異世界転生してきた最強勇者が現代では無能すぎた件
勇者、カツアゲされる
――俺は激闘に次ぐ激闘の末、ついに魔王を討伐した。
切り立った崖の上にあった魔王城は崖ごと崩れていき、地に着いた足がふっと浮くのを感じる。
「おのれ勇者め! 許さんぞ! どこまででも追って不運をもたらしてやるからな!」
「それは面白い! 周りにさえ危害を加えなければ、むしろ歓迎する!」
それは張り合いがある。今まではみんなを守ることを考えてきたが、俺を攻撃してくる分にはかまわない。
俺は魔王の討伐だけを生きがいにしてきた。その日々もここで終わり。それは素晴らしいことであり清々しいことであり、悲願の成就でもある。
だが、俺はこれからどう生きればいい?――
♢♢♢
目を覚ますと、晴天とまぶしい太陽の光が目に入る。思わず目を細めた。
瘴気に満ちていたはずの空気はみずみずしく、爽やかな味すら感じるようだ。
魔王の言葉が少し気にかかっていたが、なんのことはない。苦しまぎれに言っただけか。
……いや、待てよ。
がばりと身体を起こしてみると、すごい速度で巨大な牛のようなモンスターが無数に走り回っているのが見える。しかも誰も気に留めていない。
どの人も不可解な服装で歩いている。中には痴女同然の姿まである始末。
ん? 服装? 俺はこの中で鎧やら兜を身に着けていて、その、大丈夫なのか?
慌てて自分の服装を見ると、紺色の……、よく分からない上着とグレーのズボンを身に着けている。首に得体のしれない布を巻きつけているのが少し窮屈だ。いつ着たのだろうか……。
ここは、俺の知っている世界じゃない。様々な町や村を巡ったが、見慣れないものが多すぎる。
どうやら俺は、異世界にいるようだ。
「そこのお前。おこづかいくれよ」
「頼むよ~」
混乱する頭に飛び込んできた言葉はあまりにも平和的で、ふり返ればなぜか俺と同じ服装の少年たちが五人。うち一人はナイフを片手に持っている。
まさかあの巨大な牛をこんな武器で退治していたのだろうか。無謀だな。
「おこづかい? なぜ俺がお前たちにこづかいを渡すんだ? ママにでも言え」
「ナメてんのか! てめぇから欲しいんだよ!」
家が貧しいのだろうか。悪いことを言ってしまった。
「……いくら欲しいんだ?」
「払うのかよっ! いや、万札に決まってんだろ万札!」
「まんさつ?」
なにを言っているのか分からないが、放っておくのも憐れだ。
ここは平和ではない。こんな子供が盗賊になるような町らしい。
俺は財布を探そうと腰に手をやるが、ベルトにはつけていないようだ。
次に懐へと手をやるが、財布らしき袋はない。
「……すまないが財布を探すのを手伝ってくれないか?」
「バカかよっ!」
少年たちは五人がかりで俺の身体をまさぐる。
「普通にポケットかよっ!」
そして一人がズボンから平らなものを抜き出した。
「それで、まんさつというのはどれのことだ?」
「やべぇくらい正気じゃねぇな! これだよこれ!」
少年は財布から紙切れを一枚抜き取ると、財布を投げ返してくる。
「全部もらおうと思ってたけどやる気失せたわ。大丈夫かお前?」
「大丈夫じゃないな。ここがどこで、俺が誰なのかすらあやふやだ」
「なんか普通に心配になってきたわ」
「それよりまさか、そんな紙切れのために命を懸けていたとは……」
「……ん?」
俺は平らな財布を開くと、
「足りないんだろう? 強く生きろ、少年……」
入っていた紙切れを全て少年にくれてやった。
「お前、何者だよ……」
「俺は――勇者だ」
「勇者ってお前……、ひでぇあだ名だな」
目の前の少年はなぜか俺に憐みの目を向ける。
前の世界では勇者様と親しみや尊敬の眼差しを込めて呼ばれたものだが、どうやらここでは良くない呼び方のようだ。
「この世界で勇者とはどういった意味の言葉なのだ?」
「いやゲームとか漫画なら主人公だけど、自分で勇者だって言ってたらいてぇやつだよ! 嘘でもせめて名前っぽいものを名乗れよ……」
俺は前の世界でどう呼ばれていただろう。
