彼女は聖女ではありません。
「おおなんたる事か。仮にも聖女を名乗る者がその体たらく。」
今日もまた教皇に嘆かれています。
どうもこんにちは。"女神さまの失敗作"と呼ばれている聖女のマルゴットです。
私は教会に属する聖女。しかも伯爵令嬢として生まれ育ちました。だから社会的身分というのは結構高いはずなの。なのに、貴賤問わずあちらこちらで遠慮なく貶して"役立たず"とか"出来損ない"などと言われています。
それもそのはず、私には聖女であるならば本来備わっているはずの奇跡の力が何も発現しなかったからです。
そんな私が何故聖女と言われているかと言うと、ある日教皇の夢枕に女神さまが立ち私を名指しで
「聖なる気高い魂を持つ乙女が現れた。その乙女はその気高い魂により万人に幸福を授けるであろう。」
と宣言したから。
教皇は女神さまのお告げを聞いた事にはっちゃけてしまい、周囲に"一旦落ち着こう"と言われたのをすっ飛ばして私を聖女に指名してしまったのです。
結局、それまでの聖女に授けられていた癒しの力や浄化の力は全く確認できず…。
何かの間違いでした!と言えば良いのに。教皇はガンとして譲らず
「女神さまが言ってたの!!」
のひと言で周囲を黙らせる毎日だから、非難の矛先が私に向いてしまうという訳です。
私としては、聖女なんて柄じゃないし出来れば心配してくれているお父さまお母さまの元に帰りたい。
お兄さまだって妹だって。陰口を叩かれている私の事が心配で、どうにか聖女認定を取り消せないか方法を探してくれているのです。
それをあの野郎!
「今さら間違ってましたなんて言えるわけなかろう。」
とか呟いてるの聞いちまったぜ!教皇のクソジジイ!
はっ、言葉が乱れてしまいましたわ。
…私は一体いつまで、誰かさんのプライドのためにこんな無駄な時間を費やす事になるのでしょうか。
私の祈りに力がないならば、他の手段で国に貢献する方がどれだけ役に立つ事か。
※※※※※※
「まぁ!マルゴット様。今日はお勤めはなさらないの?」
よりにもよって、何故こんな所で。
彼女は私と同じく伯爵令嬢で、以前から何かと張り合ってくる面倒な人です。ああ今日はついてない。
「あら、ドロースス様。お勤めは朝早くに始まりますのよ。このお時間にいらしてももう間に合いませんわよ。」
面倒だからスルーしたい所ですが、こう言うタイプはたまに釘を刺しておかないとますます増長しますからね。嫌味混じりに返答してみました。
案の定、彼女の悪癖である遅刻癖をちょこっと突ついただけで顔を真っ赤にして反論してきましたわ。
「わっわたくしは!生憎聖女ではございませんのでお勤めは致しませんから!ふん、大体お勤めしたところで貴方、奇跡が起こせるわけでもないんでしょう?」
「まあ眼に見えるような何かはありませんわねぇ。」
ニヤリ。歪な笑顔を浮かべたドローススが
「ものは言いよう、とはこの事ですわね。眼には見えない何かがあると仰るのかしら。」
「ええ。でもお信じになられないのならそれはそれで仕方ないですわね。それでも私はみなさまの幸福を願い祈るのみです。」
「ドロースス様の下にも女神さまの導きの光が降り注ぎますように。」
嫌味に対してお祈りで返したのがつまらなかったのか、今日は早々に退散してくれました。よし、次からはこの手でいこう。
思いの外早く切り抜けたことで少しだけ気持ちも上向きになって、鼻歌を歌いながら自室に戻る途中。
またもや厄介なお方が前方に。なに?今日は厄日なのかしら。
「やあ、マルゴット。今日も無駄な祈りに時間を費やしているのかい?」
「ストゥルトゥス殿下、ごきげんよう。殿下は朝からどうなさったのですか?普段ならまだお休みのお時間ではないでしょうか。」
やだ!嫌味言っちゃった!ストゥルトゥス殿下は口だけ王子なの。偉そうなことを言ってるけど午前中に見かける事はほぼない。でも誰もそれを指摘する気もないし、どうでも良い、と思っているわ。
何故って?彼が第8王子だからよ!
