第11章「偽りの聖人──“代替の癒やし”と、奪われていく場所」 ---
ギルドは、確かに静かになった。
“酔いどれ席”は空いたまま。
そこに集まっていた者たちは、少しずつ離れていった。
……だが、それと入れ替わるように、別の「癒やし」が運び込まれた。
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「これを、“清酒”と呼びます。
神の祝福により調合された“教会式癒し液”です」
フードを脱いだ男──**フェル・カルミナ**は、涼しげな声でそう言った。
琥珀色の液体は、確かに甘い香りがする。
だが、それは「本物の酒」ではなかった。
「酔うことなく、精神の安定を得られます。副作用もありません」
グラスを口に運んだ冒険者が言う。
「……確かに、なんか落ち着くな。
けど……なんつーか、味が“生きてない”気がする」
「効きゃあ何でもいいさ。酔わない分、仕事もできるしな」
──ギルドは、別の方向へと“正しく変化”し始めた。
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ガマータは、厨房の奥で皿を洗っていた。
「最近、厨房に来るやつ、減ったなあ……」
彼の手が、ほんの少し震えていた。
関節が腫れ、指がうまく動かない。
「けどな……先生が帰ってくるまで、俺はここを守るって決めてんだ」
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アールティは帳簿を閉じたあと、
デスクに突っ伏していた。
吐き気、めまい、手の冷え。
すべて“力の停止”による反動だった。
「……早く……戻ってきてよ、先生」
その声は誰にも届かない。
いや、届いても、今のギルドでは無視されるだけだった。
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エイストは、窓の外を眺めていた。
「……俺たち加護体は、先生の“感情を具現化する器”だ」
「けど、先生が感情を“押し殺す”ようになったら──」
「俺たちは、ただの“壊れる器”にすぎないんだ」
彼の目はほとんど見えていなかった。
だが、最後の一点の“光”は、遠くへ旅立った主の姿を、まだ探していた。
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◆
フェル・カルミナは、奥の部屋で報告書を記していた。
> 『酔いどれの席』は、すでに教会の管理下にある。
> 酒精掌の実体は“危険な魂操作魔法”と断定し、
> ギルド内の記憶も少しずつ上書き中。
彼は満足そうに笑った。
「このまま静かに塗り替えていけばいい。
“本物”は、そのうち忘れられる。
──“偽り”が続けば、“真実”は自然に消えるものだ」
その言葉を、誰も否定できなかった。
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◆ その頃、旅の山中
焚き火のそばで、三島敬一は手をかざしていた。
《酒精掌》は、応じない。
「……出すのが怖い」
「誰かを救うって言いながら、
一番逃げてたのは俺自身だったんじゃないか……」
火の向こう側、誰かが腰を下ろす。
「へぇ。先生にもそんな顔あるんだ」
リース・セラフィアが、そこにいた。
「……来たのか」
「“自分の居場所”がなくなる瞬間って、なんか分かるのよ。
だから、戻ってくると思って、探した」
リースは、砕けた白桃のグラス片を差し出す。
「“偽りの聖人”が現れたわ。
でも、人々の心は、まだあの席を覚えてる」
「先生、今こそ、立ち上がる時よ」
敬一は、ゆっくりと手をかざした。
……ぽ、と、手のひらに現れたのは、
わずかな量の、**白く透き通った酒**。
「これは……?」
「“魂だけで醸した酒”──嘘もない、代償もない。
あんた自身が出した酒だよ」
リースが静かに言った。
そしてその香りは──確かに、“あの席”の香りだった。




