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第10章「別れの準備──“酒をやめる”という選択と、それでも待つ人」



──その朝、俺はいつも通りギルドに来た。


だが、右手をポケットに突っ込んだまま、

一度も《酒精掌》を使わなかった。


「先生、今日は何が飲めるの?」


若い冒険者が笑って話しかけてきたが、

俺は、すまないと頭を下げるしかなかった。


「……ごめん。今日は、酒は出さない」


笑顔は、ひとつ、またひとつ消えていった。


---


昼には、ガマータが厨房から出てきて皿を持ってきた。


「先生、ちょっと味見してみてくれよ」


「悪い……今日は味が、わからないかもしれない」


「……そっか」


彼は無理に笑って、また奥へ戻っていった。

でも、その背中は、少しだけ小さくなっていた。


---


アールティが、帳簿を見ながら口を開く。


「最近、客足が落ちてます。

……“聖人の酒が出ない”って噂が、広まり始めてる」


「……知ってる」


「みんな、あなたに依存してたわけじゃないんです。

でも、あの酒を通して、“自分を受け入れられてた”だけで──」


「……だから、怖いんだよ」


俺は正直に吐き出した。


「また誰かを救った気になって、

知らないうちに、大事な人の命を削ってたらって……」


アールティはしばらく黙っていたが、

やがて静かに、言った。


「でもね、先生──あなたが“酒をやめる”ことで、

誰も救えない日々が始まったら……

それは、先生の心も壊してしまうんじゃないですか?」


俺は返せなかった。


---


その夜、俺はギルドを出た。


「しばらく、遠出してくる。少しだけ、考えたい」


加護体の三人は止めなかった。

ただ、三人とも──笑ってた。


「大丈夫だよ、先生。待ってるから」


その言葉が、なぜか一番辛かった。


---



リース・セラフィアは、教会の礼拝堂で祈っていた。


> 「主よ……彼は、罪人なのですか。

> それとも、赦しそのものなのですか」


彼女はまだ、答えを持っていない。

だが、手に握っているのは、

ギルドのベンチで一度だけ使った、白桃酒のカップの破片。


> 「私はもう、信仰だけでは動けません……」


---



数日後のギルド。


空席のままの“酔いどれベンチ”に、

一人の男がやってきた。


黒髪を整えた、穏やかな青年──

だが、その胸には教会の紋章。


「……“聖人”は不在、か。ならば、好都合だ。計画を実行する」


教会が送り込んだ\*\*新たな“偽りの癒やしが、

ギルドの中に静かに根を下ろそうとしていた。




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