※※※※※※
我が王、ファトゥウス王は英雄(では決して無いけど)色を好むってやつでやたらと子供を作ってしまった。…事になっている。
王子が8人、王女が5人。王位継承権は第1王子が持っている。できれば早くこの方に未来を託したいと考える人も多い。
「あー早くサルワートル殿下の時代にならないかなぁ」
「バカっ!そんな事思っても口に出すんじゃないよ!死にたいのかい!」
庶民でさえこんな感じでね。そのくらい現王は多方面から匙を投げられているのです。
なぜかというのはファトゥウス王が王太子だった頃まで遡ります。なんとこのお方、色々なバランスでもって決められた自身の結婚を
「王命での婚姻なんてヤダヤダ!」
とごねたのです。そんなウソみたいな理由で正妃から側妃にさせられてしまったのはソティル様と仰る、この方以外に正妃の適任はいない!とまで言われるご立派な令嬢でした。
そもそもソティル様のご実家は公爵家。いや、もう王家みたいなものかも。先先代の王の弟を祖とする由緒あるお家柄です。
だからはっきり言ってソティル様にこの婚姻によるメリットはほぼ無いのです。
それでもソティル様が選ばれたのは、ご自身の品格やお家柄もあるけれど
"乗っ取りなんて考えんなよ。お前の娘、人質だからな"
という、王家からのメッセージなのです。そう、王家に何かあればソティル様のご実家に王権が移ることもあり得るのです。そしてこの代に関しては主にご自身の素行により"このままファトゥウス殿下を王にするのか?"と疑問視する声も多かったのです。それを封じ込めるための婚姻だったのに。
そんな"親の心子知らず"を地で行くファトゥウス王は色々な調整が済んでいたのに"ヤダヤダ!"だけで全て吹っ飛ばした上に当時通っていた学園内で
"悩める男子の駆け込み寺"
という、遠回しな言い方が過ぎてイマイチ現状が伝わらなかったポルニと言う名の子爵令嬢を正妃に据えてしまったの。
お悩みというのは主に煩悩方面で、駆け込み寺というのは煩悩を解消するお手伝いに長けた方というか…。有り体に言うと複数の殿方と爛れた関係をお持ちだったのです。
当時の王オルディナリオ王は頭を抱えてしまったのだけど、お手付きになったことをそこら中に自慢して周り、さらに当時は"お悩みを解消してくれた"令嬢が王妃になることに利を感じる殿方も多く、なかった事にはできなかったのだそうです。
ポルニ嬢も身を引く気は全くなく、さらには父である子爵まで責任を取るよう詰め寄る始末。まあ様々な思惑を持つお方たちの策にハマってしまったのでしょうね。
さらに悪い事にはファトゥウス王には兄弟がおらず、その時点での継承権第二位はソティル様のお父さま。ファトゥウスを王にしないのならば公爵家に王統が移ってしまう。
そこでソティル様を側妃とし、ポルニが子を設けるのはソティル様が男児を産んでから、というのが落とし所となりました。
これでも公爵は相当譲歩したはず。何の瑕疵もない娘がよく分からない理由で側妃にされてしまったのだから。それでもその話を受けたのは、ソティル様からの
「これで私が嫁がなければこの国は滅びますわよ。それともお父さま、王位を取るご覚悟をなさいましたの?」
という発言からだ。公爵は散々迷ったそうですよ。自分が覚悟を決めるのか、娘に責任を押し付けるのか、と。
それで緩やかに王位を奪いに行く事にしたのです、1番流血沙汰の少ない方法でもって。
ソティル様は側妃で妥協する代わりに継承権はソティル様の子が第一位に、ややこしくしないためにソティル様のお子様がある程度育つまではポルニとの子を望まない事、などなど。
ファトゥウス王はかなり難色を示したそうです。何故愛し合う者たちが子を成す事を制限されるのか!と。
「ならば側妃の話はなかった事に。…ファトゥウス、私は王位継承権二位だ。君が愛だけのために生きていきたいと言うのなら私がその重責を引き受けても良いのだぞ。」
その言葉にオルディナリオ王は頭を下げて許しを乞うたそうよ。
「本当にすまない。1日だけこの者に猶予を与えてくれ。それで納得できないと言うなら君の治世を邪魔しないよう言い含めた上で廃嫡とする。」
流石のファトゥウス王も父の言葉に危機感を感じて渋々ながら条件を飲んだんですって。何が渋々よね。ホントにダメなやつだわ!
