第7章 「再会、そして対話──リースの本心と、選ばされる答え」
昼過ぎ、ギルドの隅の“酔いどれ席”に腰を下ろしていた俺は、
一つの気配に気づいて、そっと目を上げた。
「……久しぶりだな」
「ええ、また来てもよいかと、言ったでしょう?」
リース・セラフィアが立っていた。
神官服ではなく、淡い青の旅人服に身を包み、髪も下ろしている。
誰が見ても、ただの旅人にしか見えない。
だがその目は、初めて会ったときより、遥かに深く迷っていた。
---
「今日は……何を出そうか」
「軽めでお願い。……多分、話すにはそれくらいがちょうどいい」
俺は掌を掲げる。《酒精掌》が静かに応じる。
現れたのは、白桃のリキュール。
淡い香りと、喉にひっかからない優しさ。
カップを差し出すと、リースは受け取って、一口だけ飲む。
「……やっぱり、好き」
「俺もだ。あんたが、飲んで笑ってくれるのが」
静かに、笑いあう。
だけどそのあとに続いたリースの言葉は、空気を変えた。
「──私は、あなたを調査しに来たの」
「……」
「教会は、あなたを“異端”と断じる方向で動き始めている。
あの席も、あの酒も、人を惑わす毒だと」
「……知ってたよ。そろそろ、来る頃だと思ってた」
「だから私は、“その前に、自分の目でもう一度確かめたい”と思ったの」
リースの手が、カップを握りしめる。
「私は、あなたの出す酒を飲んで、救われた。
あのとき、私は“人形”のようだった。
誰にも見せられない弱さを、あなたの前でだけ……晒せた」
「……ありがとう。そう言ってもらえると、報われるよ」
「でも、それは“正しいこと”なのかがわからないの……!」
声が震えていた。
彼女の瞳が、まっすぐ俺を刺すように見ている。
「教会の教義は、酩酊を“魂の歪み”だと教えてきた。
だから私は、人の弱さや、逃げることを、ずっと“堕落”だと思ってた。
でも、あなたの酒は……“赦し”だった。
人を立ち直らせる、温かい水だった……」
涙が滲んでいた。
「私が信じてきたものは、間違ってたの……?
正しさって、何? 清廉って、何?
人を救うって、結局……どっちなの……?」
その声は、教会の“聖女”ではなく、
一人の人間のものだった。
---
「……なあ、リース」
俺は少しだけ、笑った。
「たぶん、“正しさ”ってのは、人の数だけある。
でも、“痛み”の形は、どこか似てる。
だから、痛みには優しさでしか、触れられない。
俺がやってるのは、たぶんそれだけだよ」
リースは目を伏せて、黙った。
「俺は、教会と戦うつもりはない。
でも……この“席”だけは、守りたい。
誰かが、ここに来て、少しだけ救われるなら。
それが“異端”だって言うなら、俺は喜んで異端になる」
──それは、俺の本心だった。
かつて、自分を許せずに死んだ男が。
今、誰かを許す“器”になろうとしている。
それを聞いて、リースはようやくカップを持ち直した。
「……その答えを、私はまだ飲み干せない」
「いいよ。味わって飲め」
「……少し、冷めてしまったけど」
「酒はね、冷めても、沁みるんだよ」
二人は、静かに笑った。
---
その夜、
リースは、ギルドの外で立ち止まり、星を見上げた。
> 私はきっと、あの人を“信じてしまった”。
> それは神への背信かもしれない。
> でも、それが私を生かした真実でもある──
次に彼女が教会に戻るとき、
それは、内通者か、反逆者か、あるいは──“奇跡の証人”か。
彼女自身にも、まだわからなかった。