甲類焼酎
その客は、店に入った時すでに軽く酔っているようだった。
カウンターの席につくとたずねた。
「ここに焼酎はあるかな」
「あります」
「それは、甲類か乙類か」
「乙類ですね」
「そうか。……俺は甲類しか飲まないことにしているんだが」
私は思わず酒を吹きそうになった。
甲類焼酎とは、居酒屋でチューハイなんかを出す時に使う安い焼酎だ。対する乙類はいわゆる「本格焼酎」で、伝統製法で作られている。乙類にはプレミア価格がついているものもある。そして、「甲類」「乙類」は元々、税金の区分から来た呼び方なのだ。
「『魔王』や『黒霧島』は置いているのですが、甲類と言われますとちょっと」
マスターは言葉を濁す。
「うーん、そうか。じゃあ、『魔王』をロックで」
「かしこまりました」
マスターは、一升瓶を持ち上げると手際よくロックにする。
最初はいぶかしげに『魔王』を舌でころがしていた客だったが、はっとしたようにぶやいた。
「うまい!」
そして飲み干すともう一杯おかわりをした。
「乙類でもうまいもんだな」
マスターはにっこりする。
「そのもう一つの方もくれ。ロックでだ」
「かしこまりました」
クロキリのロックを出す。
「これもうまいなあ。なんかこう、新しい世界に踏み込んだみたいだ」
その客はクロキリも飲み干すと、お勘定をすませてふらふらと出ていった。
ドアベルの音が静かになると、私はマスターに言った。
「あの人、絶対に勘違いしているよね。甲類の方が高級なんだって」
「そうですね」
マスターは静かに同意する。
「……そうだ、焼酎ベースのスクリュードライバーを作ってよ」
「かしこまりました」
マスターは、棚にあったいいちこを手にするとスクリュードライバーを作り始めた。
「あっ、それってひょっとして甲類焼酎なのでは?」
「これはカクテル用でして、そのままお出しするのはちょっと。もちろん、銘柄指定がありましたらお出ししますが……」
「つまり、あの人は目の前のいいちこが甲類だとは知らなかった!」
「そのようですね」
焼酎のスクリュードライバーは、なかなか尖ったいい味でした。




