おシャンティーな夜
「あー、寒い寒い……」
AI氏が手をこすり合わせながら入ってきた。
私の目の前にあるカクテルを見ながら即決で注文する。
「アイリッシュコーヒー」
「かしこまりました」
マスターは出しかけていたメニューブックを元に戻すと、コーヒーメイカーに向かった。
「それは、シルクストッキングですか?」
AI氏が私にたずねてきた。
「ええ、そうです」
バラライカグラスの縁にかざったマラスキーノチェリー、そして薄茶色の飲み物を見ての推理だろう。アイリッシュコーヒーとは、生クリームを使っているという点が共通している。
「アイリッシュコーヒーには市販のホイップクリームを使うことが多いんです。厳密に言うとホイップクリームと生クリームとは違うんですけどね」
AI氏の蘊蓄が始まった。
「ホイップクリームも元々は生クリームにバニラや砂糖を加えて泡立てたものなんですが、日本ではホイップクリームと言うと植物性油脂を使った物なんですよ。生クリームは高価ですから、その代用品が広まったんですね」
「はぁ」
「生クリームはホイップクリームの二倍はしますし、日持ちもしません。昔、製菓学校では生クリームを使うと『贅沢!』って意味で『シャンティー!』って言ってたんですよ。フランス語では生クリームのことをクレーム・シャンティーて言いますからね。これがいつの間にか女子高生の間に広まって『おシャンティー』って言葉になったと言われています」
「はぁ。シャンティーというのは、『生』という意味ですか」
「実はそれが違うんですよ。十七世紀にパリ近郊のシャンティー城で働く料理人が発明したんです。それが由来です」
「へーえ」
シルクストッキングを飲み終えた私は、次のカクテルを頼むことにした。
「そうだな。ゴールデンドリームを」
「また生クリームですか!」
マスターが一瞬顔をしかめた。シェイカーを洗うのが面倒くさいのだ。
「あ、じゃ、注文を変えるよ。ゴールデンキャデラックで」
「今日はオシャンティーづくしですね」
苦笑している。
マスターは、ガリアーノの細長い瓶を取り出すと、クレーム・ド・カカオ、オレンジジュース、生クリームをカウンターに並べた。ゴールデンドリームのコアントローをクレームドカカオに変えるとゴールデンキャデラックになる。手間は一緒なのだ。
「そうだな、僕はホワイト・ルシアンをお願いします」
AI氏もこの流れにのるのだった。




