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暗室の灯と夏の写真――彼女の母の初恋を、彼女の父に返すまで  作者: マルコ


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12/13

第12話 夏祭り ― 光が余る夜(後編)

夜が立ち切って、通りが赤と音で満ちた。

 屋台の油が弾け、金魚の桶が小さく寄せ返す。太鼓の輪は広がり、提灯の列は面になって空気を染める。


 喫茶店の二階、風鈴の真下。

 奈緒と悠真が並ぶ。奈緒は鳴らさない——来られている日の証。

 踊り場のローズマリーは香りを増し、階段の影はやわらかい。


 俺は写らない場所——三段目の陰に立つ。布をきゅっと締める。

 返す側は袖にいる。


 城戸の白が、一度だけ通りを舐めた。

 屋上からの照明は強く、影の輪郭が濃く出る。

 観客の視線がいっときそちらへ向かい、すぐに戻る。**『観る練習』**で育った沈黙が、過剰を受け流した。


「一本だけ、屋上で——」

 城戸の声に、奈緒は風鈴を見上げて鳴らさない。

 短く、しかしはっきりと。

「ここで観ます」

 城戸は肩をすくめ、照明を一段落とす。白が引き、提灯の赤が前に出る。


 悠真が封筒を取り出す。

 事実→感情。

「来られました。……あなたと、明日を観たい」

 語尾は固い。

 奈緒はうなずき、胸の前で指を結ぶ。


「同意文、ありがとう。短いのに、守られてる感じがする」

「守りたくて、短いんです」


 悠真は写ルンですを構えた。

 横顔/風鈴/ローズマリー——目印に寄せる。

 カシャン。

 息を一つ、浅くしない。少しだけ笑う。もう一枚。

 事実を先に、感情を後ろから添えるみたいに。


 奈緒の目尻が、柔らかくほどける。

 観客の沈黙が、小さく息を吐く。


《存在ノイズ:莉央 98% → 99%》

〈未着信:暗室の灯 15〉


 そのとき、さくらが冊子を掲げて合図する。

 「タイトル、決めな」

 悠真は短く考え、奈緒の顔を見て言った。

「『灯をつけておく』」

 奈緒が、笑う。

 暗室の言葉が、ここで光になる。


「応募票、ここで書こう」

 さくらがペンを差し出す。

 ——作品名:灯をつけておく

 ——被写体の同意文(50字以内):被写体 宮本奈緒は、本写真の撮影および応募に同意します。

 署名。日付。

 今日が紙に沈む。


 城戸が屋上の縁からこちらを見下ろし、口角で笑った。

「いい名前」

 強がりではなく、認める角度だった。

 彼は白をさらに落とし、観客の光に任せるように引いた。


 太鼓が高くなり、輪が広がる。

 屋台の煙が、風の向きを教える。

 風鈴の下は静かだ。

 奈緒が、そっと言った。


「私、待つ練習、続ける」

「僕は、逃げない練習、続けます」

 二人の言葉は短く、まっすぐで、隣り合っていた。


 俺は陰で、布を締め直す。

 返す側の仕事は、ここで終わっていく。

 短冊の結び目は固く、鳴らさない——来られている日の印。


 ポケットのスマホが、静かに震えた。

 黒い画面に、赤い灯が滲む。

 吹き出しが端まで現れて、消えない。


 〈ただいま〉

 〈灯り、つけておくね〉


《存在ノイズ:莉央 99%(回復)》

〈未着信:暗室の灯 16〉


 提出所で、二人は並んで応募票を出した。

 係の人が受け取り、笑う。

「いい題だね」

 さくらが後ろで親指を立て、マスターは氷を割る音で拍手の代わりをした。


 帰り道、奈緒が踊り場の鉢からローズマリーを一本折り、灰皿の隣にそっと置く。

「来られなかった昨日、これで捨てた」

「はい」


 風鈴は鳴らない。

 ——来られている日の証。


 通りの赤はまだ濃く、屋台は名残の匂いを長く引きずっていた。

 俺は写らない場所から最後に一度だけ、短冊を結び直す。

 結びは固く、二度、小さく指で震わせる。

 音は立てない。

 合図の役目は、もう要らないから。


 胸の奥で、灯が帰る方向を指した。

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