※※※※※※
と、まあこういう経緯があったんだけれども。
…まあこれには裏もあって。
なんとまあ、妃になったというのに"駆け込み寺"はお辞めになっていなかったんだそうよ。
知らぬはファトゥウス王のみ。割と派手にやらかしてくれていた。悩み事の相談という体を取り自室に引き入れる、さらにアリバイ工作として護衛騎士にもお悩み解消を申し出て、さらに邪魔な侍女には
「あまり女性の方には知られたくないお話なのです」
ということにして部屋から遠ざける。
え?一度に2人の相手をしていたということなの?うぇ。
まあ正確にいうと、この護衛騎士は公爵家の手の者。お悩み解消については奥手なふりをして、手を握られる抱きつかれる程度でどうにか逃げ切ったそうよ。王妃はその先に進もうと画策したみたいだけど。うへぇ。
ともかく護衛騎士を仲間と考えた相談者は素性や赤裸々な意図を漏らしまくってくれた。そう!筒抜けでしたー!
そしてその意図の8割方は悩み解消ではなく"あわよくば自分の子を王統に"だったのでタチが悪い。そういった人達は公爵家により少しずつ淘汰されていった…次々悩める子羊を見つける王妃とのイタチごっこだったけど。
中には単にお悩みを解消したいだけの人もいたので、彼らは最悪の場合の王妃の下賜先としてリストアップされていた。…まあそちらには正妻さんがいらっしゃる訳で。肩身の狭い思いとなるでしょうけどね。
とにかく、ポルニ王妃は誰の子か分からない子を産む可能性が高かったの。にも関わらず…
「ソティルと1人子を設けたぞ!しかも男児だ!これで問題ないだろう!」
「そうだわ!私にだって子を持つ権利はあるはずよ!」
その勝手な言い分に
"問題だらけだろうよ!オマエが未だに悩み相談を密室でやってるからな!"
と宰相は怒鳴りつけそうになったのをどうにか思い止まったそうです。
オルディナリオ王が許可を出したそうなんだけど、それは建前上。秘密裏に子のできなくなる薬を食事に混ぜる事になったそう。
だってね、流石に子作りにGOサインが出たら辞めると思うでしょ?辞めなかったのよ!駆け込み寺!
それどころか頻繁になったのよ。そう、彼女は上手い事やってるつもりでも周囲の思惑は違ったんでしょうね。もしかしたら自分の子が!とね。
でも彼女に子は生まれない。まあ生まれるはずないんだけど。そしてソティル様も
「私は義務を果たしましたので。」
と言うだけで第二子以降に積極的ではなかった。
そこで周囲から
「お一人では心許ないので、第二側妃を。」
「念のため第三側妃を。」
「できればもう1人…」
と側妃を増やし、結果として王子が7人、王女が4人の子沢山となったのです。
しかも側妃は皆ソティル様の息がかかっている"現王政を憂う"家柄のものばかり。万が一第一王子に刺客が放たれたとしても残り6人の王子が控えているわけで。4人目の王子が生まれたあたりから王妃に侍ることをやめた者も多かったそうよ。王家のーーソティル妃のーー意図に気がついて。自分もすでにマークされているという事も。
とはいえ、これだけいれば1人や2人父親の違う子が生まれても問題なかろう、と真の意味での子作り解禁となりポルニ妃も一男一女を設けました。
…案の定というか時期的に見ても 辻褄の合わない子供でした。でも父親候補たちも王妃もただただ放置されたのです。
だって王位には程遠い王子。欲を出さないのであれば王妃の醜聞を広めるよりも、とね。
※※※※※※
そんな背景のある王子なので、どこで何をしていようとも割と放ったらかしにされています。
ただしその放置が彼らには都合よく解釈されたらしく、次期王として何も制限される事がない、即ち契約はどうあれ自分が(自分の子が)王となる事は定まっているのだ!何故なら王に1番愛されている子だから!と思っていらっしゃったようで。
様々な取り決めで、雁字搦めに縛った契約があるからストゥルトゥス王子が王になる事はない。絶対ない。にも関わらず、王になるべく地盤を作ろうと奮闘されていらっしゃいます。世間ではこれを悪あがきという。本人は分かってないけど。
「ねえ、聖女である貴方が婚約者になればいいのよ!貴方、役立たずと言われて肩身が狭いんでしょ?ストゥルトゥスと結ばれればあの子は聖女を娶ったとして王位が確実になるし、貴方の呼び名も役立たずじゃなくなるのよ!これからは王妃と呼んでもらえるわ!」
悪い話じゃないでしょ?ともの凄く悪い笑顔で提案された。
巻き込まれるのが恐ろしくて、すぐにソティル様に相談したわ。こっちは本当のお悩み相談だからね!
