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頼んではいけないカクテル

 世の中には「頼んではいけないカクテル」というものが存在する。

 エンジェルショット。

 それは実在しない架空のカクテルだ。

 バーテンダーに助けを求める符丁のようなもので、とくに女性がこれを頼むとバーテンダーはタクシーを呼んだり時には警察を呼んだりしなくてはならない。ただ、バーテンダーの学校で教えているかどうかは疑問だ。

……というような話をしていると、最近、常連になった若者がマスターに話しかけた。

「今度、会社の後輩の女の子をあるバーへ連れて行くって約束したんです。彼女はバーには行ったことがないと言ってました。でも、僕も、そういうときどういうカクテルを頼んでいいかわからないんです。何かおすすめできそうなカクテルはありますか?」

 マスターが答える。

「そうですね。味の好みもありますし、アルコールへの耐性も人それぞれです。そういう場合は、バーテンダーと相談しながらその場で決めていくのがいいと思いますよ。甘めかすっきり系か、ソーダがありかなしか。シェイクが見たいのなら、言っていただければそのようなカクテルを提案いたします」

「さっきのお話みたいに、頼んではいけないカクテルってありますか?」

「うーん」

 マスターは腕を組んで宙を睨んだ。

 私はたまらず口をはさんだ。

「青いカクテルはやめておきなさい」

「え?」と若者。

「彼女が自分から飲みたいと言うのならOK。でも、すすめるのはNGだ。睡眠薬には青い色素が入っているので警戒される。特に女性誌のバー特集にはそういう情報が必ず載っているので、耳年増な子には警戒されるよ」

「なるほど! 青いカクテルはやめておけ、と」

 若者はふむふむとうなずく。

「その他にやめておいた方がいい物ってありますか」

「スクリュードライバーはレディーキラー・カクテルとして有名になっているから、こちらから女性に勧めるのはやめた方がいいね」

「まあ、実際のアルコール度数は十パーセント前後なんで、そうきつくはないんですけどね」とマスター。

「居酒屋メニューの定番に、そんないわれがあったのですね!」

 若者は眉根を寄せて記憶に刻みつけているようだった。

 ちょうど私のグラスは空になったところだ。

「そうだ、マスター。レディーキラーをちょうだい。ジンベースのやつ」

「あ、えっと、今、パッションフルーツジュースがないんですけど」

「パッソアでいいよ」

「了解です」

 マスターは、ジン、アプリコットブランデー、コアントロー 、パッソア、パイナップルジュースのボトルをカウンターにならべた。オレンジとマラスキーノチェリーも用意する。グラスは丸いものを選んだ。氷で満たす。

 そして、シェイク。

 完成したカクテルをグラスに注いで、輪切りにしたオレンジとチェリーを飾り付ける。

「どうぞ。レディーキラーです」

 若者は、完成したカクテルを見て目をきらきらさせている。

「すごい! こんなカクテルがあるんですね!」

「昔の国際カクテルコンペで優勝したカクテルをアレンジしたものです」

「あ、じゃ、僕もそれをお願いします」

 こうして、いつものバーの夜はふけていくのだった。




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