僕と団長が探すのに加わり、他の団員も(ララバイ以外)彼の笛を探すのを手伝った。しかし、一時間程度探しても笛は見つからなかった。
『本当にここに置いたのか?』団長は念を押すようにしてフロ―に訊ねた。
『あぁ・・・・』
彼は舞台の上とはうってかわって弱気な声を出した。そういえば、彼のショ―の最中後ろの奴が『あれだ。』だの『反応した。』だ言って気付いたらいなくなっていた。もしかしたら、彼らと関係あるのだろうか?
『すいません――』僕はフロ―に訊いた。『少し色っぽくて美人のお姉さんと、強そうな男のカップル今日見かけませんでした?』
『え?』
『いや――、あのフロ―さんが僕の隣をライオンに乗って駆けたとき、後ろの二人のカップルが笛を見て、“あれだ”だの“反応した。”などいって気付いたらいなくなってたんですよね。』
『色っぽいお姉さんと強そうな男ですか?』なんと途中割り込んできたのはララバイだった。『今日、そういえばフロ―さんの出番の最中、舞台裏に来てましたよ。』
『本当か?』フロ―はララバイの体を揺さぶった。『いま、そいつらは何処にいる?』
『さぁ――?』ララバイは首を傾げた。『最後のネネさんが終わるときまで舞台裏にいたようですがね。』
『そいつらが盗んだにちげぇねぇよ・・・・許せねぇ・・・』フロ―は机を叩いた。そして、僕の胸倉を掴むといった。
『おい、坊主!やつら二人の容姿を教えろ』
『ちょっとフロ―・・・!』
だんだんだんだん――声が遠ざかってゆくのがわかった。僕は意識を失った。
・・・・イン――?ザイン――?
誰だろう?女の子の声がきこえた――
ねぇ――私の声が聞こえる?
『え?』僕は答えた
久しぶり聖霊祭以来だね――
『誰?』僕は訊ねた
もう忘れちゃったの?私が誰か
ねじねじの森で会ったでしょう?
『思い出した』僕は言った。『僕に旅立ちを告げた人でしょう?』
そうよ。私は君に旅立ちを告げた者。君をこれから、導く者
『なら、いつか教えてくれるの?』
うん。でもまだ時が満ちてないから――教えられないよ
大丈夫。
私は何時でも君の味方だと
君と約束したから
『・・・・』
笛を盗んだ犯人を捜しているんでしょう?
でも、肝心の犯人が何処にいるのかさえわからない――
『なんで――そんなことわかるの?』
あら、言ったはずよ。私は君のすべてを知ってるって
君の未来だってわかるんだから、勿論、君の今ぐらいすぐわかるわ。
『ねぇ、君は誰なの?』
だめ。まだだめだよ。ザイン。
それはまた今度。今は自分のしたいことを思いついたままにしなさい。
そうすれば自ずと君は記憶にたどり着けるわ。
でも、私は忠告はするけれど強制はしない。
いやならいつでもやめていいわ。
それは君次第。昔、約束したのは君で、私ではないんだからね。
『え?』
あら、もう時間は終わりみたい――
もう、私からは多分呼びかけないわ。君が呼べば私は来るけれど。
最後に言っておくね。ラノ・ウウスのほうに彼らは向かったわ。
次第に彼女の声は聞こえなくなった。そして、急に風が吹き、僕は――
『――丈夫?大丈夫?』誰かが体を揺さぶった。僕は目を開いた。
『え?あれ・・・・・・・』
ここは、何処だろう?舞台裏だと認識するのに少し時間がかかった。
『よかった――。死んじゃうのかと思った。』何処かで見たことのある女の子が呟く――『フロ―ったら危ないことするんだから。』
『ネネさん――?』僕は訊ねる。そうだ。ショ―の最後で綱渡りした女の子だ。僕は思い出した。
『覚えてくれてたんだ。』ネネは言った。『ごめんなさいね。フロ―が八つ当たりしちゃって。貴方は何も悪くないのにね。』
『ザインです。』
僕は言った。そうだ!笛を盗んだ奴らが何処に行ったかこの人たちに言わなければならない。たしか――何処だっけ?ラノ・ララクじゃなくて――えぇっと・・・ラノ・ウウスだった気がする。
『あの――ネネさん?』僕は彼女に呼びかけた。『ラノ・ウウスってご存知ですか?』
『えぇ・・・』彼女は答えた。『この城下町より少し西にある大聖堂のことでしょう?確か何かの怪物だったかしら――を祭っていたんだけれど、今は廃墟と化していたはずよ。』
廃墟――か。隠れるのにはもってこいの場所だ。ここからそう遠くないところのようだし、あのお告げは本当だろうか?
『けど、どうして?』
『そこに――あると思います。フロ―さんの笛。』
『え?』
『わからないんですが――多分、そこにある気がします』
どうして?って訊ねられても説明のしようが無かった。まさか、心の声が聞こえたなんて言う訳にもいかないだろうし、何故彼らがそこにいるか明確な理由が見つからなかったからだ。
しかし、幸いなことにネネは訊ねなかった。焦ってそれどころではなかったのだろう。
『わかりました。今は皆彼らを探しに町に散らばってるので、私たち二人で行きましょう。』
上手くかけませんねぇ・・・・