はぁ、と盛大にため息を吐いたソティル様はこう告げた。
「一応聞くけど、貴方はそんな妄言に乗っかる気かは無いわよね?」
ブンブン!音がするくらい首を振った。
「大丈夫、一応確認しただけだから。安心してね。それにしてもなんて面倒な親子なのかしら。王女の方は現状を少しは理解しているみたいなのに。」
「王女様のことを思うとあまり大胆な排除は望みたく無いんですけども。私もこれだけ巻き込まれてしまうと人の良いことばかり言ってられないというか。」
「そうね、王女のことは考えておくわ。とりあえずはあの2人の処遇ね。…王があの通りの人だから、少し時間がかかると思うの。それまでの間、王子に絡まれないように護衛を増やしましょう。貴方もくれぐれもひとりで行動しないように。あのあばずれ…って言ったのは秘密ね。とにかくあの人の子だから倫理観なんてのは期待しないで。」
既成事実で成り上がった人の子ですから、とソティル様から言われた時には背筋が凍った。確かに既成事実に持ち込まれたらどうしようもないものね。
そして今日。そんな相談をしてからすぐの接触だったので、無駄に毛を逆立てて攻撃的になってしまいましたわ。
「君は、本当に僕の婚約者としてやっていく気あるの?今のところ君の売りは聖女であることだけで、癒しもできない、浄化もできない"出来損ない"なんだろ?それが王子に見初められて王妃になるかもしれないなんて。どれだけ身に余る光栄か理解できてる?」
これだからトロい女は嫌なんだ。最後にこう告げた彼に対して。あぁやってしまいました。
"女神さま。これ以上彼がその愚かさで命を縮めませんように。沈黙の祝福を。"
その日から彼に絡まれる事は徐々に無くなっていきました。どうやら私に対して何か言おうとすると口がムズムズとして最後ウェッとなるようになったらしいのです。
母である王妃から話を振られてもヴッヴォェ!とやらかすらしく、王妃も話を進められず。
そして私の事だけではなく王位やらなんやらに関しての発言でもオェーゲボッなんだとか。
…まさにそれらは命を縮める発言ですからね。祝福により沈黙を与えられているのでしょう。
そう、私は"役立たず"でも"出来損ない"でもない。
"その気高い魂により万人に幸福を授ける"事、要するに祝福を授けられるのです。いや、正確に言うと
祝福の体を取ればなんでも聞き入れられる
という恩恵を持っているのです。だからドロースス様は今頃
「ドロースス様の下にも女神さまの導きの光が降り注ぎますように。」
という私の祝福により。
いつも眩しいくらい太陽に照らされ続け、心なしか日焼けしている事でしょう。彼女はこの先"晴れの女神さま"と崇められ屋外イベントで引っ張りだこになるのです!令嬢としてはあんまり褒められたものではありませんけれど、誰かのお役に立つと言う事は良い事ですから!
どれもこれもささやかな祝福だから気がついていただけていないかもしれないですね。
いや、ストゥルトゥス王子への祝福はささやかとは言い難いか。ごめんね、最近ゲロ王子って呼ばれてるんだよね。反省してる。でも余計なことを言わなきゃ良いだけだから!命大事に!
