失った手の重さを知った日
「はぁ……」
ざわざわと賑わう店内。
銀子は小さく溜め息をついた。
あれから、半年が過ぎた。
銀子はシルヴァと名を変え、
ジュンコママの系列店──ニューハーフBAR『楽園』で働いている。
ここには、ウザいジュリアンもいない。
賑やかなギャル軍団もいない。
ましてや、凛子兄と里美夫婦もいない。
至って普通の、ニューハーフBARだ。
銀子自身、見た目も大きく変えた。
かつての銀子の面影は、ほとんどない。
綺麗系ニューハーフとして生まれ変わり、
ジュンコママに請われてチーママのポストに就いている。
そんなある日──
ジュンコママから、凛子兄と里美が婚約したと聞かされた。
銀子が姿を消したあの日。
凛子兄は、銀子の言葉どおりに帰宅したことを、ひどく悔やんだらしい。
ギャル軍団と結託して
「銀子を探せ!隊」を結成しようとしたところを、
ジュンコママが必死に止めた──
そう聞いたのは、引っ越してすぐのことだった。
銀子がいなくなると同時に、
あっさりと店に来なくなったギャル軍団とは違い、
凛子兄は、しばらく毎日のように店へ通っていたという。
その間の憔悴ぶりは、目を覆うほどだったらしい。
里美が必死に支え、最近になってようやく
“普通の生活”を取り戻したのだと聞いた。
銀子は、そんな凛子兄を思い浮かべ、
安堵とともに──ほんの少しの寂しさを覚え、苦笑した。
自分から手を放したのだ。
今さら、寂しがる権利などない。
「……シルヴァママ」
普段はカウンター専門の銀子だが、
太客に指名された時だけ、テーブルにつく。
今の銀子は、
下手な女よりも美しい“ニューハーフ”として完成されていた。
だからこそ、
身体に触れてくる者も、口説いてくる者もいる。
──けれど、銀子は誰も相手にしなかった。
いや。
できなくなった、の方が正しい。
自分を大切に想う手を。
優しく触れる指先を。
「愛しい」と訴える眼差しを。
そして、愛情のこもったキスを──
一度、知ってしまったから。
(あの二人の婚約を、寂しいなんて思うなんて……
アタシも、里美のこと言えないわね)
差し出された酒を口に含み、
銀子は小さく、静かに笑った。
あの日から、銀子の心は空っぽだった。
そのせいなのか、
AIからの反応も、すっかり途絶えている。
毎晩、客と酒を交わし、
閉店と同時に金太と銅太に餌をやり、
シャワーを浴びて、倒れるように眠る。
何かを振り切るように生きるその姿は、
皮肉にも──儚げな美しさを纏っていた。
「シルヴァママ、いいだろ?」
「だ〜め。う〜さん、飲みすぎ。
ほら、もう帰りなさい」
しつこく迫る客を手際よくあしらい、
店の外へ送り出した──その時だった。




