雇われました、中学生社長の店
「正式配属通知、来たー!」
朝の食堂で、くるみがトースト片手に端末を掲げた。画面にはでかでかと「職業配属通知」と表示されている。
「私、精油課! 香料とアルコールの製造担当! やっと合法で酒作れるってわけ!」
「いや、そっちがメインじゃないよな!?」
ケンも慌てて自分の端末を開いた。スクロールして、目に飛び込んできた配属先は――
配属先:ラーメン店「一番星軒」
所属形態:パートタイム従業員(学生企業)
店舗責任者:宗方ルカ(中学3年)
「……中三?」
目をこする。もう一度見ても、間違いなく中学三年生。
社会経験どころか、義務教育まっ只中じゃないか。
「ケン、配属どこだったん?」
「ラーメン屋……で、店長が中学生らしい」
「いいじゃん。若い才能ってやつだよ。見た目で判断すんなって」
「いやでも……一回り下のやつに“働け”って言われんの、地味にくる……」
「なら、お前も才能で殴り返せば?」
「俺の“才能”、インスタントラーメンを1分半で食べることしかないけど」
くるみは苦笑しながらも、ケンの背中をポンと叩いた。
「とりあえず行ってこい。人生、麺のように伸ばさず、熱いうちにすすれってね」
*
島の商業区にある「一番星軒」は、外観こそボロいが、看板には力強く“自家製熟成スープ”の文字が踊っていた。
「失礼します……今日から配属された磐城です」
ガラガラッと引き戸を開けると、厨房から小柄な男子生徒が顔を出した。
「やぁ、君がケンくん? 宗方ルカ、中三。店長だけど気軽に“ルカ”って呼んで」
制服は中学の青ライン入り。けれど、動きは完全にプロのそれだった。
「まさか本当に中学生だとは……」
「よく言われる。でも、もう2年やってるから安心して。ラーメンと経営、両方、命かけてるからさ」
店内は6席のカウンターと2つのテーブル席。厨房は狭く、寸胴鍋から湯気があがっていた。
そしてもう1人、調理補助らしき女子中学生が、無言でチャーシューを切っている。
「君、接客はイケそう?」
「いや、俺、人見知りで……」
「じゃあ最初は皿洗いと仕込みな。あと、麺ゆでのタイミングだけは絶対ミスらないで。スープより命かかってるから」
厨房の奥には、POS端末と手書きの帳簿があった。
売上、在庫、食材原価、学生向け仕入れルート――すべて、彼が一人で回しているという。
「中学生が、こんなに……」
「俺にはここしかないからね。高校に行く予定もないし、稼がなきゃ飯も家も維持できない」
「え、家も?」
「うん。この店の上、俺が買ったんだよ、学円で。住宅も土地も、学生でも所有できるのがこの島のルールだから」
その言葉に、ケンの脳に電撃が走った。
(“土地が買える”……?)
ここでは学生が不動産を持ち、企業を立ち上げ、社会を動かしている。
自分はただ配属を受け入れて流されているだけだ。
「なぁ、ルカ」
「ん?」
「俺、ここで本気で働いてみたい。正社員って、なれる?」
「へぇ、やる気出た?」
宗方ルカは、湯切りしながらニッと笑った。
「君が一人前になったら、考えてもいいよ。俺、年上は扱いづらいからさ」
「そっちが言う!?」
*
夕方。ケンは制服のまま寮に戻った。
入り口前で、くるみが何か液体をフラスコで振っていた。
「おかえりー、バイト戦士。今日の麺の硬さ、自己評価は?」
「評価不能。でも……面白かった。尊敬した。中学生に」
「ルカって店長だっけ?」
「あいつ、土地も買ってた。店の上、住居にしてるって」
「……それ、起業して家賃浮かせてるってことじゃん。賢いねぇ」
くるみはフラスコの蓋を開けて、ケンに嗅がせた。
「ラベンダー。香料の抽出に成功したの。合法の範囲でね」
「……お前も、着々と復活してんな」
「ふふん、“合法密造者”の名を目指してます」
2人で笑う。
空を見上げると、まさに“いちばん星”が浮かんでいた。
この島では、年齢も過去も関係ない。
やるか、やらないか。それだけだ。
そしてケンは、やっと「やってみたい」と思えた。