第6章 「“聖人狩り”の始まり──教会の追手が静かに動き出す」
ギルドの“酔いどれベンチ”が「心の癒やしの場所」として定着してきたころ、
遠く離れた、スオミア教会の大聖堂では、ひとつの会議が開かれていた。
荘厳な白壁に囲まれた密室。
六芒星の紋章が刻まれた楕円の石卓を囲むのは、
教会内でも最も保守的で、強権的な権限を持つ者たち──
”異端対策局・執行庁”
中央に座る、痩せぎすの老人が口を開く。
「……“酒”なる毒物を、人々に与え、“心の安寧”を語る異端者が存在すると聞く」
隣の幹部が顔をしかめる。
「ただの噂に過ぎぬかと……」
「だが、この数日で“神官区の人間”までその“酔い”に触れたという」
「まさか……誰です?」
「……リース・セラフィア女史だ」
部屋の空気が凍る。
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リースは、自室の窓辺に立っていた。
柔らかな日差しが金の髪を照らすが、彼女の表情は晴れない。
“また来てもよいか?”
そう言ったあの夜から、もう数日が経っていた。
その後、彼女の耳にも届いた。
“聖人”という名がギルドに根付き、酔いどれベンチが“癒やしの地”と呼ばれ始めたこと。
そして今日、上官からこう告げられたのだ。
> 「セラフィア女史、貴女には“酒の現象”に関する調査任務を命じます」
> 「その“聖人”の男──異端者である可能性が高い」
> 「必要であれば、“粛清”も辞さない」
──冗談ではない。
リースは、あの夜を思い出す。
酒を飲んだ瞬間、心がふっと軽くなったこと。
誰にも見せられなかった弱さを、彼の前では出せたこと。
聖人でもなんでもない。だがあの男は、確かに人を救っていた。
「……私は、“正しさ”のために、また誰かを斬らねばならないの……?」
彼女は、教会の制服を脱ぎ、私服に着替え始める。
「もう一度──会いに行かなければ」
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一方そのころ、ギルドの中では一つの事件が起きていた。
「“酔いどれ席”を破壊しようとする不審者が出た!?」
エイストが剣を抜いて現場に駆けつけたとき、
すでにベンチの片隅の木材が割られていた。
逃げていくフード姿の男。
その足元に、異端対策局の印章を模したプレートが落ちていた。
「……あいつら、ついに動き出したか」
アルが小さく呟いた。
彼女の手も、震えていた。
「先生は、ただ話を聞いて、酒を出してるだけなのに……」
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俺は、壊れかけたベンチを見つめていた。
何もしていない。
ただ人の話を聞いて、酒を出してるだけだ。
だけどそれが、“罪”になる世界なんだ。
(酔いに救われる世界で、酔うことが“罪”だって言うのか?)
拳を握った。
まだ戦う気はない。
でも、この“席”は守る。
誰かが、ここで一息つけるのなら──
その椅子は、絶対に壊させない。