スピリタス・スピリッツ
「この間、ふらっと入ったバーの話なんですけどね」
AI氏が問わず語りに話し出した。
「バーテンダーが若い女の子だったんですよ」
「はあ」
今時、珍しい話ではない。
「服装はきっちりしていて、長袖のワイシャツに蝶ネクタイ、髪の毛はポニーテイルにしていて、いかにもシゴデキな感じだったんですよ」
「いいですね」
「でね。カクテル、何でも出来ます、やらせて下さい、って自信満々なんです」
「はあ」
「そこで、半分くらいに減ったスピリタスの瓶が目についたので『ドラゴンテイル』を頼んでみたんです」
「ドラゴンテイル?」
「ええ。真っ赤なカクテルなんですけどね。聞いたことないですか」
私は首を横に振る。
「マスターは知ってる?」
「いやー、初耳ですね。ピンクドラゴンテイルじゃないんですか。ピンクドラゴンフルーツの果肉を使ったカクテルなんですけど」
「うーん、そっち系じゃないんだな。確かあまおうのリキュールとスピリタスを使ったやつで……」
マスターはカクテルブックを開く。
「おそらくどこかのオリジナルカクテルでしょうね。標準レシピの中にはないですし、カクテルコンペの優秀作品の中にも入ってないです」
「う、うーん」
困り顔のAI氏だ。
「で、その女の子はどう答えたの?」と私。
「それがね、一生懸命に調べだしたんですよ。なんと、女性誌のカクテル特集本でしてね。さすがに笑っちゃいました」
「ははは」
「それは面白いですね」
オチがついた。
私は提案した。
「ここのオリジナルのドラゴンテイル、作ってみましょうよ」
「そうですね。ちょぅど『沼』がありますので、作ってみますか」
マスターはあまおうのリキュールを冷蔵庫の奥から取り出した。そして、客からは見えない場所に隠してあったスピリタスも取り出す。
「スピリタス、あったんだ」
「ええ。ハロウインのメニューで『ギロチン』をお出ししていた時のです。たちの悪い客に注文されるといやなので、普段は隠しています」
ギロチンはスピリタスを使った代表的なカクテルだ。というか、ほぼこれしか思いつかない。他には、アルコール度の高いウォッカとして使うくらいしか使い道がない。何せアルコール純度が九六パーセント。通常の生成方法ではこれ以上の純度は得られないと言われている、限界スピリッツなのだ。
ここでギロチンのレシピを記しておこう。
スピリタス:二
レモンジュース:一
グレナデンシロップ:一
シェイクしてバラライカグラスにそそぐ
アルコール度数で言うと四八パーセントくらい、大体ウィスキーのストレートだと思えばいい。
その他のカクテルとしては、ブラッディーマリーの比率でクレイジーマリーにする、という手もある。これはアルコール度数約二四パーセント。市販の焼酎やジンはこれくらいだ。
つまり、スピリタスもカクテルにすることで「飲める」レベルのアルコール度数にできる。むやみと怖がる必要はない。
ちなみに、スピリタスを在庫として置いている酒屋には「危険物取扱者」を置かなくてはならない、という都市伝説的があるがこれは嘘だ。四百リッターを越えるスピリタスを抱え込んでいる一般の酒屋なんてものは存在しない。
……てな話をしていると、AI氏が妙なことを言い出した。
「女性の方がアルコールには強いんですよね。赤ちゃんを守らなくちゃならないから、解毒能力が高いんです」
「うーん、人によりけりだけど、たまにザルはいるよね」
「そう。僕の昔の恋人がそのタイプで、朝までかけてスピリタス一本空けたって豪語していましたよ」
「どっひゃー!」
「それは、何か秘訣があるんでしょうか」とマスター。「普通は、スピリタスをショット一杯でも飲んだら、喉が焼けます。揮発によって喉や食道の粘膜がやけるんです」
エタノールによる化学的な火傷、というヤツだ。バニロイド受容体という熱と痛みのセンサーがエタノールで過敏に反応する、ということもある。カプサイシンのとりすぎと同じ現象が起きるのだ。
「秘訣ですか。彼女は、ビールをチェイサーにしていた、て言ってましたね」
「また危険な飲み方を……」
マスターがあきれる。が、その手にタバスコを持っているのはどういう意図なんだろう。
私も過去の経験を話すことにした。
「実は私も学生時代に家でスピリタスの一気飲みを試したことがあるんですよ。まあ、ショットグラス一杯だけなんですけどね」
「どうでした?」
「三分の一まで飲んだところで喉が焼けて飲めませんでした」
明らかに失望の表情だ。
「そこで、日本酒を持って来ましてね。コップ一杯、飲んでみました」
「をっ!?」
「で、スピリタスをもう三分の一、飲みました。胃までかっかとしましたよ」
「ほほう。ピロリ菌も真っ青ですね」
「その時は全然眠くならなかったんで、ちゃんぽんしたら酔いが回るんじゃないかと思ってウィスキーを取ってきました」
「なんと!!」
「で、ウイスキーをショットであおってから残りのスピリタス一を飲み干しました」
「豪儀だ!」
マスターも笑っている。
「それでバタンキューとか?」とAI氏。
「いえ。あまりにカッカとするんで、パンツ一丁になって朝までインターネットしてましたよ。そのあと風邪引いて一週間寝込みました」
「はっはっはっ」
シェイカーを振り終えたマスターが、バラライカグラス二個に毒々しい赤色をした液体を注いだ。
「ドラゴンテイルです」
……いやはや、甘みと辛みが攻防を繰り広げる恐ろしいカクテルが完成したのでした。
まあ、実話なんですけどね(笑)




