初出勤、ラーメン地獄!
「磐城ケンくん、厨房入ったらまず、麺ケースの在庫確認してね〜」
そう言ったのは、ラーメン店『どんと来い』の先輩アルバイト、大学生風の男子・根岸だった。
朝7時。日差しはすでに強く、厨房の熱気はさらにその上を行く。
「おはようございます……あの、麺ケースってどれですか……?」
「それ。冷蔵の横。あとこれエプロン。汗かくから、予備もポケットに入れとくといいよ」
「え、予備って……そんなに汗かくんすか?」
「昼になれば分かる。覚悟しとけ、ここは南洋学園の“ラーメン戦線”だからな」
ラーメン戦線。
なんだそれ、と思いながらも、ケンは内心ちょっとワクワクしていた。
厨房に立つなんて、生まれて初めてだ。働くのも初めて。
履歴書に「特技:ゲーム(FPS)」って書いた自分が、まさかラーメン屋で一日を始めるとは。
*
開店は10時。だが準備は7時から始まる。
スープを温め、チャーシューを切り、麺の量を計り、カウンターを拭く。
厨房の動きは想像以上にせわしなく、根岸先輩は休む間もなく指示を出していた。
「おいケン! 麺ゆでる時間、何秒だっけ!」
「えっ、えっと……90秒!」
「そう、それ! タイマー見て、いいタイミングで揚げてくれよ!」
「りょ、了解です!!」
湯気にまみれ、汗だくになりながらも、ケンは真剣だった。
ラーメンを作る、という一点に集中するのは、どこかゲームに似ている気がした。
そして――開店の鐘が鳴った。
「いらっしゃいませー!!」
客がどんどん入ってくる。制服姿の高校生たち、スーツ風の大学生たち、農作業帰りらしき小学生まで。
皆一様に空腹そうで、口々に言う。
「味玉のせラーメン、学円で!」
「大盛りでお願いしますー!」
「暑いから冷やしラーメンないの?」
厨房は戦場と化した。
「ケン、茹で時間カウント忘れるな! 麺が死ぬぞ!」
「はいっ! タイマー……って、あれ? どれのタイマーだ!? 全部鳴ってるー!!」
「焦るな、声出せ! 順番でいくぞ!」
汗が目に入る。腕が熱い。
なのに、どこか楽しい。なんでだよ、とケンは思った。
たぶん、「誰かのために何かを作る」って、そういうことなのかもしれなかった。
*
午後3時。
ようやくランチの波が引き、店は一時休憩に入った。
「お疲れー。ほら、まかない」
出されたのは、湯気の立つ醤油ラーメン。チャーシュー増し、煮卵付き。
ケンは一口すすって、思わず涙ぐんだ。
「うまっ……うまっ……」
「だろ? ただし給料から食費引かれるから、味わって食えよ」
「うっ……現実……」
箸を止めかけたケンの肩を、誰かが後ろからドンと叩いた。
「ラーメン食って泣いてるとか、ウケるんですけど〜!」
「……くるみ!?」
制服のままくるみが立っていた。隣に、怪しげな配達用バッグを抱えた少女を連れて。
「ウチ、今バイト探し中なの。で、この子が精油課にコネあるって言うから、案内してもらってたんだよねー」
「精油課って、まさか……」
「そ。植物からアルコール抽出する工程あるって。まぁ、合法ギリギリのラインでやってるみたいだけど」
「完全にアウトの匂いしかしないんですけど!!」
「だいじょーぶ、捕まったらケンが助けに来て?」
「お前、働く気あんのかよ……」
くるみはニカッと笑った。
「ま、ケンは真面目にラーメン道、がんばりたまえ〜。そのうち私の酒とコラボできるかもね」
「コラボってなんだよ……てか、捕まる前提で話すな!」
そうこうしているうちに、またサイレンが鳴った。
《住宅街エリアCにて騒音トラブル発生。治安課は現場に向かってください》
ケンはため息をつく。
「ほんとに……ここって、島ごと“社会”なんだな」
「でしょ? だからこそ、面白いと思わない?」
くるみの目は、いつになく真剣だった。
彼女がなぜこんな島に来たのか、その答えはまだ全部わからない。
けれど――ケンは思う。
ラーメンの湯気の向こうにあるこの世界で、
自分は少しずつ、何かを掴んでいくのかもしれない。