第10話 貴族は、正面から潰さない
それは、
静かな圧力から始まった。
授業の席替え。
班編成。
訓練の割り当て。
どれも些細で、
一つひとつは文句を言えない。
だが――
(……全部、微妙に不利だな)
俺の班だけ、
経験の浅いメンバーが多い。
訓練時間は短く、
教材は古い。
しかも。
「アルト・エル=ヴァイス。
今回の課題提出期限は、他より一日早い」
「……理由は?」
「規定だ」
その“規定”が、
昨日できたものであることを、
俺はもう知っている。
(なるほど)
これが貴族のやり方か。
昼休み。
リーナが、珍しく険しい顔で現れた。
「来た?」
「来てるね」
「私のところにも来たわ」
彼女は、低い声で言う。
「“あの平民寄りの考え方とは距離を取れ”って」
――ああ。
やっぱり、
彼女経由で締めに来たか。
「断った?」
「もちろん」
即答だった。
「でもね」
彼女は、少し唇を噛む。
「これは警告。
次は、もっと露骨になる」
俺は、少し考える。
(ここで反発すると、
一気に潰しに来る)
学園は、
力のある者がルールを作る場所だ。
今の俺は――
まだ、力が足りない。
「……リーナ」
「なに?」
「しばらく、
俺と距離を取った方がいい」
一瞬で、
空気が凍った。
「それ、本気で言ってる?」
「君が巻き込まれる」
俺は、淡々と説明する。
「彼らは、
俺より君を失う方が怖い」
彼女は、しばらく黙っていた。
そして。
「それで?」
視線が、鋭くなる。
「あなたは、
一人で耐えるつもり?」
「……そうなるね」
次の瞬間。
――額を、軽く小突かれた。
「痛っ」
「ばか」
はっきり言われた。
「味方になるって、
そういう意味じゃない」
彼女は、深く息を吸う。
「私はね、
“安全な側”に立ちたいわけじゃない」
視線が、真っ直ぐ刺さる。
「あなたがやろうとしていることに、
賭けたいの」
その言葉に、
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
「……分かった」
俺は、折れた。
「ただし、
正面からは行かない」
「それは賛成」
彼女は、少しだけ笑う。
その日の放課後。
俺は、教師の一人に呼び出された。
「最近、目立っているな」
「そうみたいですね」
「忠告だ」
教師は、低い声で言う。
「貴族派閥に逆らうと、
学園では生きにくい」
俺は、少しだけ首を傾げる。
「逆らってはいません」
「ほう?」
「規則の範囲内で、
結果を出しているだけです」
一瞬、沈黙。
教師は、口元を歪めた。
「厄介だな」
「よく言われます」
「だが――」
教師は、続ける。
「それができる者は、
意外と少ない」
それだけ言って、
去っていった。
(敵ではない、か)
帰り道。
俺は、ノートを開く。
やることは、決まっている。
・ルールの徹底把握
・成績と実績の積み上げ
・敵を作らない勝ち方
(潰されない位置まで、
一気に行く)
派手な無双は、
まだ要らない。
学園内で“切れない存在”になる。
それが、
今の最適解だ。
隣で、
リーナが静かに歩いている。
「ねえ」
「なに?」
「面倒になってきた?」
「うん、正直」
「でも?」
俺は、少し笑う。
「やりがいはある」
彼女は満足そうに頷いた。
学園は、
ただの勉強の場じゃない。
――これは、
小さな国家運営の予行演習だ。
俺は、
そのことに気づき始めていた。