だから私は正確に言うと聖女ではありません。
今まで"役立たず"とか"出来損ない"なんて呼ばれても、確かに聖女としてはそうかもな、なんて思ってしまっていたので抵抗してきませんでした。
だって聖女は癒しや浄化など人や物の状態を良くする"祝福"の持ち主です。
でも私はその"祝福'を与える側。あえて名乗るならば"聖母"とでもなるのでしょうか。
この恩恵がとても厄介な物である事はわかっています。だって、利用しようとすれば人を陥れる事も、億万長者にする事もできてしまうのですから。
両親やソティル様など、本当に信頼のできる方にしか話せませんでした。
だから、教皇から聖女に指名されたときはバレてしまったかと思ったわ。
まあ教皇も一応女神さまのご神託を授かるような方ですから高潔な方のはずです。
ただ、正確に聞き取れているのか甚だ疑問ではありますけれど。お歳を考えてもそろそろご勇退が良さそうですね。
「そういえばそろそろ私たちのことも公にして良いんじゃないかな。ストゥルトゥスのことも片付いたでしょ。」
サルワートル殿下から話しかけられました。
実はソティル様にご縁を繋いでいただき、私とサルワートル殿下との婚約が水面下で決まっていました。そもそも私はソティル様のご実家の公爵家に連なる伯爵家の出だし、公爵家の領地と近いこともあって幼馴染でもあったりします。
そして私の初恋のお兄さんでもあるので、最初婚約のお話が出た時は飛び上がって喜んだわ。
それがあの教皇のせいで聖女だなんだと巻き込まれてなんとなく有耶無耶になってしまって泣き暮らしていた時に恩恵が目覚めてしまったの。
最初は婚約話が有耶無耶になってしまった幼い子供の戯言だったけど。
「ふぇっ。うぅっ…うわーん!!教皇さまなんて大嫌い!…ぐすっ、でも大嫌いなんて人に言っちゃダメってお母様に言われてたんだった。ううう、ぐすっぐすっ…女神さま、教皇さまのこと嫌いなんて言ってごめんなさい!教皇さまの上にも光が集まりますように!」
結果教皇はハゲた。そしてお日様が出ている時は常にピカーッと光を集めるようになってしまった。
いや、物理の話じゃなかったんだけどなあ。
けど、一部始終を見聞きしたお父さまとお母さまは真っ青だった。
「こ、これが聖女の力…」
すぐにソティル様に相談したのでした。そして。
私を守るために聖女としてある程度活動した後にサルワートル殿下と婚姻する事を水面下で決めたの。
ソティル様もサルワートル殿下も私の恩恵について正確に把握してくれていたから、周囲がなんと言おうとも気にしていなかったけれど。
遠い目をして色々思い出している私を心配そうに見るサルワートル殿下に気づく。
「ええ。ただその前に私、やらなければならない事があるのです。でないと…」
「サルワートルでんかぁー。」
「ほら!ああいうのにずっと煩わされる事になりますから!」
※※※※※※
「サルワートルでんかぁー。」
文字に色があるならあれはきっと桃色ね。そう思うくらい甘ったるい声を出して駆け寄ってきたのは…
「あら、マルゴット様。聖女様がこんな所にどんなご用事なのかしら。」
きゃーっ!桃色から真っ黒になったわ!
「ドロースス様こそ。こちらにはどうやって入ってこられたのですか。今わたくしはサルワートル殿下とのお茶の時間を過ごしていますのよ。部外者は入れないようにと伝えていましたのに。」
「まあ!部外者ですって⁈私は歴とした関係者ですよ!だって、サルワートル殿下の婚約者になるんですもの!」
えっ!誰がそんな事を?チラッとサルワートル殿下のほうを見ると彼方も困惑したお顔をなさっている。
「ドロースス様、どなたがそんな事を仰っていたのですか?」
私が代表して聞いてみた。そうすると勝ち誇ったように
「ポルニ王妃よ!第一王子殿下には貴女のような人が良いと思うのって!マルゴット様は勝手にサルワートル殿下に付き纏っているだけから早く引き離して差し上げなさいとも仰ってたわ!」
「まあ!私の息子の縁談を勝手に決めたと仰ってたの?」
ビクッ!ドロースス様の肩が跳ね上がる。
「ソティル様!いらっしゃったんですか?気付きませんで申し訳ありません。改めてご挨拶申し上げま…」
「そんな挨拶はどうでも良いわ。それで貴女が私の息子の妻になるというのね。」
「はいっ!王妃様自らそう仰っていただきました。これは国王陛下もご納得されているという事でしたのでこうしてご挨拶に」
「陛下も?」
突然声のトーンが落ち、すっと真顔になったソティル様。
「陛下が仰っていたというの?」
「は、はい。確かにそう仰っていました。」
「それはいつ?」
