1.出会い
俺の名前は光野カヲル。
春から東京のK大学に入学予定だ。
入学に先立ち、地元を離れ、大学近くのアパートで一人暮らしを始めた俺は、引っ越し初日からトラブルに巻き込まれていた。
頭のおかしい隣人に絡まれていたのだ。
「だーかーらー!二人でサークル作ろうって言ってるの!!」
見た目はすごい美少女だ。
朝ドラ主演の清純派女優、と言われても信じてしまう程だ。
黒髪ボブに大きい目。
部屋着であろうTシャツからスラっと伸びた白い手。
その手の先が俺の目の前に突き出されている。
人を指ささないでほしい。
「あなたK大なんでしょ?じゃあ私と一緒よ!一緒に新しいサークルを作りましょう?」
この奇天烈美少女も数分前までは大人しかった。
たまたま部屋を出たタイミングが同じで、彼女とバッタリ遭遇した俺は、隣人がこんなに可愛い子なんてラッキーと思ってしまっていた。
さらに
「もしかして春からK大ですか?」
なんて話しかけられた時にはこんな展開あっていいのかと思った。
そこでYESと答えてしまったが運のつき、一緒にサークルを作ろうなどと言い出し始めたのだ。
正直、大学に入って何をやるかなど全く決めていない。
それでも俺は、初対面でいきなり一緒にサークル作ろうと言い出す方とは距離を置きたいのだ。
「すみません。間違えました。よく考えたら春からK大じゃなかったです。」
俺は部屋に戻ろうとした。
引っ越しの手続きが色々と終ってないので、一刻も早く区役所等に行きたいところだが、付いてこられてもたまらない。
後退だ。
ドアを閉めようとすると、彼女は半身をつかって、止めてきた。
まじか。
「あの!ほんと勘弁してください!間違えちゃったんです!」
「春から入る大学を間違えるバカがどこにいるのよ!話を聞きなさい!」
もういっそのことドアを思いっきり閉めて、コイツの細い身体を真っ二つにしてやろうかと思っていた矢先、廊下から声がした。
「あの~…」
大家さんだ。
「すみません、他の住人の方に迷惑なので~…出来ればお静かに~…」
二人声を揃えて謝った。
「「申し訳ございませんでした!」」
引っ越し初日から怒られてしまった。
なんという災難だ。
俺は鍵を閉めると、一旦お茶でも飲んで落ち着くことにした。
「私は紅茶で良いわよ」
「おっけー」
…
「ってお前いつの間に入ったんだよ!!!」
彼女は新品の座椅子の上に座り、これまた新品のローテーブルに両肘を乗せていた。
「油断したわね」
彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
とても美少女がして良い表情ではないぞ。
俺は深いため息をついた。
「はぁ~…分かったよ。話だけ聞いてやるから、そしたら出てけよ?」
「初めからそうすればいいのよ」
イラっとしたがスルーだ。
早く話を適当に聞いて、出て行ってもらおう。
俺は彼女と向かい合わせに座り、尋ねた。
「で?サークルを一緒に作るって何だよ?初対面の人間に普通言うか?そんなこと」
「普通ってつまらないこと言うわね、あなた。私はまさにその『普通』が嫌いなの。だから、サークルも普通の所には入りたくない。だから自分で作るのよ!」
まあ理屈は分かる。
でも…
「何でそれに俺が巻き込まれるんだよ?」
「そりゃ、隣人が同じ大学の新入生と分かれば、誘うほかないでしょうよ!」
「それだけか?」
「それだけよ?」
俺は呆気にとられた。
こういう展開だと、何か並々ならぬ熱い想いとかあるんじゃないのか?
めちゃくちゃうっすい理由しか述べてないぞコイツ!!
もう話を聞く気が失せた。
「帰ってくれ」
「じゃあ一緒にサークル作るってことで良いわね?」
「良いとは一言も言ってないぞ!俺は知らないからな!ホントに!」
「そ、そんな…」
彼女は急に声を震わせ始めた。
今度は泣き落としか?
その手には乗らないぞ?
「そんな泣き真似したって知らんぞ俺は…」
彼女の頬を涙が伝った。
「お、おい…ほんとに泣くことないだろう…わかった。わかったよ。少し考える時間をくれ。今日すぐに返事は出来ない。まだ何のサークルかも聞いてないし、お前の名前だって…」
「今、考えるって言ったわね?」
彼女はパッと泣き止んだ。
コイツ…!
「はい!言質頂きました~!」
「いや待て、やっぱなし!ずるいぞ!」
「駄目よ。男に二言ないでしょ?」
彼女は玄関へと向かっていく。
俺は部屋からその背中を眺めながら思った。
嵌められた…
「虎谷リサよ」
彼女を開きながらつぶやいた。
「え?」
俺は思わず聞き返す。
「名前。虎谷リサよ。あなたは?」
「光野カヲル…」
「カヲルね。カヲル…ふふ。楽しい大学生活にしましょうね!」
彼女は笑った。
こうして俺の引っ越し一日目が終わり、大学生活は幕を開けたのだった。




