賭け
ある暇な日のこと。
「マスター、この店って何年ぐらい続いているんですか?」
「大体、十年です」
「結構長いですね」
「まあ、細く長くやらしてもらっています」
「それだけやっていると、結構かわったカクテルを頼まれるでしょう」
「ええ。たまにありますねえ」
「プースカフェは?」
リキュールが層になったカクテルだ。リキュールの比重を理解していないと失敗するのでかなり難しい。
「何回かありました。あれは見てくれだけのカクテルなので、技術料として少々いただきましたよ」
「ニコラシカは?」
レモンの輪切りに砂糖を山にして載せて、ショットグラスに入れたプランデーの上に蓋をするカクテルだ
「年に何回かはありますよ」
「ベーコン・オールドファッションドは?」
「それはさすがにないですねえ。注文されてもおことわりします。グラスが油まみれになるので」
「火をつけて燃やす系は?」
「B-52やランボルギーニですか。まあ、頼まれれば作らないことはないですが……」
「というと、標準レシピのカクテルは、ほぼ全部作っている、と」
「ええ」
マスターは胸を張る。
「じゃあ今から私が、この店で誰も頼んだことがないと思うカクテルを頼みます。もし、誰も頼んだことがなかったら、一杯おごってくれますか」
「いいでしょう。ただし、標準レシピ集に載っているカクテルだけですよ」
「そのカクテルの名は、多分、毎日口にしている言葉だと思います」
「何だろうな」
マスターは考え込む。
「わかりませんか? では、注文します。『バーテンダー』を」
「えっ!?」
マスターは虚を衝かれたようだった。
カクテルブックを手にして巻末の索引を調べはじめる。
「バ、バーテンダー…… 確かにあります。ジン、シェリー、ベルモット、デュポネ。そこにグランマニエを一ダッシュ。へーえ、こんなカクテルがあったんだ…… こりゃまいったなぁ」
そして、レシピ通りに作り始める。
「バーテンダーです」
私も「バーテンダー」を味わうのは初めての経験だった。
「う、うーん、イマイチ微妙だなあ」
マスターも、ミキシンググラスの残りを手近のショットグラスに入れて口に運ぶ。
「ええ、微妙ですね」
私とマスターは苦笑し合うのだった。