「つい先日のことです。父に所用がありまして王宮に伺った際、王妃様の侍女に呼び止められまして。その時に王妃様直々にお言葉を頂きました。」
ますますお顔が険しくなるソティル様。
それには気づかず地雷を踏みまくるドロースス様は更なる地雷を踏もうとしていた。
「その時に、サルワートル殿下には貴女くらいがちょうどいいのって仰って。それは私の事を王妃の器だと認めてくださったということではないでしょうか。」
「ふーん。貴女が王妃の器。そう仰ったの?特別目立つ功績もなく、学園での成績は中の上がせいぜい。国家に資産で貢献できるほどの家柄でもない伯爵家の出身の貴女が?」
ひっというドロースス様の小さな悲鳴が聞こえた。
そのくらいに辛辣な評価だったわ。
それでもドロースス様は果敢に
「そう仰ったのは王妃様です!ソティル様は確かにお母上でいらっしゃいますけれども!たかが側妃様ではないですか!王妃様の決定にそのような事を仰っていいのですか!」
「ドロースス様、一つ確認してよろしいですか?」
「何よっ!出来損ない聖女の分際で口を出さないで!」
「いえ、これはわたくしにも関係あることですからはっきりさせていただきたく。」
「わたくしはかなり以前から王妃様にこう言われております。"ストゥルトゥスと結ばれればあの子は聖女を娶ったとして王位が確実になるし、貴方の将来も役立たずから一気に王妃になるわよ!"と。」
「はあ?ストゥルトゥス殿下が王になるわけないじゃない!貴女そこまでして王妃になりたかったの⁈」
「私からも口を挟んで良いかな。ストゥルトゥスが王になる事は、私を含め7人の王子が全て亡くなるような事があったとしてもないんだよ。それはほとんどの人が理解している。」
勝ち誇った顔になるドロースス様。
「ほら!サルワートル殿下だってこう仰って!」
「ドロースス嬢、申し訳ないんだがしばらく黙っていてくれないか。君が口を挟むと話が進まないんだ。」
やっとドロースス様が静かになってくれた。
「王妃が狙っているのはそのまさかなんだよ。私を排して自分の息子を王座に据える、なんて事を本気で信じている。そして父王もその妄言を叶えてやろうと本気で思っているんだよ。」
「そうよ。でもそんな事にはどう考えてもならないの。もし、万が一ストゥルトゥス以外の王子が全員亡くなったとしても王統が私の実家の公爵家に移るだけ。宰相も、前王もあの人たち以外はちゃんと理解しているの。それをね、あの人たちは本気で自分たちの真の愛の力で覆せると思っている大馬鹿者たちなの。」
「ドロースス様、分かりますか?王妃は自分の息子を王にしようとしているの。なのに貴女をサルワートル殿下と婚姻させようとしているのよ?意味はわかりますか?」
そこまで言うとドロースス様は真っ青になった。
「私を王妃にと考えているわけではない…?」
「おそらく、貴女とサルワートルを縁付ければ嫌でも聖女であるマルゴットが自分の息子の妻になると考えたのね。聖女を妻に持てば王位も転がり込む、と。」
「で、でもマルゴット様は聖女と言いながら何も成していないではないですか!」
「そうですね、正確にいえば私は聖女ではありませんから。」
「え。」
「教皇さまの早とちりです。私には他の聖女様のような奇跡は起こせないのです。その代わり。」
「祝福を与える事ができるのです。例えば…」
ニコッと笑って言う。
「最近お天気に恵まれていませんか?以前私が祝福しましたから。ドロースス様がお外に出れば降っていた雨が止み途端に晴れ渡る、なんなら日焼けしそうなくらいのギラギラの太陽が顔を出す、みたいな。」
少し浅黒くなった頬に手をやりドロースス様が驚愕の表情を見せる。
「それでもお信じいただけないのなら、ストゥルトゥス殿下に王位についてお聞きになって。途端に…ふふっ」
「ドロースス嬢、そんな訳で王妃の言った事に実行力はないんだ。それに私とマルゴット嬢は発表していないだけで5年ほど前から婚約しているから。」
「君を王家に迎え入れる事はないな。絶対。」
「それからドロースス嬢。マルゴットの恩恵については誰にも漏らしませんように。もし漏らすような事があったら。」
ひえーソティル様こわーい。
「ご実家ごと、消えていただく事になるかもしれなくてよ。」
転がるように逃げ帰ってしまいましたわ、ドロースス様。太陽を燦々と浴びながら。
※※※※※※
「ふう。これでひと段落できそうです。」
「じゃあ、婚約を発表する気になってくれた?」
「はい!もう少し他の方々に認められるような実績が欲しい所ですが、それはこれからの研鑽次第という事にしておきます。私、頑張るのは得意なんです!」
やっと!初恋を実らせる事が出来た!