勇者、勇者、勇者……。
考えてもみれば名前で呼ばれたことなどなかったかもしれない。幼少期には小僧とかガキなどと呼ばれていた気がするが、記憶がはっきりしない。
「勇者と名乗るほかないな。本名は、覚えていない」
「あーもういいよ! よく考えたらカツアゲしてくるようなやつに名前なんか教えたくねーだろうし」
それより、と少年は続ける。
「それ、うちの制服じゃねーか。俺らみたいにサボるようなタイプには見えないし、お腹でも痛くなっちゃったか?」
紙切れをくれてやったからか、少年の態度は軟化したように見える。
「毒キノコでもなんでも食える身体だ」
「それは腹壊すっていうか死ぬだろ!」
「慣れるまでは死にかけることもあったな」
「どんなに金がなくても毒キノコは二度と食うなよ⁉」
言いながらふと少年が手の中の紙切れに視線を落とすところを、俺は見逃さなかった。
「ま、これはもらっとくけどな。それより行くぞ!」
「どこへ?」
「学校だよ。うちは昼メシ前に登校すればギリ出席あつかいになるんだよ。知らなかったか?」
「……知らなかった」
少年の言うことはわからないことばかりだ。
だが、どうやら俺は学校とやらに行かねばならないらしい。
♢♢♢
「まさか転校初日からサボるとは……」
白い衣を着た若い男――先生は、呆れたようにつぶやいた。
「で、ほかのサボり組は見かけなかった?」
「見かけた。俺を学校に案内してくれたやつらだ」
「なるほどー。お前はとんでもなく道に迷っちゃったわけか。ちなみに案内してくれたってのはどんなやつだった?」
「茶髪の少年だ」
「ふーん。ほかは?」
「学校の近くまでは五人いたのだが、四人はどこかに行ってしまったな」
「なるほど、ね。仲良しグループが一緒に学校に入ったらサボりがバレるからか。言っておくけど先生たちにはそういう小細工はバレバレだからなー」
あ、そうそう。と言って、先生は話を切りかえる。
「俺はお前の担任。教科は美術を教えてる。ジョーって気軽に呼んでくれ」
「ふむ、美術か。どんなことをするのだ?」
「基本的にはお絵描きだよ」
俺たちは話しながら長い廊下を歩き、一つの部屋の前まで来た。
「教室に入ったら適当に促すから適当に自己紹介してくれ。あとは適当に授業を受けて、昼メシは学食があるけど、別にコンビニかどっかで買ってきたものを食ってもいい。残りの授業を受けたら解散! 明日からはちゃんと登校しろよ?」
「わかった」
ジョー先生が部屋の戸をスライドさせて開けると、俺はあとに続く。
「みんな静かにしろー。転校生だ。自己紹介よろしく!」
「勇者だ。何もわからないがよろしく頼む」
「……だ、そうだ。仲よくしてくれなー」
「おまっ、同じクラスかよっ!」
さっきの茶髪少年だ。
「クラス? お前も勇者なのか!」
「ち、ちげぇ! 一緒にすんな!」
「あー、クラスってのはゲームに出てくるようなジョブのことじゃなくて、この教室のことなー。本名は本人が内緒にしたいなら、先生は内緒にしてもいい派だ」
「どんな派閥だよ! こいつの名前なんか名簿に載ってるだろ! ジョーがちゃんと紹介しないと普通にいじめられるぞ!」
「心配無用。返り討ちにしてくれる」
三十人ほどだろうか。一斉に攻撃してきても充分に対処できる人数だ。
俺は教室にいる全員に見えるよう拳を握って見せるが、誰一人として恐がる様子はない。
まさかここまで強者がそろっているとは。
「先生はいじめが嫌いだからな。いじめっ子は職権乱用してでも退学にするぞー」
「ニュースになるやつじゃん!」
「じゃあスグル。お前がしばらく勇者の面倒を見てやれ。先生からは以上だ」
なおも何か言っている少年、もといスグルを軽くいなしつつ、ジョー先生は教室をあとにする。
スグルにはまだまだ世話になるかもしれないな。
この世界のことはまだほとんどわからないが、平穏とはいいものだ。
もし守る必要があるのならば、今度はこの世界、この平穏を守ってみるのもいいな。




