二~三歳で産んだ母親はいません
『ピンポ~ン』
まだ昼の十二時を少し過ぎたばかりだ。
朝五時まで店で働いていた銀子は、眠い目を擦りながら玄関へ向かった。
「は~い、誰……てつお?」
この部屋を知っているのは、凛子兄だけ。
そう思い、無防備にドアを開けた――その瞬間。
見たくもない顔が視界に飛び込み、銀子は反射的にドアを閉めた。
「銀ちゃん、開けて!」
ドア越しに響く継母の声は、相変わらず吐き気がするほど“女”を主張している。
「なんでここが分かったのよ! 何しに来たの!」
叫ぶ銀子に、向こうは一瞬だけ間を置いてから、
「……鈴音ちゃんが……」
と、姉の名前を出して黙り込んだ。
(それを出せば、アタシが黙ると思ってるのよね)
その強かさが、心底嫌いだった。
「あなたたちとは、もう縁を切りました。お帰りください」
銀子が冷たく告げると、
「ひどいわ……銀ちゃん……」
わざとらしい泣き声が返ってくる。
銀子は深く溜め息をついた。
「悪いけど、アタシはあんたみたいな女が大嫌いなのよ。
磯山銀次郎は死んだと思ってちょうだい。
二度と、そのムカつく顔をアタシに見せないで!」
そう叫んだ、その時だった。
「……磯山銀次郎……」
小さく呟く声がした。
不審に思い、銀子がドアスコープを覗くと――
継母の背後に、凛子兄が立っていた。
(……なんで、そこにいるのよ)
あの日以来、凛子兄は毎日、銀子の家に食事を作りに来ている。
どれだけ断っても「推し活ですから」と譲らない。
一度、完全無視を決め込んだら、出勤するまでドア前で待たれた。
それ以来、好きにさせている。
――ただし、合鍵だけは絶対に渡さない。
その一線だけは越えさせないと、銀子は心に決めていた。
そんな銀子の葛藤など知る由もなく、凛子兄は継母に向かって言った。
「あの……失礼ですが、どちら様ですか?」
継母はギロリと凛子兄を睨みつける。
「あんたこそ、誰よ!」
「私ですか? 私は銀子さんの恋人です」
なぜかドヤ顔。
(……いつ、恋人になったのよ!)
喉まで出かかったツッコミを、銀子は必死に飲み込んだ。
「はぁ? 銀子? 銀子って誰よ?」
「この部屋の住人の方ですが?」
あまりにも冷静な返答に、継母は愕然とした表情を浮かべる。
「え……銀ちゃん、あなた……性転換したの?」
震え出す継母に、凛子兄はまったく動じない。
「私は質問にお答えしました。
それで――あなたは、どなたですか?」
空気を一切読まない問いかけ。
「私? 私は銀ちゃんの母親よ!」
キッと睨みつける継母に、凛子兄は真剣な顔で考え込み、
「はて……母親、ですか。
失礼ですが、あなたの年齢は?
どう見ても……三十代後半から四十代前半に見えますが……」
と、呟いた。
継母は真っ赤になって怒鳴り出す。
「女性に年齢を聞くなんて最低!
三十代前半よ!」
(嘘つけ! お前、三十八だろうが!)
ドアの内側で銀子が心の中で叫んでいると、
凛子兄は首を傾げて、さらに追撃した。
「なるほど……。
銀子さんは二十八歳。
あなたが三十代前半……ということは――」
一拍置いて、
「二~三歳前後で、銀子さんをお産みになった……という計算になりますが?」
「……」
『ブフッ』
ドアの内側で、銀子はついに吹き出した。