その後の動きは早かった。ソティル様のお父上により隠居していた前王が引き摺り出され、ファトゥウス王と王妃が締め上げられた。
「父上!愛情の中で育てられた息子が跡を継ぐ、これほど自然な継承はないですよ!」
「そうです!私とファトゥウス王の愛情を一身に受けて育ってきたのです!あの子以外に次期王に相応しい者はおりません!」
「黙れ!あれほど言い含めたし契約も交わしたであろうが!貴様たちを婚姻させるにあたって2人の間に成された子には王位継承権を与えない、とはっきり言ったはずだ!」
「確かに言われました!だけど、そんなもの真実の愛の前では何の意味もない!」
「ファトゥウス王、ご存知ですかな?隣国で最近開発された画期的な機械を。」
「何だ藪から棒に!今関係ないであろう!」
「いえいえ、今だからこそのお話です。…王妃。貴女の善行として学園生時代から行われている慈善事業ですが。」
すでに顔色の悪い王妃。最後に悪あがきするようです。
「な、何が言いたいのよ!はっきり言いなさい!王妃に刃向かうつもりならこちらも手加減はしなくてよ。」
「では単刀直入に。この機械は親子の鑑定を行うものです。鑑定をしたい親子の血液を採取して比べるのです。それだけで、どれほど血が近いのか遠いのかが判別できるのですよ。」
「は、はあ⁈ファトゥウス王とストゥルトゥスの血の繋がりを疑っているの⁈なんて不敬な!公爵を捕らえなさい!王族に対する不敬です!」
「黙れポルニ。これは儂が望んだことだ。其方の学園生時代からの二つ名は知っておるぞ。」
「悩める男子の駆け込み寺」
ポルニ王妃が崩れ落ちた。
「学園生の間だけの出来事なら儂も目を瞑ったかもしれん。だが…」
「最後の駆け込みは一昨日だそうじゃないか。疑われても仕方あるまい。」
結果は一目瞭然。ストゥルトゥスだけでなく妹の王女もファトゥウス王との血縁が認められなかった。
「貴女たちはなぜここまで欲張ったの?愛し合うもの同士一緒になれたのに。2人がここまでやらなければみな黙っておくつもりだったのよ。王位継承権がなくても家族で幸せに暮らしていく道だってあったのに。」
その後、ファトゥウス王は急な病により王領で静養することとなった。もちろん愛する王妃ポルニと2人でだ。…子供の出自がバレた今、2人の間は最悪らしいけど。
突然のことだったが、サルワートル殿下が王位に就く事が発表されると歓迎ムード一色となり、ファトゥウス前王は
「儂はこんなに望まれていなかったのか…」
と呟きがっくり肩を落としたそうよ。
残された2人の間の子、ストゥルトゥスは病を得た父を祈りにより支えたいと申し出たことから同じ王領の教会に身を寄せ神にお仕えすることとなりました。体の良い追放ですね。
そして王女は…
「なぜ王女様がここにいらっしゃるのでしょうか。」
「今はもうただのミセリアよ。貴方付きの侍女の。」
「えええ!とってもやりにくいです!」
「学園の時みたいに仲良くよろしくね!あ!違った。一所懸命勤めさせていただきますのでよろしくお願いします。」
特に処罰は無かった。彼女は出自も含めて弁えていたから、何かと馬鹿にされたり陰口を言われる私とも不思議と馬が合ったの。そんな彼女にまで家族の咎を負わせるのはなぁ…と思っていたら、そう思う人も多かったらしくて。追放処分ということになった…というのは建前で、次期王妃となってしまった私をフォローすべく侍女になってくれました。
立場が変わってしまって、ちょっと調子が狂う気もするけど頼もしい味方ができて嬉しいわ。
なんだかんだで幸せになれそうです!
結婚式後。
感謝の祈りを捧げるマルゴット。
「女神さま、いつも見守っていただきましてありがとうございます。これからも私たちの道標として道をお示し下さい。」
翌日からサルワートル殿下と私が夜道を歩く時、ぽぅっと足下がほんのり照らされるようになったのはいうまでもない。物理…。




