竜ちゃん逃亡の朝、ジュンコの店は大騒ぎ
「銀子……アンタ、また男に逃げられたんだって?」
カウンターの奥で煙草をふかすジュンコママが、ふっと呟く。
「言わないで!
アタシのクリスタルガラスの心にヒビが入るでしょう!」
銀子が反論すると、すかさずママの鋭い声が飛ぶ。
「誰の心がクリスタルガラスよ。
あんたの心は強化ガラスでしょうが。
いったい何人の男に逃げられてると思ってるの?」
「グハッ」
「二桁どころじゃないわよね?
……五十人は超えたでしょ?」
「ママ……それ以上言わないで!」
銀子が胸を押さえる横で、同僚のジュリアンが爆笑しながら言う。
「雑食の竜ちゃんにまでフラれるとか、逆に才能じゃない?
アンタの素顔、どんだけブスなのよ。
一生処女なんじゃない?」
「ちょっとアンタ!
言っていいことと悪いことがあるわよ!」
「いやぁ、でもクリスマスイブにフラれるとか……
銀子、完全に“お笑いの神”に愛されてるわよね?」
「ママ、それ言ったら……さすがに銀子が可哀想よ」
……と言いつつ、銀子以外の全員は腹を抱えて笑っていた。
新宿二丁目のオネェパブ『ジュンコの店』。
ケバケバしいメイクのオネェ様が集う、騒がしくも温かい店だ。
「もう、この界隈でアンタを抱く男なんていないわよ」
ジュリアンの言葉に、銀子は両手を胸元で組み、
わざとらしく空を仰ぐ。
「はぁ……神様……
憐れなアタシの運命の王子様はいずこ……!」
三文芝居にもならない嘆き。
だが、それもこの店の“名物”だった。
銀子はちょうどいいブス(?)で、話術は抜群。
男女問わず人気者で、『ジュンコの店』のナンバーワンである。
「え〜! じゃあ銀ちゃん、私と付き合う?」
「お黙り小娘。アンタ達じゃアタシの処女は奪えないわよ!」
「いや銀子……もう諦めなよ」
「え〜慎之介、冷たい〜。アンタでもいいのよ?」
「いや、俺は遠慮する」
「なんでよ〜!」
こんなやり取りが、今日も店内を飛び交う。
*
「はぁ……」
夜が明け、街が白む頃。
夜の蝶たちの仕事は終わりを迎える。
「銀子、アンタ今日もメイクしたまま帰るの?」
ケバケバしいメイクを落とす仲間たちの横を、
コートを羽織った銀子がすり抜け、店のドアを開けた。
「大きなお世話よ!
じゃあ、お先に〜」
銀子は肌寒い朝の空気に身震いし、足早に店を後にした。
本当は店でメイクを落として帰りたい。
でも、この店で働く条件はただひとつ。
「絶対に素顔を見せないこと」
銀子はため息をつく。
「アタシの素顔って……そんなに醜いのかしら……」
その呟きは、通勤客であふれる朝の雑踏にかき消された。
おはようございます!
朝更新に間に合ってしまいました、作者の古紫汐桜です笑
今日も読んでくださったみなさま、本当にありがとうございます。
そして……
「これってBL? え、BLなの……?」
と震えているそこのあなた!
安心してください。
健全なギャグSFです!!
メイクを落としたら、超絶イケメンの爽やか王子——それが銀子。
さて、この厚塗りオネェがいったいどんな経緯で“勇者”になるのか?
次話も楽しんでいただけたら嬉しいです。




